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2005.04.30

戦没学徒記念 若人の広場

谷中M類栖』の「丹下健三氏、没
ポリタンコ』の「戦没学徒記念館_by_丹下健三
あさみ新聞』の「丹下健三さんの訃報」にトラバ

待望の「戦没学徒記念 若人の広場」を訪ねました。

設計は故・丹下健三氏ですが、諸事情あってか丹下事務所ではオフィシャルには自社設計サクヒンとは公表していないと聞きます。そんなワケで「幻の丹下作品」などと言われています(※幻は言い過ぎだとのご指摘がありました。確かにその通り。この件の詳細と注釈はコメントをご参照ください。)が、うちの事務所の社長に言わせれば「30年前から知ってたわよ」とのこと。知っている人は知っていたらしいです。

造形・ロケーション、共にすばらしかったです。

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ポリタンコ』のhira氏には「建物の写真は冬」と言われていたのですが、周囲の豊かな緑が環境造形としての建物の存在(「大地から生え上がる」感、とでも申しましょうか)にほどよい効果を与えており、むしろこれは緑の多い時期の方がステキかも知れないと思いました。緑がない季節では、厳しくて固く力強い造形が強調され過ぎて、もう少し印象が違っていたかも知れません。

慰霊塔は、まさに「屹立」という言葉がふさわしく「とんがってナンボ」というコンセプトの造形。コンクリートの厚みは約50cmもあるのですが、それがものすごく薄いものに感じられるのは造形の妙なのでしょう。
以前のエントリーで伊勢神宮が持つ力について書きましたが、そういう神々しさに通ずるものがありました。建築が持つ力という意味では、広島のピースセンターやら新旧都庁舎やらよりも遥かに威力のあるデザインだといえるでしょう。編集長的には、丹下建築のイチオシ名作であると断定します。

特筆すべきは内部空間の作り方です。

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屋根は、連続アーチで構成されており、その屋上を緑化しています。(このアーチがまた「高さは同じなのに最初と最後で曲率が違うという施工者泣かせな造形なのですが、まあ、この際それは置いておきましょう)この連続アーチが、水平のスリットを介して壁から全て浮いているのです。このコンクリートの塊のようなアーチ屋根を持ち上げているのは、アーチの脚元のところどころにある小さな金物状の柱だけです。外壁は石垣が主ですので、あまり開口部がなく、そこにアーチ部分の半円形のガラスとこのスリットから光が漏れてくる。大胆です。
このスリットを作るがために、かなりな苦労をしているはずです。しかし、このスリットがなかったらおそらく退屈なデザインになってしまったことでしょう。この浮きがキモと見ました。

建物全体は、その戦没者記念という機能を取り払ってみれば「海を見下ろす山の頂上に作られた尖塔付きの城」といった感。いやホント編集長、かなりヤラレちゃいました。勝手ながら、編集長は「国指定史跡 竹田城跡(朝来市和田山町)」に通じるものを感じ、北の「竹田城跡」、南の「戦没学徒記念館」として、兵庫県2大おススメスポットに位置づけることに決定しました。

かなり良いです。ぜひぜひ見に行ってみて下さい。淡路島最南端、福良港の東の山の上に見えています。

編集長満足度:★★★★★
質実剛健度 :★★★★★
廃墟度   :★★★☆☆
おススメ度 :★★★★★

ってことで。

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04紀行欄 (建築・まちなみ行脚)」カテゴリの記事

コメント

イチオシと勢いで書きましたが、東京カテドラルと代々木体育館のことを忘れてました(わはは、ダメじゃん)。
編集長的イチオシ3作ということでお詫びして訂正します。

投稿: あさみ編集長 | 2005.04.30 18:46

造形的には特にヴォールト使っていたり、石を積んでいたり、彫塑的な部分があったり、コルビュジェの影響が随所に散見されるけど、浮遊感もあって、面白い建物ですね。知りませんでした。何時頃建ったものなのでしょうか?

