山口銀行宇部支店の保存
山口銀行宇部支店(新天町一丁目)の新築移転に伴い、現支店が解体される可能性があることから、宇部建築設計監理協会(田代定明会長)と市商店街連合会(山崎和之会長)は七日、等価交換で現支店の土地を所有する市に、保存を求める要望書を提出した。戦火をくぐり抜けた歴史的価値のある建物として、宇部の歴史資料館としての活用を提案。市内で活動する団体で運営委員会を設け、資料の展示のほか、ミニコンサート、講座などのイベントも開催し、集客を図りたいと説明した。
──宇部日報060408の記事「建築設計監理協と市商店街連合会が山銀の保存要望」より引用
山口銀行宇部支店はどうやら村野藤吾設計のようです。オンラインで写真を探すとこんな感じです。
http://www.shimataka.net/retoro/nansei/04.htm
ふむふむ、確かに村野っぽい?よく分からないけど味がありますね。
村野さんが宇部に縁があるのは宇部市民館(宇部市渡辺翁記念会館)の設計をしていることで知っていましたが、かなり縁が深いようですね。
村野藤吾は宇部とは縁の深い建築家である。出世作となった渡辺翁記念会館(1937)によって宇部興産の全幅の信頼を獲得した村野は、1939年から1953年の間に、山口銀行宇部支店(旧宇部銀行)、宇部興産ケミカル工場事務所(旧宇部窒素工業)、協和発酵(旧宇部油化工業)、宇部興産中央研究所、宇部興産事務所と、宇部の主要な建築を次から次へと手がけた。
──ガゾーン「山口銀行宇部支店」より引用
山口市は等価交換でこの敷地を手に入れたようです。あら、チャンスじゃないですか。この手の建物は行政が手に入れることができないがために残らないことだってあるのに、すでに行政の手元にあるなら何も悩むことはありません。このまま市民のための施設として活用すべしです。利用の方法や、維持管理に費用がかかるなどの問題については、明日アップ予定の都城市民会館について(2)も参考にされたし、です。
ということで、保存活用することは決定しておいて(勝手に決めてますが、、、)本日の話題は、もう少し別次元へと飛んで行きます。
実は無知な編集長(実は、と言うほどのことでもない)。この建物が村野さん設計とは知りませんで(冒頭の宇部日報の記事にも出て来ません)、村野事務所出身のM本先輩に尋ねてみました。
M本先輩は「大阪の山口銀行とは別だ。あれは山口さんが創業したやつで、滴翠美術館の山口さんだ。ちなみに、山口銀行本店は圓堂さんの設計でミースっぽいやつだ」とのこと、何のことだか分かりませんでしたが、どうやら、かつて別の山口銀行というのが大阪に存在していたようです。この大阪の山口銀行は、後に鴻池などと合併して三和銀行になった模様。なんだかややこしいですね。2つの同じ名前の銀行が同時に存在してたのかしら?本店の「ミースっぽい」も気になります。
気になって、調べましたよ、編集長は。
■2つの山口銀行
まず、現在下関に本店のある山口銀行は、母体が第110国立銀行で明治11年の創業、山口銀行を名乗り始めるのは他の地方銀行4行と合併した昭和19年ということになるようです。
一方、大阪のやつは第148国立銀行として設立されたもので、山口銀行を名乗り始めたのは明治31年。昭和8年には合併して三和銀行になっていますから、山口銀行が2つ存在した期間はない、ということが分かりました。
■滴翠美術館
大阪の山口銀行の山口さんというのは、山口吉郎兵衛さんといって芦屋に住まいのあった方のようです。この邸宅は、現在「滴翠美術館(旧・山口吉郎兵衛邸)」として保存活用されています。この滴翠美術館が、また例の大阪ガスビルの安井武雄氏だったりするところから話を広げると記事が終わらないので、このくらいにしておきます。
■山口銀行本店
山口銀行本店(今もある方の山口銀行ですよ、当然)は下関にあります。圓堂政嘉設計のカーテンウォール建築です。写真はこちらをどうぞ。日本のカーテンウォール建築の初期のものだとか。昭和40年の竣工で、同年の建築学会賞を受賞しています。圓堂さんという方は、村野藤吾の弟子筋にあたり、中村順平の教え子でもあるとか。なるほど営業室の壁面彫刻の構成は中村順平になっています。
彫刻家に本郷新、家具デザインに剣持勇、なんという贅沢な布陣。
しかし、なんでこんなことに詳しいのかね。M先輩。
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コメント
山口銀行宇部支店、
リンク先の写真を見ると「村野っぽい?」という気になりましたが、村野さんの本から写真を探して見ると確かに村野さんのテイストです。
外部改修されているのかな?それとも写真映りのせい?
投稿: ちはる支局長 | 2006.04.11 09:49
M本です。ちょっとした雑談がりっぱな記事になっててびっくり。
ついでに村野うんちくかたらせていただこうかと。
銀行建築では結構名作残してます。古くは北陸に北国(ほっこくと読む)銀行、加納合同銀行というのがあります。これどちらも小品ながら名作。この時代の村野作品の雰囲気が知りたければ尼崎の大庄公民館をみるべし、です。加納合同などはめずらしくポインテッドアーチなんか使ってます。あと岸和田の泉州銀行本店などもいいです。八幡信用金庫などはかなりくせのある部類です。これらは小さい銀行ですが、大物は日本興業銀行と東京銀行ですか。楽天の三木谷氏もここですごしたんでしょうか。
そういえば東京銀行三ノ宮支店は震災で解体されたんでしたっけ?
投稿: M本 | 2006.04.11 23:41
>ちはる支局長
確かにちょっと「あれ?」と思う写真ですよね。
でもM本先輩は「確かに村野テイスト」と断言してました。
>M本先輩
うんちく、ありがとうございます。
銀行ってのは地域のシンボルであった時代があるんですよね。そういう意味では銀行建築がハイスタイルの王道を行っていた時代が、建築が極端に面白かった時代とかぶるのかも知れません。
大庄公民館は、近くを通りかかった時に探しましたが、発見できずにまだ見ていません。岸和田とか、残っているなら見に行きたいです。東京銀行三ノ宮というのは、ちょっと調べた限りでは分かりませんでした。
現存する村野建築ツアーin関西をやってみたいなあ。
のりみさん、どうですか?
講師はやっぱりM本さんにお願いすることにして、参加者を募って6月頃にどうでしょう。いい季節だ。
三ノ宮のいくつかと、尼崎のいくつか、宝塚のいくつかと、梅田とミナミにもありましたね。
甲南大学とか関西大学にもあるみたいだし、南大阪の教会も。
今調べたら、姫路のヤマトヤシキって村野さんだったんですか、、、、。
多作な人ですね。
まずはリストづくりからかなあ。A特派員、やりませんか?
と、常に大勢を巻き込もうとする、編集長なのでした。
投稿: あさみ編集長 | 2006.04.12 10:35
どうも失礼致します。
東京銀行三ノ宮支店(東銀綜合ビル)は2000年に解体されたようです。特にダメージは無いように見えましたが、内部にダメージがあったのか合併やらなんやらの経済的事情だったのか、よくわかりませんです。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/oogimoto/each/001818.html
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/oogimoto/each/004728.html
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/oogimoto/each/004797.html
投稿: uma | 2009.12.05 09:39