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2005.09.19
ちょっと待って「阪急百貨店」(その2)
阪急梅田コンコースを・・の「関連ブログのトラックバック集」にトラバ。
阪急百貨店について前回触れました。今日はその後の状況と編集長の考え方を。
工事は始まりつつあるようです。けっこうな数のブログで盛り上がり中。実は、編集長は関西ネイティブじゃないので、小さい頃の記憶というのがありません。
ということで、最初の反応としては「あんなドラマティックな空間がなくなるのはもったいないじゃないか。ちょっと待って!。伊東忠太だってあるのに」という反応だったワケです。
しかし、わりと関西の方々には、思い入れのある方がたくさんいるようです。で、改めて考えるとこれはね。すごく恐ろしいことですよね。東京でいえば東京駅がなくなる、みたいなもので、そんなの誰も賛成しないもんね。と、考えたら、これはもう少し本腰を入れて本紙編集部としても何か考えないと、、、と、認識改め。
皆さんご存知のとおり、いま、編集長はなかなか副業の方が忙しくて
なかなかこの問題にコミットできませんが、私の知り合いのm-louisさんが、
「阪急梅田コンコースを残したい・・その一心で立ち上げました。
『阪急梅田コンコースを・・』」
というブログを立ち上げて下さいました。m-louisさん。ありがとうございます。
ぜひとも皆さん訪れて、サイトを盛り上げると同時に、まちや建物と人、まちや建物と記憶・思い出について真剣に考えてみて下さい。一つの建物がより多くの人々の関心の中心になる機会はあまりないので、こういう事件をきっかけに、自分とまちとの関わり方を再考してみていただきたいです。
こういった「建物を残したい」活動では、人や署名の数を集めることとか、交渉の相手を定めるとか、そういうことも大事だと思うのですが、それが「運動」という形を取っている限り、結局は「勝ち負け」の問題になってしまって、「勝った、負けた」が結論になってしまうことが多いようです。組織・運動というのは少なからずそういう側面を持つものですが「勝つ」ことが自己目的化するあまり「要するに建物が残ればイイ」という手法論に陥りがちです。
ここで一つ考えてみて下さい。大事にすべきは建物そのものだけではなく、人々の営みを含むものと捉えるべきではないでしょうか。誤解を恐れずに極論を言えば大切なのは建物ではないのです。(この考え方は一面危険でもあります。なぜなら、取り壊す方の論理に取り込まれてしまう可能性があるからね。)
思い出の蓄積とでも呼ぶべきもの、人々の心を支えているものを大事にしようという姿勢を忘れてはならないと思うのです。敵はものすごい論理で攻めてきます。資本の論理は時に凄まじい暴力になりえます。
であればこそ「ここで述べているようなプライスレスな何かを大事にしていくことが、どれだけ資本にとって利点があるのか?」「保存することによってどれだけ多くの人の心を救うことになるのか」その一点のみで勝負するのが、連戦連敗を続けている歴史的建物保存を、なんとか勝ちにもっていくための論理になりうるのではないか。
まだまだ議論が必要な論理で、未完成な物言いなのですが、編集長の直感は、そう思うのです。
そこで、編集長からの提案ですが、もう少し大事なのこととして、そこに建物があって、その建物に「誰の、どんな、どれだけ深い」愛着や記憶が残っているのか、それを収集し詳述できるしくみを作りませんか?