投稿: | 2005.05.01 14:13

それを書き忘れてましたか。昭和42年(1967年)だそうです。
藤森センセイの丹下健三の本(めちゃくちゃ高いヤツ)には載っているハズです。あと1つ前の日経アーキの丹下追悼号にも。

投稿: あさみ編集長 | 2005.05.01 14:44

現代の名建築を何としても、再生、活用するよう英知を結集しようではありませんか。保全再生の要望書を、関係方面に提出しています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2005.05.21 10:39

下記の出版物に掲載されてますよ。
幻なんかではありません。

丹下健三「建築と都市」
世界文化社 1975年

投稿: | 2005.07.25 08:50

お。そうだったのですか。
ご教示いただきありがとうございます。
私も全てをあたって言ってるワケではなくて、かなり伝聞に頼っているところもあって反省をいたしております。すみません。
確かに「幻ではない」というのは仰せの通りかと思います。しかし、このサクヒンが、ものすごい上質なものであるにも拘らず、あまりにも紹介されている場所が少ないというのは事実であろうと考えているということを表明して、注釈に変えさせていただきたいと思います。

投稿: あさみ編集長 | 2005.07.25 11:06

現代の名建築をこのまま見殺しにしないよう知恵を出そうではありませんか。活用・再生についてのコンペを検討したいものです。新築も大切ですが、既存の建築にも愛情を注いでください。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2005.09.22 19:30

堺市中村町、戦時中の防空緑地の中に高射砲陣地の跡が残っていました。貴重な戦争遺跡ですので、説明版を立て、その存在を知ってもらいたいと思います。見学会を計画しています。関心のある人はご参加ください。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2006.01.02 20:53

堺市内に終戦時内閣を率いた鈴木貫太郎の生まれた邸宅、陣屋跡などが現存しています。書物では陣屋跡で生まれたと書かれていますが、地元の古老たちの証言によれば,明治維新の混乱のため庄屋でお産をしたとのことです。そこには、鈴木に関する多くの史料が残されています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2006.11.12 20:54

優れた現代名建築を英知を集め早急に活用したいものです。関係方面に保全活用についての意見書を提出しています。保全再生についてご協力、ご支援いただければ幸いです。

投稿: 近現代建築史研究会 | 2007.05.08 17:57

大阪、中ノ島公園の整備計画で解体されようとしている明治の戦艦[最上]の記念碑の保全再生を。最上はシベリア出兵,青島攻撃などに参戦したれきじょう重要な戦艦です。5月3日、PM3時中ノ島公園(天神橋の下)の「戦艦最上」跡で保存を訴えるビラの配布と説明をしました。かけがえのない歴史遺産は開発的保全再生を図るべきです。保全再生についてご協力、ご支援いただければ幸いです。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2007.05.08 18:02

戦没学徒記念館の活用と堺の丹下健三の生誕跡の説明版の設置を要望しています。

投稿: 近現代建築史研究会 | 2007.05.09 20:19

戦後62年目の戦争遺構ウオッチング.柴島周辺の戦争遺構、機銃掃射の跡などを探索します。大阪市道の建設のために取り壊される予定の貴重な高射砲陣地跡。平和について考えるために行動を続けています。9月23日(日)、阪急千里線柴島駅改札口、PM1・30時集合、定員30名。関心のある人はおいでください。お待ちしています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2007.08.27 10:07

かけがえのない歴史建築は開発的保全再生を図るよう関係方面へ呼びかけています。さて、記念講演会、6月1日、堺市産業振興センター(じばしん南大阪)、PM3時から、日本会議大阪泉州支部主催、「見直そう郷土の近代の遺産」。講師戦争遺構研究会代表柴田正己。中ノ島公園の明治建築、防空壕、掩体壕、高射砲陣地跡、師団司令部庁舎,照空隊陣地跡、兵舎などをスライドで見ます。関心のある人はご自由においでください。お待ちしています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2008.05.30 18:46

記念講演会、6月1日、堺市産業振興センター(じばしん南大阪)、PM3時から、日本会議大阪泉州支部主催、「見直そう郷土の近代の遺産」で戦没学徒記念館、現代のすぐれた社会資産は、歴史価値を生かして活用させてくださいとお願いしました。かけがえのない現代建築は開発的保全再生を図るよう関係方面へ呼びかけています。ご支援よろしくお願いします。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2008.06.03 14:14

