ちょっと待って「阪急百貨店」
消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も
昭和モダニズムの薫り漂う阪急百貨店梅田本店の1階コンコースの天井部分が13日夜、改装に伴い姿を消す。約75年にわたり、大阪の歴史とともに歩んできただけに名残を惜しむ市民も多い。
コンコースは昭和初めの1929年に阪急電鉄梅田駅ホームの玄関口として建設。梅田駅が現在の場所に移設した71年以降は通路として残された。
欧風デザインのアーチ形天井部分には、シャンデリアがつるされているほか、ガラスモザイクを用いた壁画で飾られ、当時の面影を色濃く残している。建物を管理する阪急電鉄によると、シャンデリアと壁画は保存するという。
携帯電話のカメラで写真を撮っていた兵庫県尼崎市の主婦(54)は「阪急梅田といえば、ここのイメージ。思い出も多く、正直さびしい」と話した。13日の百貨店営業終了後、天井部分に覆いを施し、工事に入る。
また、改築に伴い阪急百貨店は13日まで、店内で使われていた家具など計100点を入札販売する。(共同)
──産経新聞「消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も」より引用
編集長。究極のスケジュールでどたばたなのですが、このニュースを見過ごすワケにはまいりません。阪急といえば、伊東忠太の絵のあるところではないですか。私の師匠の師匠の師匠(の師匠だったかな?)でもある、伊東先生の絵はいったいどこにいってしまうのでしょうか?「壁画は保存」というのがそれか?とにかく行く末の気になるニュースです。情報をお持ちの方はぜひ。
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コメント
今日見てきたのですが、今日から通れないと言われたコンコース、まだ辛うじて通って写真を撮ることなどはできました。しかし、部分的に既に仮設が入り始めてます。
正直、あの白い柵に「阪急、ドアホや!」と書き殴ってきたい気分でした。
写真撮ってる人もたくさん居て、おばちゃんはもちろんのこと、女子高生までが勿体ないって言ってました。
東京日比谷の「三信ビル保存プロジェクト」のような動きがなぜ関西では生まれてないのか、歯痒く思います。
http://www.citta-materia.org/sanshin.php
投稿: m-louis | 2005.09.14 21:11
TBうたせていただきました。
保存運動をするヒマもなく撤去、という印象ですね。昨日かけこみで写真を撮りに行ったという話を会社でしたら、撤去を知らない人も何人かいました。
なぜ話題にならなかったんでしょう?阪急が箝口令でも敷いたんでしょうか(笑)
保存される壁画はそのモザイクのもののようですよ。↓
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200508100055.html
投稿: エヌ | 2005.09.14 21:37
地下鉄の降り口に当たるあの場所を解体するとは夢にも思わなかったが、やはり阪急の経営陣の駄目さ加減が原因ではないでしょうか。
パッチワーク保存は保存じゃないしね。竹中ももっとあの部分は残すべき
という提案をするべきだったと思います。
投稿: ドクターフランキー | 2005.09.15 19:20
千里阪急にいたので、改装工事の件は知ってました。
ウチの会社(コロンバン)も改修に伴い、一店舗残して撤収ですわ。
改修は知ってたけど、コンコースやグランドドーム、旧館取り壊し、なんて全然聞いてないよ。
改修の計画・順序を書いた図面が社員食堂の掲示板に貼ってあっただけ。
今年は75周年を打ち出して、イベントやセールしてたのに、ってカンジです。
ミクシィから来ましたが、楽天日記にこのことカキコしてるので、TBさせていただきますね。
投稿: MAD | 2005.09.21 01:07