あれだけの建物ですから、多くの人が少なからず印象をお持ちだと思いますし、あの場所にうれしいことや悲しい事を喚起させられる思い出をお持ちの方も多いはずです。そういう記憶の棲家としてあの建物があるのだという視点に立って、できるだけ多くの「物語」を抽出していくことが、遠回りに見えるだろうけど、建物を残していくために、一番の近道なのではないかと思うのです。
なぜこんなことを言うのかというと、力技(署名活動や歴史的)計画をしているのは阪急という会社なのかも知れませんが、会社を動かしているのは人間だから、、、という話になるのですが、どうも、この話、語り始めると長くなるし、今はそういう時間がとれませんので、未完成にて失礼。あ、ホントに時間がない、、、、ばたばたばた。
2005 09 19 02:12 午後 [02社説 (私の主張)] | 記事
この記事の関連書籍はこちら
(実は3つのうち2つが編集長のアフェリエイトという仕組み)
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» またひとつ「大阪らしさ」が消えてゆく from 新「とっつあん通信」
あの独特の天井の形や壁画などで有名な
阪急梅田駅のコンコースの取り壊しが始まったとのこと。
そもそもは老朽化が進んだ
阪急百貨店の建替え準備がその理由だそうですが
本当に残念でなりません。
我々関西人にはよくわかるのですが
あのコンコース....... 続きを読む
受信: 2005/09/19 14:54:51
» 三信ビル保存プロジェクト from Blog版「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」
■最近お気に入りのBlogで、「三信ビル保存プロジェクト」の存在を知りました。関西に住んでおり、東京で動きがよく伝わってこないので、はじめて知りました。
■有楽町日比谷にある三信ビルは、昭和5年に竣工したビルです(ビルディングのほうがいいですね)。ところが、今年の1月、一般市民にとっては突然のことですが、解体されることが発表されました。
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平成17年1月21日 三井不動産株式会社
「三信ビルディング」解体のお知らせ
三井不動産株式会社は、... 続きを読む
受信: 2005/09/20 3:05:22
» 基本的な考え方〜前略・阪急経営者の皆様へ from 阪急梅田コンコースを・・
まず今回の阪急梅田駅コンコース解体の問題にあっては、人が日常往来する公共的空間ではあれどもそこが「阪急」という民間一企業の所有物である限りにおいて、あからさまな反対活動は意味を成さない。それがどんなに芸術的・文化的価値の高いものであろうとも、一企業の経営....... 続きを読む
受信: 2005/09/20 4:33:56
» さみしいきもち from 心に映る由なし事 ココログ支店
小林一三さんは、どんな気持ちで見ていらしゃるのでしょうか?・・・ 続きを読む
受信: 2005/10/15 12:18:27
» イベント告知・お知らせ from 旧阪急梅田駅コンコースを残したい・・
旧阪急梅田駅コンコースを残したい・・署名的コメント&TB集にトラックバックを送っていただいた方々に告知させていただいております。本日12/7(水) 付の大阪日日新聞に同ブログのことが紹介されました。記事内容は追って翌日以降に同ブログにて公開する予定です。また、12...... 続きを読む
受信: 2005/12/07 7:29:45
投書(コメント)
年がばれるので、あまり話したくないのですが・・・。
阪急梅田駅が現在の位置に移転をしたのは、1972年です。私は移転前の梅田駅を見て覚えています。そうです、今の阪急百貨店の所にあったのです。日本の駅は、大都会のメインの駅でも基本的に通過駅、ステーションです。しかし梅田駅は違いました。終端駅、いろいろな所からくる線路がその駅で終端となる駅だったのです。(今でもそうですが。)ガラスのアーチ天井のかかり、櫛形にホームが並んでこちらを向いているこの駅を見たとき、ああ欧米の駅と一緒なんだ、と感激した思い出があります。
そう、あの駅の思い出が今や費え去ろうとしているのです。