[忘れられていく戦争の歴史~幻燈で見る昭和の戦争遺構」の講演会。8月7日、AM11時、南海高野線北野田駅前堺市立東図書館(アミナス北野田4階)。講師・戦争遺構研究会代表柴田正己。定員先着15名。原爆ドーム、大久野島毒ガス工場跡、掩体壕、高射砲陣地跡、師団司令部庁舎,照空隊陣地跡、兵舎などをスライドで見ます。関心のある人はおいでください。TEL072-236-3357。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2008.07.03 10:16

あまり知られていませんが、世界的な建築家丹下健三は、堺市内(与謝野晶子と同じ町内)で生まれています。生誕100年に向けて,生誕の跡地に説明版を設置する準備を始めます。ご協力よろしくお願いします。歴史を正しく後世に伝えるためにも記念碑の設置が望まれています。ご支援よろしくお願いします。現代の名建築、旧戦没学徒記念館の保全・再生をさせるよう関係方面へ呼びかけています。

投稿: 明治建築研究会 | 2008.07.16 15:38

現代の名建築、旧戦没学徒記念館の保全・再生をさせるよう関係方面へ呼びかけています。かけがえのない現代建築は再生を図りたいものです。また、現在、世界的な建築家丹下健三が、堺市内(与謝野晶子と同じ町内)で生まれていますので、生誕100年に向けて,生誕の跡地に説明版を設置する準備を始めています。ご協力、ご支援をよろしくお願いします。

投稿: 明治建築研究会 | 2008.07.18 18:10

第44回、昭和史の記録映像上映会のお知らせ.8月9日、AM11時、堺市立東文化会館で「映画、きけ、わだつみの声」の悲惨な映画を見ながら昭和史を学び、考え、語り合います。平和、戦争について考えるために行動を続けています。関心のある人はご自由においでください。また、同じ場所で、市民参加によるミニ戦争展の開催(8月4日~9日)をします。展示していただける物(資料、写真その他)があれば連絡ください。よろしくお願いします。昭和の庶民史を語る会、TEL072-236-3357。

投稿: 昭和の庶民史を語る会 | 2008.07.20 20:17

第45回,昭和史の記録映像上映会のお知らせ、9月13日、AM11時、堺市立東文化会館で「満蒙に賭けた夢~王道楽土は我らの手で~」の記録映像を見ながら昭和史を学び、考え、語り合います。戦争の体験者の方にもご参加いただき貴重な体験を聞かせていただいています。平和について考えるために行動を続けています。関心のある人はご自由においでください。お待ちしています。

投稿: 昭和の庶民史を語る会 | 2008.09.03 13:58

米国政府に原爆製造施設の歴史的建造物への指定について,地球市民として日本から異議を申し入れます。かけがえのない戦争遺構は、歴史価値を生かして平和の貢献施設として文化財に指定し活用させてください。文化財保存について関係方面へ呼びかけています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2008.09.03 14:01

第50回昭和史の記録映像上映会のお知らせ,「銃後の女たち~ぜいたくは敵だ(昭和13年~15年)」.1月10日、AM12時、堺市立東文化会館で「銃後の女たち~ぜいたくは敵だ(昭和13年~15年)」の記録映像を見ながら昭和史を学び、考えます。戦争の体験者の方にもご参加いただき貴重な体験を聞かせていただいています。関心のある人はご自由においでください。

投稿: 昭和の庶民史を語る会 | 2008.12.16 18:06

明治の軍艦「最上」の呉市への移設は問題です。再検討をお願いしています。移設をやめて現在地での保全・活用を求める意見が広がってきています。(終戦記念日の「戦艦最上」のTV特別番組の映像上映後)。郷土の遺産を大和ミュジアム(広島県呉市)に移設しないで大阪で残すよう呼びかけています。大阪再生のためにも大阪での活用をご検討ください。郷土の遺産を大和ミュジアム(広島県呉市)に移設しますが公開はしないで倉庫に保存するそうです。かけがえのない戦争遺構は、歴史価値を生かして活用させてください。大阪で残すよう呼びかけています。保存を要望される方浜寺公園駅舎、大阪市へ大阪での保存要請のメールをお送りくだされば幸いです。ご支援よろしくお願いします。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2008.12.16 18:12

