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2009.06.25

兵庫で曾禰達蔵に出会った件

23日はK社のM氏と、今やっているコンペの件での打合せ。駒ケ林は塩屋から車で行くと、かなり近いことが判明しました。15分かからなかったよ・・・。元漁村集落といっても、意外と便利なところにあるんだなあ。

打合せはなかなかの進展具合で、さすがM氏。M氏の博識と視野の広さには、いつも感心させられます。かなわんなあ、あの先輩には・・・。ちょっと話をするとずるずるずるっといろんなアイデアが飛び出してきます。きっと引き出しの多い人なんでしょうね。ここんところえらい忙しいみたいで、体を壊さないか心配です。でも、まあ、これからどんどん活躍する人なんだろうなあと思っています。

先日の水谷ゼミの感想や、M氏のオフィスにできるカウンターテーブルの話などをして、駒ケ林をあとにしました。打合せ後、元町の会社に行く途中、兵庫でレンガ建築を発見しました。相変わらず携帯写真ですが・・

Ishikawa_honsya_2

しかし、車窓からとはいえ、最悪な写真ですな。なんなんだその電柱は・・・。

戻ってから調べたら、設計が曾禰達蔵でした。ふーん。こんなところ(と言っては失礼だけど)に曾禰達蔵が・・。と、ちょっとびっくり。

詳しくは、この建物を所有する石川株式会社さんのサイトをご覧下さい。
石川株式会社::本社社屋について

曾禰達蔵さんを知らない方のためにちょっとだけ解説すると、曾禰達蔵さんは辰野金吾(東京駅を設計した人ね)の大学の同級生。つまりジョサイア・コンドルの弟子ってことになります。当時は工部大学校造家学科といいました。現在の東大建築学科の前身ですが、学科名を見ていただくとわかるように、まだ建築という言葉もない時代のお話なわけですね。

その後、三菱などを経て、後に中條精一郎とともに曾禰中條建築事務所を設立して活躍します。第二次世界大戦の終戦前(1937年)に亡くなってしまっていますが、それでも生まれが嘉永5年といいますから(いつなんだそれは・・・※)、けっこう長生きされたんではないでしょうか。

ま、なんか辰野金吾って言われたら信じちゃう感じがありますよね。この建物。
まだまだ知らない建物がいっぱいあるなあ。

毎日が発見で楽しいです。


※調べました。嘉永5年は1852年らしいです。

2009 06 25 07:00 午前 [06経済欄 (業務レポート)] | 記事

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