ところで私のブログからm-luisさんのページにトラックバックしようと思ったのですが、今までトラックバックをした事がなく、やり方が解りません。どなたかやさしく解説して下さいませんか。
投書者: Tempei (2005/09/19 22:04:38)
あさみさん、御紹介ありがとうございます。
それから Tempei さん、今回のケースではむしろ年ばれ話は歓迎されるものです。トラックバックのやり方は使ってるブログサービスによって異なるのですが、もしよろしければお持ちのブログ URL を教えていただけないでしょうか? それで知ってるところのサービスでしたら、方法をお伝えできるかと思います。
投書者: m-louis (2005/09/20 1:41:07)
Tempeiさんはココログでしたよね。相手のトラックバックURLを探すことから始めて下さい。トラバURLは、相手のエントリーのトラックバック欄にあります。
このページのトラックバック欄の一番上に
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/6014623
というのが見えますね。これです。
これを記事投稿の際に、自分の記事作成ページの一番下に出ている
相手先のトラックバックURL を入力
の欄に入力して記事をアップすれば完了です。すでに自分がアップしている記事でも追加してトラバ可能です。
でも、相手のブログで反応が遅いからといって、何度もトラバを打ちまくると、あとでみっともないことになりますから注意(笑
投書者: あさみ編集長 (2005/09/20 1:59:33)
m-louisさん。お忙しいのにご苦労さまです。あんまりコミットしてられない状況下にあるご様子。でも、何もしないのももどかしい、という気持ち。よく分かります。m-louisさんがコメントして下さったように、近畿圏の学生さんたちに声がかけられるといいんですけどね。
さて、さっそく思い出募集を始められたご様子。フレキシブルでいいですね。これもブログの魅力かな、なんて思っています。エントリーでも書きましたが「物語」をできるだけ多く抽出することは、とても大事だと思います。
(冷めた言い方して悪いけど)それが「勝ち」で終わっても「負け」で終わってもね。
こと、建築の歴史屋さんは、この手の勝負に勝った経験が圧倒的に少ないので、結構冷めてます。(あ、言っとくけど明治村に保存されるってのは負けコースだからね)
だから市民レベルで盛り上がらないといけないんです。これからは。
だから、市民レベルで盛り上がる方法を考えるといいんじゃないか。
【企画1】さよならパーティーをやる。(いきなり後ろ向き?)
場所:梅田の歩道橋の上
参加者:一般市民の皆さん
内容:
1)なくなって残念だと一人一人が叫ぶ大声コンテスト。
2)写真コンテスト(古いのも可)
3)阪急梅田コンコースに捧げる歌コンサート
byストリートミュージシャン
4)作文コンクール「私と梅田阪急」優秀作朗読
5)黙祷
広報:スポンサーが必要。新聞社が適切か?
スタッフ:総合司会だったらやります。by編集長
全てを仕切るのは無理だなあ。実行チームが必要ですね。
その他:これをきちんと記録してウェブ上に公開。
もちろん阪急社長にもお送りしてみていただく。
っていうのを考えました。
アイデア募集しましょうか?
投書者: あさみ編集長 (2005/09/20 2:21:04)
はじめて、コメントします。
今回の阪急に限りませんが、「これは企業の私有財産ではあるが、多くの市民にとって公共的な存在でもある」建物に対して、解体が決定される以前から、編集長がお書きになっている個々人の「思い出の蓄積」、そして比喩的な言い方になりますが、建物に対する個々人のおもい=意味づけを「見えない織物」のように編み上げて、建物にかぶせておく必要があるように思います。いったん「解体」という事態になってからでは、ほとんどのばあい、手遅れだからです。それが、「突然の解体」に対する一定の「抑止力」になるように思うのです。事前に、市民で「私たちの思い出のつまったこのすばらしい建物を残してくれてありがとう!」と盛り上がっておくことなのではないでしょうか(市民の労力が必要にはなりますが)。「これは、下手に解体してしまうと、マズイな~」と企業の側に思わせるために、外堀を埋めておくような感じでしょうか(まったくの空想ですが、「勝手連的・市民による登録文化財」のような制度をつくり、市民の側から表彰してしまう、というようなやり方です)。
