震災10年
あれよあれよという間に1月17日。阪神淡路大震災は10年前の出来事になったようです。私の知る多くの建築・まちづくり系ブロガーたちが、この話題に触れています。私も、今思うことを少し書いておこうかなと、、、。
10年を区切りと考えるのかどうかについて、新聞・テレビなどで議論されているのを見ました。私の直感としては、10年がどんな区切りかと問われても、何も返す言葉がなく、実際のところ10年なのかどうかはあまり大きな問題ではないのではないかと思います。
昨晩のテレビ番組は、いたずらに災害の状況を再現・再生してみたりしていましたが、あれはもう私はたくさんです。何も知らない人々に、災害の恐ろしさを伝えるには必要なことかもしれないけど、私は心が痛くなるばかりで、どうにもなりません。もう少し前向きに、あの災害で培われたものはなんだったのか、その後世の中はどう変わったのか、そういうことをきちんと見つめ直すきっかけになるのであれば、1月17日を毎年特別な日として迎え、皆で思い出すことは悪いことではないでしょう。
地震のあと、近所のおばちゃんと再会して涙したことや、とあるゼネコンの寮にいた同級生たちの活躍を思い出します。避難先の名塩で世話になった先輩やその子供たちにどれだけ救われたかを思い出します。誰もが助け、助けられたご近所づきあいというものを再発見したのも収穫でした。まちに住むことの希望を見たような気がしたものです。
で、トラバ。
私自身がつよく意識しているのは、震災で「時が区切られた」ことだ。
950117を起点にして何年後なのか、前なのか。
それは当然の話で、震災前と震災後では、神戸という街が違うし、前提となる社会も全然違う。だから、震災後なのか前なのかをハッキリしておかないと時代背景が読めなくなる。
(同じような話を宮本圭明が書いていたが・・・)
だから、9.11は、同じように時を区切るものになるだろう、と、コメントした。
ただし、阪神大震災で私たちが垣間みたものは、信頼をベースとする社会の可能性だった。地震直後の高揚感、誰とでも話し、経験を共有し、組織や肩書きを超えたコミュニケーションの可能性・・・・。
9.11以後のアメリカには、いまのところ不安をベースにする社会しか現れてきていない。
───「1.17」ポリタン・コスモより
hiraさんのように上手にまとめられないけど、、、。
少なくとも僕らは前を向いている必要があるなあと思います。今日は以上。
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コメント
今NHK見ながら、naddistの原稿書いています。
NHKは割とましなんじゃないかな。
民放はひどいけど。
投稿: naddist | 2005.01.17 21:52
naddistさんではありませんか。いらっさいませ。
まあ、あれですわ。
言葉を尽くしても語れないことはあるワケで、、、。
今日は静かに祈って、明日からまた前向きでね。
投稿: あさみ | 2005.01.17 23:25