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2009.12.26
小規模集落に通っていて思うこと
お久しぶりですみません。
編集長が、兵庫県の小規模集落元気作戦の集落元気アドバイザーとして、但馬のいくつかの地域にお邪魔していることは既にお知らせした通りです。実際のところ、農業が分かるわけでもなく、地域経営のプロでもない編集長が、集落でどのようにお役に立てるのかは本人も分からない部分があります。ともあれ、集落での議論の潤滑剤として便利に使って下さいと皆さんには申し上げているところです。
各地区で何度となく、集落懇談会というか村づくりワークショップを重ねて来ています。村の皆さんは基本的に大変お元気で、話も弾む場合が多いのですが、やはり、小規模集落(まあ、いわば限界集落一歩手前の地区というと分かりやすいでしょうか)が抱えている少子高齢化・過疎化・後継者難・耕作放棄地の増加などの問題は、簡単に解決できる問題ではないようです。
地域に通っていて思うことは、どのように村を活性化したらよいか?あるいはそもそも活性化すべきなのか?いやいや活性化って一体なんなんだ?というような議論をこれまで行ったことがない地域が多いように思います。そんな議論が必要なのかどうかについても考えたことがなかった人たちが多いのではないでしょうか?しかし、それでも皆さん、このままだとマズいかも知れない、という漠然とした不安はお持ちの方が多いのも事実。
編集長がもし村のお役に立てることがあるとするならば、その一つは「そうした漠然とした不安は本当に不安材料なのか?」あるいは「この問題はどれくらいヤバいことなのか?」を、皆さんと一緒に考えることではないかと思っています。そして、正しい材料を手に入れた上で村の将来について、皆で考えて行くための議論のお手伝いをさせていただくこともまた役割ではないかと考えています。
しかし、そうした議論を進めて行くためには、いくつかの問題があることが見えてきました。
一つ目は、お手伝いしている私の余所者性の問題があります。確かに、一般的には、地域づくりにおいて、他所からみた地域の価値評価や、余所者・若者のアイデアが役に立つことは多いことも事実です。でも、「村の将来の不安について考えましょう」とか「村の将来を真剣に考えましょう」と、都会からやってきた若造(村の皆さんに比べれば十分若い・・・汗)がいきなり言い初めても、地域の人々にとって、そんな話に乗ってみようとは、なかなか思えないのも当然だろうなあと思うワケです。そうした話ができるようになるためには、編集長がもっともっと村のことを知らなければならないし、少なくとも編集長が、どれだけ村にコミットしようとしているかを分かってもらう必要がありそうです。ここに一つ目のポイントがあるのではないかと考えました。
もう一つ重要なのは、村の皆さんどうしが村の将来についてきちんと議論できるような関係を構築することではないかと考えます。おそらく、皆さんはそういう議論をこれまでしてきた経験が少ないため、どう議論していってよいのかが見えていないのではないかと思います。
これまで地域の皆さんは自治会活動などを通じて、目の前にある問題に対処するための議論は得意としてきました。例えば「イベントをする」という課題に向けては、内容を決め、役割分担を決めて、予算を組んで、実施に向けて皆でかんばるというような場面では、すばらしいチームワークで課題をこなしていきます。でも一方、簡単に「正しい・正しくない」が決められないような議題や、そもそもどこに問題があるのか発見しようという議題、とにかく全員がフラットにたくさん意見を出してみてから考えよう、というような議論の方法に慣れていないように見えます。二つめの問題としては、ここをなんとかする必要がありそうです。
地域の皆さんと編集長との信頼関係を確立することと、地域の皆さん相互のコミュニケーションのスキルをできるだけ高めることが、とりあえずの問題のキモのような気がしています。なかなか大変そうだけど、小規模集落元気作戦の事業期間も残り半分を切っちゃいました。この冬、少し地域の皆さんとじっくりお話ができたらいいなあ、と考えています。
2009 12 26 08:24 午前 [14地方版 (地域・まちづくり)] | 記事
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» 0522 カヤマル@美山/初日 from 茅葺き職人のブログ2
インフルエンザやら季節外れの低気圧で雨模様やら色々ありましたが、とにかくカヤマル... 続きを読む
受信: 2009/12/31 12:39:51
投書(コメント)
どんなに問題を抱えた限界集落でも、そこで人が暮らして行くためのいとなみとしては、その場所の資産をバランスを取りながら最大限活用できるように、時間をかけて磨き上げられて来た、今暮らしている人たちの暮らし方がベストなのだろうと思います。
社会の変化に合わせて人の構成は変わって行くべきかもしれませんが、集落の環境は営みの積み重ねで出来ている以上、新しい営みも先人たちの営みに重ねることの出来るものであるべきというのが、ひとつの指針になるのではないでしょうか。田舎は決してフロンティアでは無い訳ですから。
そんなことに気付いてから、農道の草刈り日役や、水路の溝日役や、消防団といった、集落の付き合いが負担とは思えず楽しくなりました。
茅を刈ることで集落の茅場が美しく維持され、刈った茅で屋根を葺くと景観要素として美しい建物が維持され、古い茅を田んぼへ鋤き込むと美しい実りをもたらしてくれる、そんなわかりやすい仕組みに参加することで人の輪も広がる茅葺きは、自らの人生の一部が、集落の新しい1ページに重ねられて行くのを体感する機会として、喜んで頂けているのではないかと思っています。
投書者: sh (2009/12/31 12:37:34)
おっしゃる通りですね。
「新しい営みも先人たちの営みに重ねることの出来るものであるべき」
「田舎は決してフロンティアでは無い」
とても感銘を受けました。
ご投書。ありがとうございます。
サイトも拝見いたしました。
集落でお暮らしなんですね。
今の暮らしがベストならば、それでよし。漠然とした不安をお持ちの皆さんがいるなら、それは集落全体で不安を取りのぞく工夫をしたらいいと思うのです。
私ができるのは、そのためのコミュニケーションの潤滑剤になることぐらいなのかなあと思ってみたりしています。
投書者: あさみ編集長 (2009/12/31 14:21:45)
こちらには塩屋繋がりでお邪魔いたしました。
神戸と美山が半々の暮らしで、充分に集落に根を下ろしているとは言えないのですが、街にも田舎にも当事者として関わって行けたらと思っています。
そういえば、いるかさんには藍那の国営公園がらみで、お見積をご用意させて頂いたご縁もありました。結局その建物では、茅葺きはナシになってしまいましたけれども。
これからも時々寄らせて下さい。
投書者: sh (2009/12/31 20:36:00)