もうひとつは、解体が決定したあとのことですが、「三信ビル保存プロジェクト」のように、企業の論理に寄り添いながら、いったん解体を決定した企業が、なんとか保存の方向へ「軟着陸」できるように、具体的かつ現実的な提案をしながら、粘り強くコミュニケーションを継続していくことでしょうか。
いつも、このような問題がおこると、憂鬱な気持ちになります。
投書者: わきた・けんいち (2005/09/20 3:02:06)
m-louisさん、あさみ編集長さん、そして直接メールを下さったakanemさん、皆さんご親切にトラックバックの事を教えて頂きありがとうございました。何とかこれで出来そうです。
投書者: Tempei (2005/09/20 4:11:30)
TempeiさんのTB、無事届いたようです。
ところであさみさんのこのエントリーはある意味、真逆に勝ち負けに拘るエントリーを一本書いてしまったので、TBさせていただきました(笑)
事実上、勝てる確率は自民の小泉以外の幹部達が解散前に「今解散したら勝てるわけがない」と思ってたのの比にもならないくらいに低いですが、とにかくなくなっちゃったらば終わりなので、僕は戦略的なスタンス(といってもそれを公開してるので、まったくのノーガード状態なんですが)で居続けようと思ってます。
それから「思い出の蓄積」はおそらくあさみさんはご承知の上で言っておられたと思うのですが、実は勝ち負けにおいても最大級の武器なんですよね。この部分は新賛同者の matthiola さんによる提案・投稿で、非常に助かってます。僕のスタンスだと現時点でそういうエントリーはできなかったかもしれないので。。
投書者: m-louis (2005/09/20 4:51:49)
ごめん。皆さん。ほんとに時間ないの。
とりいそぎ、疑問点だけ。
matthiola
さんのご意見ってどこで読めますか?>m-louisさま
投書者: あさみ編集長 (2005/09/20 10:39:41)
matthiolaさんにはブログの共同投稿者になっていただき、まさに「思い出募集」のエントリーを書いてもらいました。あさみさんもご存知のあの人ですよ(^^;)
投書者: m-louis (2005/09/20 14:36:40)
ふむふむ了解です。あのヒトですか。
なるほどなるほど。それでわかりました。
って、ウチワネタじゃんか。
うちの編集方針から言って、そういうのはダメですっ(笑
投書者: あさみ編集長 (2005/09/20 14:41:23)
そうそう
わきたさま。
コメントありがとうございました。おっしゃることはすごく共感できます。阪急の件は、割と反響が大きいようなので、阪急さんも実は結構戸惑っているのではないかと邪推しております。やっぱり社長と直談判が一番早いかもしれませんね。
投書者: あさみ編集長 (2005/09/22 0:34:53)
あさみ編集長さま。たいへんご多忙のなか、お返事をくださり、ありがとうございます。ふだん、梅田は通らない場所なのですが、一昨日、行ってみました。しばらく問題の場所にいますと、ときおりカメラ付携帯やデジカメで、通りすがりに撮影され方が多数いらっしゃいました。
私の個人的主観ですが、最近の梅田は、ますます人々の消費の欲望を煽ることに突出した街になりつつあるような気がしています。ひさしぶりに歩くと、とっても疲れてしまいます。“モダン”な阪神文化や“はんなり”という言葉に代表される大阪の香りが、街からすっかり消えようとしているように思います。消費の欲望を煽られることはあっても、街を歩く気持ちよさと、楽しさがなくなっているのはつらいし、ちょっとしんどいです。
私は、今回の件について、きちんとマスメディアの報道をフォローしていませんが、いわゆる大阪文化人の人たちは、コメントされていないのでしょうか。藤本義一さんや堺屋太一さんたちは、どのようにお考えなのか知りたいところです。今回は(あるいはこの手の問題については)発言なしなのでしょうか・・・。
鈴木康眞のBlogのエントリー(2005年02月10日http://suzuki.seesaa.net/article/1886693.html)を拝見していると、都市計画がらみの動きや公表のタイミング等からみて、用意周到な感じがしています。
投書者: (2005/09/22 17:02:12)
