旧グッゲンハイム邸のこと
大正時代に建設され、解体の恐れがあった神戸市垂水区塩屋町3、異人館「旧グゲンハイム邸」を守ろうと、地元に住むステンドグラス作家・森本康代(みちよ)さん(63)が9日までに、購入の契約を結んだ。「須磨区の旧室谷邸のように解体されないよう、地元の財産として残したかった」と森本さん。老朽化による雨漏りなどの応急措置や保存、活用に向け、広く協力を呼びかけている。
──神戸新聞「070209の記事」より引用
室谷邸(あさみ新聞では触れませんでしたが・・・)をはじめ、歴史的建造物保存に関しては暗いニュースの多い昨今ではありますが、久々にステキな話題です。
旧グッゲンハイム邸は、垂水区塩屋町にあります。塩屋ってところは、ジェームス山を中心に旧ジェームス邸、旧ジョネス邸、いまはなき旧異人館倶楽部など、洋館の残っていることで知られています。旧グッゲンハイム邸のある塩屋町3丁目はジェームス山内ではありませんが、これらの洋館と合わせて、垂水区の海岸沿いの洋風で明るい建物の雰囲気をかもし出している建物群の一つといえるでしょう。
実は、この建物の存続が危ぶまれていましたが、地元のステンドグラス作家である森本さんが私財を投じて購入されたとのこと。「地元の財産として残したい」というその思いに、編集長は感嘆しております。
これから活用の方法を探るとのこと、うまく維持できて、建物が生きるようになるといいなあと思います。編集長も及ばずながら協力させていただきたいと思っています。実は、塩屋といえば編集長の住んでいる所。通勤電車からもこの旧グッゲンハイム邸が見えています。地元民としても何かお手伝いできるといいなあ。
旧グッゲンハイム邸はたぶんこれ
と、とりあえずニュースをご紹介して今日のところはここまで。
余談ながら、実は、編集長的には「旧ジョネス邸」もかなり好きです。
朝晩前を歩いて通るんだな。これが。
参照サイト
ジェームス山 - Wikipedia
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コメント
「旧ジョネス邸」
あさみ編集長様、お買い上げ~カン♪(▽ ̄o)ノ≡圀
投稿: ひろき@左官理事 | 2007.02.16 05:50
いやいや、なんちゅうことをおっしゃいますやら。
そんなお金ありません、ということもさることながら、
持ち主さんもいる話なんでね。あんまりそういう話で盛り上がるのもね(笑
ま、そのたたずまいが結構好きだったりするので、ずっとあそこに建っててほしい気はするんですよね〜♪
投稿: あさみ編集長 | 2007.02.16 11:33
あの赤い屋根のやつですかね。
ステンドグラス作家さんのアトリエは、
ぼくらの旧アジトまでの通り道、いや
通り坂にありましてね。
まえに、建築誌にも載ってはって。
きっとすごいひとなんだろうなあ、
一回あいさつしにいこうぜー、
なんて言ってただけでしたが。
けど、なんかの写真で、出書院の障子として、
ステンドグラスをはめ込んでしつらえてるのがあって。
それは、エキセントリックというか、信長っぽいというか
なんか憧れてしまう美しさが、そこにはありましたよ。
一回つこてみたいなあ。ステンドグラス。
すいません主題からそれました。
投稿: しんじろ | 2007.02.17 17:42
お。しんじろくん。元気かね。
こないだ県立図書館に行くとき駐車場でしんじろくんとこの看板をみて、丁度お昼だったから、電話でもしよかなと思ったのだけど、仕事の邪魔してもなあ、と思ってやめちゃった。
こんど何か理由をつくって集いましょう。(話がそれまくっとるが)
投稿: あさみ編集長 | 2007.02.18 12:43
ちょっとさきですが、やっぱり花見ですかね。
青空ミーティングってことで。
投稿: しんじろ | 2007.02.20 08:39
編集長、塩屋町でしたか。
実は私の祖父が垂水区舞子台に住んでいるのです。
塩屋町に近代建築がたくさんあることは最近になって知りまして、是非めぐりたいなあと思っております。
須磨の室谷邸は最後の最後に滑り込みセーフな感じで見て来ましたが、すごかったです。外観だけでもヴォーリズ建築の温かみが感じられました。
投稿: のりみ | 2007.02.25 15:17
はじめまして、こんにちは。
グッゲンハイム邸で検索して、立ち寄らせて頂きました。
改修工事が行われて、すっかりきれいになっていますね。
竹◯油業の看板が外されて、手入れの行き届いていた庭が荒れはじめ、屋根が不自然に波打って雨漏りの兆候を示し、バルコニーのガラス窓も外されて・・・
解体されてしまわないまでも朽ちてしまうのではないかと、見る度に胸潰される思いをしておりましたが、本当に喜ばしい結末に落ち着いて何よりでした。
今後の具体的な活用について知りたくて、色々と検索させて頂いておりました。
ジェームス山の商業的な中心がサティ方面に移っても、街の趣を支えているのは外人住宅として拓かれて来た歴史です。
これからも「海の異人館街」として、歴史が伝えられて行くことを望んで止みません。
投稿: shiozawa | 2007.08.25 21:09