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2014年10月の記事

2014.10.24

道端に全裸女性が立たされてた件

今日は、所用あって税務署だとか年金事務所だとか法務局だとかを回ってきました。
歩いて回ったので、たった4枚の書類を手に入れるのに2時間半もかかってしまったわけだけれども…
そのかわりにまちのいろんな事物を見ることができて、それはそれで楽しかったりしましたよ。



さて、センセーショナルなタイトルをつけてみましたが、まあこういうことです。

編集長、芸術やアートにはそこそこ理解のある方だと自認しておりますが…。この、道端に全裸女性が立たされている風景が素敵だと全然思えないのよな。これってどういう感覚なのかしらね…。

100歩譲って考えれば(というか1歩も譲らなくてもいいけど)女の人の身体が美しいとう主張には賛同するし、それを彫刻にしたいという芸術家の衝動は理解できる。でも、なんで道端に立たせておくのかが分からない。寒いし、恥ずかしいだろうから服を着せてやってほしい。じゃなければ、せめて部屋の中に入れてやってほしいです。

そう切に願う編集長なのでした。

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2014.10.15

高齢化率が50%を超えると限界集落なのか(←竜頭蛇尾)

高知県香美市に、移住者とその子どもが住民の過半数を占める集落がある。物部町大西地区。11世帯20人のうち、ここ10年の間に高知県内外から移り住んだ人らが5世帯13人を占める。旧来の住民が地区外の高齢者施設に転出したり、亡くなったりで半減する一方、移住者が次々に人を呼んで下支えしている。30~40代が増え、高齢化率50%以上の「限界集落」を脱した。絶対的な人数は少ないながら、新旧の住民が自然の中で支え合って暮らす。
──「(cache) 高知新聞20141014の記事」より引用

ここで引用した香美市の事例はある集落における人口増の話題。こういったとても興味深い事例が全国各地で増えているように思います。こういう事例はたくさん見ておきたい。

今日は究極に時間がないので、とりあえずこの記事をもとに「限界集落」の定義について述べてお茶をにごしたい。そう思って書き始めたのですが…、そもそもの「限界集落」の提唱者である大野晃先生の著作が手元に全くなくて、なんにも書けないことがわかりました(笑)

まあ簡単にいえば、一般的に、こうした記事のように高齢化率(全人口における65歳以上人口の割合)が50%を超えることをもってその集落を「限界集落」と呼ぶことが多いようですが、しかし、そもそもこの「限界集落」という概念は、1991年に大野晃氏が提唱しているものです。それによると、限界集落というのは、集落の高齢化率が50%を超えてていて、かつ、集落活動の維持ができなくなっている集落を指すのだそうですよ。だから、単に数値が50%を超えているからといって「限界集落」であると言うのはちょっと違うのですよ。

まあ、そういう話なのですが、その根拠になる原典が確認できないのでちょっとこれで記事にするのはどうもね。

といいつつ、まあ適当に書いちゃってます。すみません。

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2014.10.14

コミュニケーションは技術だろうか?

現在、西宮市の景観まちづくり課さんと「まちづくり塾・まちづくり人養成講座」として「地域の話合い講座」という講座を開催中です。全6回の講座の第1回が終わったところ。

第1回は、話合いの基礎として、工夫次第で会議は活性化することや、ワークショップとは何かなどについて体験を踏まえながら学んでもらったところです。

あ、第1講の配布資料と当日のスライド資料は「人・まち・住まい研究所」のサイトで期間限定無料公開中です。興味のある方はこちらからダウンロードしてみて下さいね。

話合い講座資料

次回の第2回は、ファシリテーションの基礎を学ぶ回になっています。実は、ファシリテーションについて解説された書籍はたくさん出ていますよね。編集長も山ほどテーブルの上に並べて勉強中です。

ところで、第2回の講座は既に明日に迫っているというのに、未だに講座の芯の部分が固まりません…

基本的には、いつもお話していることをベースに考えているので、講座自体が出来ないことはないのですよ。でも今回は「上手なコミュニケーションとはどういうことかを実体験を通じて感じていただくこと」を目指したいのです。このことに関して、既存の良質なプログラムがなくて悩み中です。

(どなたかヒント下さい…)

実は編集長。コミュニケーションっていうのは技術だと思っていて(あ、技術というのは、天賦の才能によるものではなく「訓練で身につくもの」という意味です)例えば、スポーツならば腕立て伏せとか腹筋とか、千本ノック(笑)とかで訓練できるような種類のものと考えているのです。

