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2006.01.26
100景を考え直す(2)
悪い景観100景を考え直す(2)
060124の記事『悪い景観100景を考え直す(1)』は、おかげさまで大変ご好評をいただいております。調子に乗って、第2弾をお送りいたします。
初めての方にお知らせしますと、
話は「美しい景観を創る会」という団体が発表した「悪い景観100景」にさかのぼります。この悪い景観100景の発表の仕方や表現の方法に、編集長が何となく釈然としないものを感じ、とりあえず何か自分なりに納得しようという試みが、この「考え直す」シリーズということになります。
前回は同会がすでに発表している70景の中から、40景を取り上げて再解釈を加えておりまして、本日の記事は、その残りの30景を一挙公開するものです。
さて、
この間の詳細は、詳細は当新聞の060107の記事
『悪い景観100景』
また、060124の記事
『悪い景観100景を考え直す(1)
をご覧いただければと思います。
さて、待望の、問題の第2弾ですが、
悪い景観100景を考え直す(2)
http://homepage.mac.com/asami.masayuki/asamishinbun/PhotoAlbum18.html
こちらからおいで下さいまし。ではでは。
2006 01 26 10:00 午後 [33特集記事「景観まちづくり」] | 記事
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(実は3つのうち2つが編集長のアフェリエイトという仕組み)
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» 悪い景観100景(その2)−違和感 from 独 言 工 房
どうも、違和感を感じて仕方がない、美しい景観を創る会による「悪い景観100景」ですが、現在はサイトが見られなくなっています。 同じように違和感を抱かれている あさみ新聞 さんが100景を考え直す、ということで同じ写真に対して肯定的コメントをする、 という試..... 続きを読む
受信: 2006/02/06 21:21:22
投書(コメント)
本家「悪い景観100景」が見れないので比較できないのですが、この40景は悪いという基準がよくわからないものが多いですね。
「100景」といいながら同じような風景、どこにでもある風景を切り取っているということはネタ切れなのか。それとも圧力が怖いのか。
余談ですが、60000番いただきました。
投書者: ちはる支局長 (2006/01/27 16:41:37)
わーお。人に言われなきゃ気づかない60000ページビュー。
記念になんかしなきゃいけないかなあ。ヒマがないけど。
今、100景見れないみたいですね。一応、サイト丸ごとダウンロードしてあるので、再現することは可能ですが、そんなん60000記念にやりたくないしなあ。
確かによく分からないものも多いんですよね。
しかし、これだけ人を悩ますことができるんですから、この100景、それなりに存在価値はあるということなのだろうなあ、と改めて思います。
んではでは。
投書者: あさみ編集長 (2006/01/27 17:12:12)
TBさせていただきました。
「考え直す」は見させていただきましたが、レトリックの応酬になってしまうところがあって、やや苦しい感じが f(^^;
思いつきで申訳ないですが、風景として肯定するだけではなく、機能的に見て肯定するようなコメントをつけてみるのも、議論への足がかりとして面白いかもしれません。
例えば、「安全な歩道橋」は、そういう見方になっていますよね。
投書者: いさた (2006/02/06 21:40:36)
ふむ。いさたさん。
コメントありがとうございます。
確かに苦しいです。すごく苦しい。だって、やってて嫌なんだもん。(って自分で始めておきながら、何を言ってるんだか)
レトリックの応酬なんて、そんな高級なものではありません。せいぜいが茶化している程度のことだと自認しています。(胸を張って言えることではありませんが)
機能的に肯定というご提案については、実は、編集長も最初はそれでやろうと考えてました。なぜなら、景観的に肯定するのが難しいものが多すぎたからです。でも、できるだけ風景側からやっとかないと、ちゃんと茶化したことにならないな、って思って、こんな風にしてます。
やっぱり、写真一枚一枚に対してインタラクティブな議論ができるサイトが必要だな。誰か作りませんか?(<自分でヤレという話も)
きちんと表明しておかなければならないと思ってはいますが、編集長は「美しい景観を創る会」の活動や理念を否定するものでは全くありません。日本は、放っておけば、どんどん醜くなっていくだろうことは容易に想像できますし、それに対して危機感も持っています。だからこそ編集長が、こうして「景観」をテーマに色々論じようと試みつつあるとご理解いただきたい。
そして、この状況に警鐘を慣らそうとする先生方の活動を否定する気は毛頭ないばかりか、応援していると言っても過言ではありません。しかし、願わくば「悪い景観」(これを「悪い景観」として発表するのも、悪い考えではないと、実は、思っています。)のあり方を、もう少し考え直してはどうかと思うのです。なんだかちょっと気持ち悪い。
と、書いて来て、今気づきつつあることをリアルタイムに白状すると、編集長が先日から気にしているのは「景観に関する合意形成のプロセス不在」なのではないかという暫定的結論に至りつつある感じ。
エラい先生が密室で決めるのが本当に良いのか、「エラい先生が決めたらその美しさに向かって邁進する」というのが日本国民の姿勢として正しいのか、というあたりに議論のポイントがあるような気がしています。
つまり、私の「悪い景観」なり、私の「良い景観」なり、が星の数ほど現れて、そこで初めて議論が成立するというような、そんな議論の進め方がないものか、と悩んでいるワケですよ。(説明になってないかな)
編集長も、もう少し考えなくてはなりません。
投書者: あさみ編集長 (2006/02/06 22:19:12)