2009年11月05日22:15 、

貴重な市民の足である阪堺電気軌道の路面電車の存続を

南海電気鉄道殿、阪堺電気軌道殿、堺市、堺市議会殿、大阪府、大阪府議会殿、文化庁殿


貴重な市民の足である阪堺電気軌道の路面電車の存続を

明治後半から大阪市、堺市を走り続けている阪堺電気軌道の路面電車は、大阪,堺が誇る文化財クラスの貴重な都市の資産です。
長い間、市民に愛され親しまれてきた貴重な路面電車の行く末が心配されてきているとの話を聞いて堺市民として大変心配しています。
財政難ではありますがもう少し、堺市は関係する自治体として、存続について、前向きに考え、支援して行く必要があるように思われます。
経営上いろんな問題があるように聞いていますが,今日まで残されてきた、かけがえのない都市の資産は、後世に悔いを残さないために、なんとしても英知を集めて、存続されるよう要望します。
市民、専門家などの存続を求める動きに対して我々も、微力ながら応援をしていきます。
所有者の都合で安易に経営上の面だけで、長い間市民の足として使われている路面電車を、廃止しないよう、企業、自治体などが知恵を出し合いご協力、ご支援をよろしくお願いします。

昭和の庶民史を語る会。

投稿: 昭和の庶民史を語る会 | 2009.11.15 21:02

「 大阪ジャーナル」平成17年2月1日号

戦争遺構研究会代表
     「戦没学徒記念館」

世界的建築家丹下健三氏設計の名建築が破壊寸前
  地域社会にとり文化的な建物の再利用を強く要望

 平成16年12月14日
 兵庫県知事・南淡町町長・文化庁長官殿
 「戦没学徒記念館の保全・活用に関する意見書」
 堺市大美野155ー13
 戦争遺構研究会(代表・ 柴田正己 072・236・3357)

  戦没学徒記念館は、建築界のノーベル賞を受賞した世界的な建築家丹下健三設計になる優れた現代建築であります。また、太平洋戦争により戦没した学徒らに関係する遺品を展示した記念館でもあります。

戦争の風化
  戦後60年の歳月が流れ、戦争の風化が心配される中で、改めて平和の尊さ、戦争の悲惨さを語り伝えていく上で、これらの施設の存在意義は高まるものと思われます。
  戦争・平和に対する考え方は、人によって異なり、難しい問題はあります。しかし、このような現代の名建築が阪神淡路大震災によって被害を受け、放置されている現況は、不安であります。幸いにして、遺品類は立命館大学の方で保存・展示されていますが、建築は放置されたままです。
 この後は、建築物をどう考えていくかだと思います。
 一部では、この建築は補強・補修費の捻出が難しいという声も出て関係者を心配させています。

優れた建築
しかし、このような優れた現代建築は何としても再利用して欲しいと思います。現代の名建築が破壊されると文化的な損失であるばかりでなく、資源の有効利用の面からも問題であります。
 建築の所有者だけでなく、もっと多くの人々の間で、この建築の再利用について議論して欲しいと思います。
  地域社会にとって、意味のある建築については公的な援助も検討して頂ければと思います。
  地域社会の英知を結集して、名建築の再利用を実現しようではありませんか。

保存へ協力
  私たちも微力ながら、現代の名建築の再生について各方面に働きかけています。各方面からのご声援を頂ければ幸いであります。
【名称】戦没学徒記念館(若人の広場)
【所在地】兵庫県三原郡南淡町阿万塩屋町2658ー7
【設計者】丹下健三(元東京大学教授・建築家)
【構造概要】鉄筋コンクリート造(2階建)、延べ面積1300平方メートル
【建築年代】昭和42年竣工
【その他】広島平和記念館、新旧の東京都庁舎、香川県庁舎など、日本だけでなく世界でも活躍している建築家。大正2年、大阪府堺市で生まれる。現在、地元の有志が生家跡に説明板を建設する計画を検討している。