あさみ編集長さんは伊東忠太のひ孫弟子(ひひ孫弟子?)だと伺いました。阪急梅田コンコースをデザインした伊東忠太、彼と建築保存に関して興味深い文章を発見しましたのでご紹介します。
ものは沖縄 那覇の首里城です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
1879年(明治12年)の廃藩置県で、首里城は明治政府に明け渡された。主をなくした首里城は荒れるにまかせて荒廃をきわめ、何度か破壊の危機にみまわれた。
1909年(明治42年)、首里城は首里区(のちに市)の所有物となった。しかし、首里区の財政では、とても広大な首里城とその施設を管理することはできなかった。翌年、首里区の協議会は、正殿を取り壊して小学校の校舎を建築する計画をたてた。だが、住民の反対で正殿の破壊はまぬがれた。
1924年(大正13年)、沖縄で教職経験があり琉球文化に造詣のふかかった鎌倉芳太朗は、偶然、首里城正殿が十日後に壊され、そのあとに沖縄神社が建てられるという新聞記事を目にした。鎌倉はとるものもとりあえず、帝国大学の伊東忠太博士のもとへ駆けつけた。伊東は鎌倉の説得で首里城正殿が重要な文化財であることを理解し、文部省と内務省にかけあって、破壊事業の中止をうったえた。そのかいあって、取り壊し寸前に政府から首里市に正殿破壊中止の電報が発せられた。翌25年、首里城正殿は鎌倉芳太朗と伊東忠太らの尽力で特別保護建造物(国宝)に指定され、1928年に修理工事がはじめられた。
(沖縄で使用されている高等学校の副読本 「高等学校 琉球・沖縄史」著者 沖縄歴史研究会 新城俊昭 発売元 東洋企画 からの引用)
・・・・・・・・・・・・・・・
引用が長くなりました。あの首里城が、というか、あの首里城でも、というか。これも何かの因縁かもしれませんね。しかしあきらめないで進みましょう。歴史はくりかえす!
それにしても現代の伊東忠太はいないのでしょうか?
投書者: Tempei (2005/09/23 7:57:52)
歴史建築を残すことは企業、国民の義務ではないのでしょうか。文化面、景観面、資源面などからも保全活用させるべきです。保存の声を圧殺すべきでない。現実面では難しいことはわかりますが、もう少し、先人の努力の跡は、企業が引き継いでほしいと思います。
投書者: 明治建築研究会 (2005/09/26 19:00:52)
最近は保存のための要望書、意見書を提出しても反応がありません。小さな声を取り上げない社会は、よくないと思います。難しい問題はありますが、保存、開発、いずれにしても議論すべきだとおもいます。
投書者: 明治建築研究会 (2005/09/28 21:10:32)
すっかりコメントレスが遅くなりました。明治建築研究会さま。当新聞の閲覧ありがとうございます。投書も残してくださり感激至極でございます。
歴史的建築を残すことが、企業・国民の義務であるとの仰せ、なるほど肯きたくなりますが、編集長としては、それにはちょっと疑問をさしはさんでおかないといけません。無批判に歴史的建築を残さなくてはならない、と考えることが、すなわち保存の論理の教条化につながり、それが、保存の論理そのものの首を絞める結果にならないとも限らないと、直感的にそう思っています。
2度目のご投書でいただいたような、小さな声を取り上げるべき、ということと、保存・開発いずれにしても議論すべき、というご意見には、まったくもって賛成です。
投書者: あさみ編集長 (2005/10/08 17:34:05)
保存の意見に対して、所有者にいろんな対応があってよいと思います。しかし、最近では無視することが多くなってきています。それより怖いことは、マスコミの無関心です。ニュース性がないということで事実が報道されなくなっていることが、恐ろしい気がしています。企業側の開発の意見だけで、市民側の保存の意見が取り上げられないのは、不公平だと思います。ダイビル、大阪、東京中央郵便局などの近代名建築でさえもマスコミは無関心です。新しい建築の建設と同時に、歴史建築の活用も考えてほしいと思います。そのためにも、保存の声を頭から批判しないで議論すべきだと思います。
投書者: 明治建築研究会 (2005/12/09 19:51:46)
戦前と同じようにマスコミの報道がおかしくなってきています。捏造もいけないが、事実を取り上げない、少数意見を取り上げない、今のマスコミは許せない。
