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2006.06.26

コミュニケーションのススメ

コミュニケーションは「あなたの言葉がよく聴き取れない」と告げ合うものたちの間でのみ成立する。
「だから、もっとあなたの話が聴きたい」という「懇請」(solicitation)がコミュニケーションを先へ進める。
「あなたの言うことはよく分かった」と宣言したときにコミュニケーションは断絶する。 それは恋愛の場面で典型的に示される。
「あなたのことがもっと知りたい」というのは純度の高い愛の言葉だが、それは言い換えれば「あなたのことがよくわからない」ということである。
論理的に言えば「よくわからない人間のことを愛したりすることができるのだろうか?」という疑問だって「あり」なのだが、そんなことを考える人間はいない。
逆に、「あなたって人間がよくわかったわ」というのは愛の終わりに告げられることばである。
「あなたって人間のことがよくわかったから、結婚しましょう」というように言葉が続くことはない。
それと同じく、逆説的なことだが、コミュニケーションは「それがまだ成立していない」と宣言することで生成し、「それはもう成立した」と宣言したときに消滅するのである。
喪の儀礼も同一の構造を有している。
──「内田樹の研究室: 緩和医療学会とi-podと『土蜘蛛』」より引用

編集長が敬愛する内田先生のブログよりの引用です。
基本的には死者とのコミュニケーションを論じた一文ですが、内田先生のコミュニケーション論にヒザを打ちました。全くもってその通りですね。しかも、文章が分かりやすい、これほどの内容を、これほど平易に述べるその実力を編集長は敬愛して止みません。

コミュニケーションというのは「もっとあなたの話が聴きたい」という地平に成立するということ。ホントにその通りだと思います。編集長は、こういう態度でコミュニケーションの達人を目指します。

うー。引用文の方が長いとポリシーに反しますが、ちょっと忙しいのでここまで。

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01人声人語(雑談・独り言)」カテゴリの記事

コメント

コミュニケーションの本質とは、白ヤギさんと黒ヤギさんのお手紙に関するダイアローグのうちにある、のかな。

内田センセの言う、「相手のことが分からないから、もっと知りたい、もっと話を聞きたい」、というのもわかるけど、そんなの滅多に無いなー。それは余程話が面白い人の場合だなぁ。

普段は、「コミュニケーションしているのは楽しい」、だからコミュニケーションしている、という気がします。恋人たちのコミュニケーションなんて、基本的にそんな気がする。
だから、冒頭の一文は、「コミュニケーションは「あなたと話していると楽しいなー」と告げ合うものたちの間でのみ成立する。」、と、言い換えたいです。

投稿: hira | 2006.06.27 03:34

>hiraさま
ふむ。相変わらず本質的ですな。でも、かなり納得。コミュニケーションしていることそのものを楽しむ感じはよく分かります。それが正解かも。
編集長としては、
「建築設計のプロセス」—「建築物」の関係を、かなり強引に
「コミュニケーションを楽しむ」—「あなたのことを知る」にシンクロさせて、
つまり、プロセスが大事か成果が大事か、みたいな議論まで持って行くと、
どっちも大事だよね。って話になって、、、。

ま、結局どっちでもいいんじゃないか、と思わないでもありません。

投稿: あさみ編集長 | 2006.06.27 10:39

「相手のことが分からないから、もっと知りたい、もっと話を聞きたい」は音楽の基本。
メンバー同士のコミュニケーションが無い演奏は聴衆には受けませんが、しかしながら演奏中は言葉ではなくリズムとメロディーだけでのコミュニケーションを取らなければならない、なんとも不自由です。
お互いのプレイを聴くしかありません。

では、言葉でコミュニケーションを取ろうとすれば自由自在?
そんなことはありません、喧嘩の元になる場合も。

コミュニケーションは目的を共有しているのかがポイントでしょうね。
例えば、恋人たちのコミュニケーションの目的は?・・・H??

「白ヤギさんと黒ヤギさん」のメロディーは頭に浮かぶのですが歌詞が出てきません。(苦笑)

投稿: kazz | 2006.06.28 03:11

>kazzさま
音楽っていいですね。コミュニケーションの手法としては、とても限定された不自由モノであるだけに、表現に色々な工夫が生まれるのではないか、と、ご投書を拝見していて、そんなことを思いました。
言葉も、音楽も自由自在ではないでしょう。だから変化があり、表現にバリエーションが生まれ、多様である「ヒト」の存在を保証するものになり得るのだと思います。

で、今思ったのですが、「言葉」や「音楽」を記録する方法はある程度確立されているけれど、「コミュニケーション」を記録するってのは難しい感じがしますね。だから、言葉や音楽は芸術たり得るけど、コミュニケーションは芸術だとは思われないのかな、と、ふとそんなことを考えました。

投稿: あさみ編集長 | 2006.06.28 09:14

ふむ。
音楽や言葉は「モノ」で、コミュニケーションは「コト」なのだとしたら、
音楽と言葉とコミュニケーションを同列に語ることに無理がありますね。

音楽によるコミュニケーション。
言葉によるコミュニケーション。

どちらも成立します。言葉の次元がちょっと違うってことか。ふむふむ

投稿: あさみ編集長 | 2006.06.28 09:27

相手のことが分かってもコミュニケーションを消滅させない手段について、TBさせていただきました。

投稿: ちはる支局長 | 2006.06.29 05:45

>支局長
なるほど、さすが関西のヒトはちゃいまんな。
関西ネイティブでない編集長としては、この、関西の人たちの「ボケ」ることが礼儀、「ボケ」られたら「ツッコミ」を入れるのが作法、という高度な技を、普通の人たちが普通にこなしている現実に実は感心してたりします。

支局長がツッコミ系、、。確かにその通りだわな。

投稿: あさみ編集長 | 2006.06.29 09:02

ウチの子見てますと、教えたわけではないのに「ボケ」は2歳で、「ツッコミ」は3歳で会得しています。
関西で生活するには必須のようですね。(^^;

投稿: ちはる支局長 | 2006.06.29 09:29

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