若人の広場
【写真】戦没学徒「若人の広場」。この建築は、丹下健三の作品リストに紹介される事は少ないが、インターネットで美しい外観や内部が見られます。
  我々は、この優れた現代建築の再生のためのお手伝いをしたいと思っています。

投稿: 戦争遺構研究会 | 2010.06.07 11:38

旧戦没学徒記念館(昭和42年竣工、設計者丹下健三)の保全再生に関する要望書

 平成22年6月3日

 兵庫県知事殿、南あわじ市長殿、立命館大学殿、文化庁殿

 旧戦没学徒記念館(昭和42年竣工、設計者丹下健三)の保全再生に関する要望書

 近現代建築史研究会。

 報道で、長い間、閉鎖されていた旧戦没学徒記念館の一部の保存・再生が貴市のほうで検討される事を知りました。かけがえのない現代建築の保全再生に感謝します。 

この施設は、太平洋戦争で亡くなった約20万人の動員学徒を慰霊するため南あわじ市に建設されていましたが、1995年から閉鎖が続き、心配していました。この度「戦没学徒記念若人の広場」について、貴市が返還に向けて、土地と建物を所有する旧財団側に3千万円を支払う方針であることを知り関係者一同喜んでいます。
 世界的な建築家が精魂を傾けて設計した貴重な現代建築は、後世に悔いを残さないためも、建築全体の保全再生を図るよう御検討をお願いします。これだけの名建築を一部だけ保存しても意味はありません。
 近現代建築の研究をしている立場から地元の保存の動きに対して大阪からも応援をしていきます。建築関係者、市民団体などへも保全再生の協力を呼びかけて行きます。魅力的な街造りのために現代建築の保全活用をご検討ください。

 再度、建築全体の保全再生をお願いします。ご指導をよろしくお願いします。


 優れた現代建築・旧戦没学徒記念館(昭和42年竣工)は都市の資産として保全活用を

 兵庫県知事殿、南あわじ市長殿、文化庁殿(09・05・23)


 突然失礼します。ご面倒をおかけしますが御検討をお願いします。

 取り壊しが心配されている現代の名建築、世界的な建築家・丹下健三設計になる旧戦没学徒記念館〈現在は荒れたまま放置されています。兵庫県南あわじ市)の保全・再生をさせるよう関係方面へ呼びかけています。一部の保存は考えられているようですが、かけがえのない現代建築は全体を残さなければ意味は無いと考えています。文化的な面からだけでなく限りある地球資源の有効利用からも再検討すべきだと思います。自治体、国、大学などに保全活用の協力を呼びかけています。なんとしても、優れた都市の資産として補修しながら再生を図りたいものです。
また、現在、世界的な建築家・丹下健三が、大正2年に堺市堺区甲斐町(与謝野晶子と同じ町内)で生まれていますので、生誕100年に向けて,当研究会のほうで、生誕の跡地に説明版を設置する準備を始めています。ご協力、ご支援をよろしくお願いします。活用を要望される方は、南あわじ市、兵庫県、内閣府などへ保存要請のメールをお送りいただければ幸いです。ご支援ご協力よろしくお願いします。
 近現代建築史研究会。

投稿: 近現代建築史研究会 | 2010.06.07 11:41

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受信: 2005.05.01 16:41

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戦没学徒記念館 若人の広場 兵庫県南あわじ市阿万塩屋町2658-7 (地図) 設計 丹下健三 竣工 1966年 撮影時期 2006年1月 丹下健三の没後に出た『CASA BRUTUS』2005年9月号の丹下特集を読んでいたとき、作品リストの中に戦没学徒記念館という建築が載っていることに気付きました。その時は「へぇ、こんなのあったんだ。知らなかったなあ」程度でスルーしていたのですが、後日ふと気になって検索で調べてみたらかなりの建築らしい。というわけで行ってきました。いや、これは凄い。... [続きを読む]

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» 戦没学徒記念 若人の広場 [谷中M類栖]
仕事の取材だったものの、淡路島に初めて行くことになり、同行取材者にお願いして、ほんのわずかな時間ながら丹下健三が196... [続きを読む]

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