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2006.06.13

「イイ」の発見

建築プロデューサー朝妻さんのブログ060613のエントリー「家づくりって、どうやるの?
「ポリタン・コスモ」060414のエントリー「建築家・中村好文、熊野・野尻さん一家
「井の中の蛙」060503のエントリー「仕事の流儀 建築家・中村好文氏。」にトラバです。

家づくりって、どうやるの?
「いい家のつくり方って、どうやるの?」
私のところへご相談にお出でいただく多くの方がこう言います。
『いい家のつくり方』
残念ながら、これなら絶対という方法は私にも分かりません。

もちろん、私がいいと思う家の姿はいくつもあります。 私が好きな家のタイプもいくつもあります。

しかし、それは『私が』いいと思う家であって、皆さんにも
それが当てはまるとは限りません。

(中略)

自分がいいと思う家をつくればいいんです。
自分が気持ちいいと感じる家が“いい家”です。

私はそう信じています。
──建築プロデューサー朝妻さんのブログ060613のエントリー「家づくりって、どうやるの?」より引用

あら、ステキ。
自分がイイと思うもの、自分がイイと思える場所をつくる。
そういう意味では、自分独自の「イイ」の発見こそが、
最も大切なステップなのかも知れません。
自分の「イイ」が見つかれば、家づくりなんて8割方出来上がってる
ような気がします。(8割は言い過ぎか、、、)

住宅ではないのですが、最近お施主さんに、

「それを実現するための技術はこちらで提供するので、
 どんな建物にしたいのかを、文章にして下さい。」とお願いしました。
担当の方はさんざん悩んだみたいですが、
ステキな文章を残して下さいました。
こちらも新たな発見があったりして、、、、。
これって結構いい方法なんじゃない?と思ってみたりしているところです。

中村好文さんは、
どんな家が欲しいのか、依頼者にはわからない
とおっしゃいます。

自分で何が欲しいのかを、きちんと自分で把握していらっしゃる方が
少ないのは事実。(予算との兼ね合いも含めて、、、ね)

編集長は中村さんの設計する住宅や、中村さんの考え方はとても好きです。
この「分からない」からスタートして、分かるところにたどり着く、
そのプロセスこそが「建築の力」の源であり、
ケンチクカの個性であるような気がします。

編集長の今回のお仕事の場合は、
「文章化する」という、
自分の外に向かって自分の欲しい物を表明するという
プロセスをお施主さんに踏んでいただいたことが、
その「分からない」を「分かる」に導く第一歩として、
有効に働いた、ということなのかな、と思うワケです。

ま、それにしても、
今回うまくいったからと言って、
次も同じ方法でうまくいくとは限りません。

策におぼれることなく、日々精進ってとこですかね。やっぱり。

2006 06 13 06:58 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事

この記事の関連書籍はこちら
(実は3つのうち2つが編集長のアフェリエイトという仕組み)

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投書(コメント)

そんで、自分の「イイ」を見つけるためには、「イイ」と思ったものをいっぱい集めることですね。
そうすると共通項が見えてきます。
(で、私は「イイ」と思ったものをblogに貯めることにしてます。)

投書者: ちはる支局長 (2006/06/13 20:51:58)

どうも!朝妻です。

トラバ&引用、ありがとうございます。
お恥ずかしい限りです。

今後ともよろしくお願いします。

投書者: asazuma (2006/06/13 22:15:22)

>支局長
あ、なるほど。支局長のところが常に格調高いのはそういうワケか。

>asazumaさん
いや、コメントしようと思ったら長くなっちゃったものですから。
こちらこそよろしくですう♪

投書者: あさみ編集長 (2006/06/14 1:26:31)

う〜む、このエントリーがノアノアさんの「熱い日々」のときにあったらな〜と思いました。ねぇ、朝妻さん!
ところでアマゾンのアフェリエイトの一番最後の本はそんな建築家との取り組みを「建築プロデューサーをうまく活用して、失敗なく建てるさまざまな方法を紹介して」という本のようですね。でも、99円?(汗)

投書者: m-louis (2006/06/14 2:56:49)

どうも!朝妻です。
編集長、ちょっとこの場をお借りします。

>m-louisさん

偶然にも昨日、m-louisさんの5月22日のエントリーを読んでいてそこにリンクされているところを開いていたら、いつの間にやら「熱い日々」に辿り着いちゃいました。こういうのを“共時性”とかって言うのでしょうか?

>ところでアマゾンのアフェリエイトの一番最後の本は・・・

えっ!その本の132ページ以降に私のことが書いてあるって!?

いえ、宣伝ではありません。くれぐれも・・・

でも、99円?(汗)&(涙)

投書者: asazuma (2006/06/14 8:36:54)

>asazumaさん
なるほど、そういうことになってたか。
ということで、asazumaさんの出ている本を、皆さん買ってみて下さい。
(しかし、編集長はまだ読んでない、、、、恥)

投書者: あさみ編集長 (2006/06/14 8:44:56)

トラバありがとうございます。

さてさて、ちょっと別の視点から。

個人的な「イイ」にもとづいて住宅を建ててしまうのは、危ういと思っています。1960年代以降に生まれた世代は、「勉強部屋」をあてがわれた個室世代、その個室世代が、あたかも個室のように自宅を建てたい、と思うのはとても自然な流れかもしれません。でも、ホントにそれでいいのでしょうか?

集落や民家を見ていくと、かつて、家とは「買うもの」でも「建てるもの」でもなく「継ぐもの」だったことに気付きます。個人的なイイ・ワルイももちろんあるけども、もう少し大きな時間スパンや連続性を前提にして住まいは造られていました。

地縁や血縁から個人が切り離されて自由になったのはとても良かったとおもいますが、だからといって、一世代で住まいをスクラップ&ビルドするほど、資源やCO2排出権が有り余っている訳ではありません。

だれがどのように継ぐのか、住宅がストックとしてどのように価値をもちつづけられるのか、このあたりが重要だと思っています。

中村好文先生が、「いい家をつくる、家に仕えている」 というのは、この個人を超越したところにある、いい家という価値のことをいっていると感じました。そこに、建築家としての職能を感じます。

もちろん、朝妻さんや編集長のおっしゃっていることもよくわかりますが、「イイ」と感じる基準をいかにしてより社会性を持たせ、どうやってより大きな住文化につなげていくのか、という視点がとても重要になると思います。
これは、景観の問題にも直結する話でもありますね。

投書者: hira (2006/06/14 14:19:24)

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