技術っていうのは、そのまま技術移転できなきゃいけないものだと編集長は考えています。どういうことかと言うと、同じようにできる人を育てるプログラムを内包してない限り、それは技術とは呼べず、単なる特殊技能にすぎないということです。(まあ、これは、編集長が若かりし頃に薫陶を受けた、Cタリスト社のMつばらさんの受け売りに過ぎませんが…)

編集長的には、上手な話合いの手法が特殊技能に支えられていると考えるのにはもう一つ承服しがたい。地域を運営していく上で一番大切なこの部分が天賦の才能によってのみ支えられているなんて、そんなはずはないと思うのです。
だから、話合いの技術を磨くためのエクササイズのようなものが考案できるのではないか、と考えているわけ。

ところが、世の中にはたくさんファシリテーションの本があるにも関わらず、この部分について書かれたものが非常に少ないのです。上手な質問の仕方とか相づちの打ち方とかは書いてある。会議運営のコツとして、出席人選の仕方や開催通知の出し方なんかも書いてあります。まあ、それはそれで役に立つのですが…

ファシリテーターの基礎体力である肝心のコミュニケーションの技術について、これを訓練する方法に言及したものはあまり見当たりません。訓練しましょうと書いてある本はたくさんあるけど「え?どうやって訓練するのよ。そんなこと」という部分がすっぽり抜け落ちてる。あるいは「場数を踏め」とか書いてあったりね。
もちろん場数が重要なのは確かだけど、「よしやってみよう!」と思うためには、その手前のエントリー部分の方が大事だと思うのよなー。

ここをプログラムとして完成できたら、第2講は、とても面白く役立つものになるよなあと思って、例によって「うにうに」と悩む編集長なのですよ。

編集長がここをどう乗り越えるか、乞うご期待ということで(と、自らハードルを上げてみた(笑)

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2014.10.12

歴史的建造物保存って結婚みたいなもの?

今日は、塩屋近代建築研究のメンバーで、先輩お2人をお招きしてヒアリングをしてきました。

たまたま、どちらも北大建築士研究室での、私の大先輩にあたり、つまりは、越野武先生の弟子筋ということになります。
まあ、両氏は歴史的建造物保存のど真ん中にいるお2人でして、方や文化財保護行政ど真ん中、方やゼネコン設計部で活躍という、不良弟子の編集長なぞ足下にも及ぶものではございませんが(笑

修士論文で歴史的建造物保存論を展開し、見事に中途半端に、歴史的な建物が残るとしたらそれは愛でしょ?と結論した編集長ですが、今日の話はその周辺を飛び交いました。

連戦連敗を繰り返してきた歴史的建造物保存。近年は社会も成熟してきて、古い建物を活用した店舗なども増えてきました。たとえば「古民家カフェ」を検索するととんでもない数のお店がヒットしたり…

それでも、建物の歴史的価値や、文化的価値を云々して「歴史的建造物を保存しよう!」というのは難しいところがありますよね。

お2人が、連戦連敗を繰り返す中でたどり着いたのは「愛だけじゃ残らない」ということでした。「愛だけじゃなくて、経済的基盤もしっかりしてないと…そういう意味では結婚みたいなものだ」と。

なるほどなあ…

文化財行政ど真ん中の先輩が、今日は建物の価値についてはほとんど語らず、ビシネスモデルとアセットマネジメントの話を延々としてくれたのが印象的でした。民間が積極的に関わって、維持していけるモデルができつつあり、すでに多くの試みがなされつつあるのですよね。

また、所有者と行政という2項では何も解決せず、そこには地域住民とか、まちとか、民間のセクターの存在が重要という点は、今日参加の皆さんの意見の一致したところではないかと思います。

この3項目の存在が、リスクをとって展開して行くようなそんなモデルが求められているのよな。

歴史的建造物保存は、たぶんここにきて大きな転換点を迎えているのだろうなあという気がしました。

この話をきちんとまとめていかないといけなくて、これからが大変です。頑張らなきゃね。

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2014.10.11

季刊「地域」

勢いで年間購読した季刊「地域」
表紙に相良さんが載っててびっくり♪
茅葺きアツいよね。
林業の話も面白そうだし。
やっぱり年間購読して正解かも。


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さて、ブログを再開しましょうか♪

掛け声だけで終わらないことを祈っててね(笑)

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