投書者: 堺市民 (2006/01/12 23:16:06)
上に同感です。最近のマスコミは、戦前と同じようになってきています。どうでもいいことは記事にするが肝心なことは避けている。昔のような、真実を求める記者が少なくなっているのが心配だ。知らない間に、いつか来た道を進んでいくのでしょうか。
投書者: 大阪人 (2006/02/03 17:53:24)
堺市内に終戦時の内閣を率いた鈴木貫太郎の生まれたと言われる邸宅が現存しています。あまりしられていませんが、地元の古老たちの証言などから間違いないと考えています。陣屋跡も含めて文化財にしてほしいと考えています。ご協力お願いします。
投書者: 戦争遺構研究会 (2006/11/15 20:37:03)
有名な建築家が設計した文化財級の煉瓦造建築旧堺セルロイド会社(ダイセル本社工場)の再生を考えています。皆さまのお知恵を頂、保全活用の道を探したいと思います。ご協力をお願いします。
投書者: 明治建築研究会 (2007/02/04 15:13:11)
近代の文化遺産(国指定の登録文化財)浜寺公園駅舎、諏訪ノ森駅舎を高架化工事の中に駅舎として現在地に保全活用するよう要望しています。ご支援お願いします。
投書者: 明治建築研究会 (2007/04/18 17:58:54)
近代の文化遺産(国指定の登録文化財)浜寺公園駅舎、諏訪ノ森駅舎を高架化工事の中に駅舎として現在地に保全活用するよう要望しています。ご支援お願いします。
投書者: 明治建築研究会 (2007/04/18 17:59:03)
我国最古ノセルロイド製造工場,旧堺セルロイド会社(明治43年)が取り壊されています。かけがえのない歴史建築は開発的保全再生を図るよう関係方面へ呼びかけています。近代化遺産、戦争遺構としても重要な明治建築です。一部保存の計画もありますが、歴史建築を新しい施設として活用するように関係方面に働きかけています。文化財クラスの煉瓦造建築を見てまわります。2月6日、PM2時,南海本線七道駅改札集合。保存を要望される方、ダイセル化学工業、堺市、大阪府、内閣府へ保存要請のメールをお送りくだされば幸いです。よろしくお願いします。
投書者: 明治建築研究会 (2008/02/05 13:45:33)
我国最古ノセルロイド製造工場,旧堺セルロイド会社(明治43年)が取り壊されています。かけがえのない歴史建築は開発的保全再生を図るよう関係方面へ呼びかけています。近代化遺産、戦争遺構としても重要な明治建築です。一部保存の計画もありますが、歴史建築を新しい施設として活用するように関係方面に働きかけています。文化財クラスの煉瓦造建築を見てまわります。2月6日、PM2時,南海本線七道駅改札集合。保存を要望される方、ダイセル化学工業、堺市、大阪府、内閣府へ保存要請のメールをお送りくだされば幸いです。大阪ジャーナル「おおさか」紙,平成19年2月1日号で保存を呼びかけています。ご笑覧くだされば幸いです。また、産経新聞大阪版、平成20年2月3日(日)でも保存を呼びかけています。よろしくお願いします。
投書者: 明治建築研究会 (2008/02/05 13:56:32)
我国最古のセルロイド製造工場,旧堺セルロイド会社(明治43年)が取り壊されています。大変な世の中で歴史遺産の保存どころでないといわれますが、かけがえのない歴史建築は開発的保全再生を図るよう関係方面へ呼びかけています。この工場は、近代化遺産、戦争遺構としても重要な明治建築です。一部保存の計画もありますが、歴史建築を新しい施設として活用するように関係方面に働きかけています。文化財クラスの煉瓦造建築を見てまわります。2月6日、PM2時,南海本線七道駅改札集合。関心のある人はご自由においでください。お待ちしています。
投書者: 明治建築研究会 (2008/02/05 21:18:52)
市民参加によるミニ写真展の開催。近代建築の写真・資料などのミニ展示会(3月11日~16日)をします。展示していただける物(資料、写真その他)があれば連絡ください。取り壊しの危機にあるダイセル堺工場はじめ堺の明治・大正期の建築写真展。古きよき時代の明治、大正、昭和戦前の写真を建築を見ながら歴史を考えてください。南海高野線北野田駅前堺市立東図書館(アミナス北野田4階)で開催.関心のある人はご自由においでください。
投書者: 明治建築研究会 (2008/03/07 16:17:27)

