森の家竣工パーティー
こんなに幸せな気持ちになるのはいつぶりなんだろう。カメラに納まり切らないです。

【追記】
本当に楽しかったです。とてもじゃないけど写真には納まり切れない感じの雰囲気の良さでした。スライドショーも大好評でした。森の家の竣工パーティーの様子は森の家ブログで公開しますので、そちらをごらん下さいますよう。
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こんなに幸せな気持ちになるのはいつぶりなんだろう。カメラに納まり切らないです。

【追記】
本当に楽しかったです。とてもじゃないけど写真には納まり切れない感じの雰囲気の良さでした。スライドショーも大好評でした。森の家の竣工パーティーの様子は森の家ブログで公開しますので、そちらをごらん下さいますよう。
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あさみ新聞がどうして「日本プロスポーツ大賞」を取り上げるのかというと、、。意外な人が賞をもらっているからなのです。
まずは、こちらの記事をご覧下さい。
朝青龍が日本プロスポーツ大賞(サンスポ.com 050106 の記事)
はい、見つかりましたか?
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先日の休刊は、実は調査旅行の影響によります。(と言い訳)
兵庫県の北部にある美方郡浜坂町に行ってきました。浜坂はとても素敵なまちでしたよ。寒かったですけどね。
いや、しかしぶっつづけで走って片道3時間半。往復で7時間。それだけで一仕事なのに、打合せやら町あるきやらをやって日帰りという強行軍。兵庫県は広いなあ、、結構疲れました。雪がなかったのは助かりましたけどね。
さて、浜坂町といえばカニとかホタルイカですが、今回は全くお目にかかるヒマがありませんでした。でも、海と坂と路地と下見板と石垣が素敵なまちでしたよ。浜坂町は、もっともっとこの魅力を宣伝してもいいと思います。
撮ってきた写真を一部公開します。おすそわけです。
浜坂〜浜と坂と石垣と下見板のまち〜をご覧下さい。
以上、出張のご報告でした。
次回は必ずカニにありつきたい編集長なのでした。ではでは。
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ベタさんのBlogにトラバ
ぜーんぜん知りませんでしたが、「新東京タワー」が建つことになるらしいです。
ニュースソースとしては
首都圏で600M級の新タワー構想に合意 在京6局(asahi.com 031217)あたりが適切かと。しかし一昨年の記事なんだなあ。知らなかったのが恥ずかしい。
ちょっとぐぐっただけでも、
豊島区/台東区/足立区/墨田区/さいたま市
などが誘致合戦を繰り広げている様子。
上野公園に新タワーって言われてもなあ。どうなんだ?
高けりゃいいんだったら、甲武信ヶ岳山頂とか、堂平の天文台のあたりとか、そんなんでもいいんじゃないか?
って、それもまた山林景観破壊になりそうな気もしますね。
さいたま市では、東京一極集中は危険だからという理由でさいたまを勧めているらしいですが、それもどうなんだろう。あんまり積極的な理由にはなりそうもない感じです。
地上波テレビのデジタル放送への完全移行に向けて、600m級の新タワーが必要になるとかいうのがその理由。どうやら放送事業者たち(NHKと在京民放キー局5社)が集まって検討をしている模様です。新宿・八王子などの案もあったようなのですが、航空障害の可能性があるようで、現在候補地選定を進めているそうです。2009年の供用開始を目指すとか。
自立型タワー(ワイヤーなどを利用しないで自分で建っているという意味らしい)としては世界一の高さになるらしいですよ。
で、
http://www.city.toshima.tokyo.jp/oshirase/sonota/170115-01.html
とか、
http://take.adachiku.info/tower.html
とか、
http://www.city.adachi.tokyo.jp/009/d03200007.html
とか、
http://tvdx.hp.infoseek.co.jp/newto2.html
などに新タワーの絵が描かれています。
どれも今イチ。こんなん誰が描いているんだろうね。しかし、今回は結論がないな。
「私にやらせろっ」などという気はありませんが、頼まれれば美しいタワーを考案して差し上げてよ(笑
というあたりでごまかしておくことにします。
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rattleheadさんにトラバ
久多良木さんの発言について
もっと建築家BLOGで言及されるかと思ったのですが
それほどでもない様子.
例え安藤忠雄が設計したとしても一言くらいあるのが普通ではないか.
一般大衆愚民は有難く享受に勤しみなさいと言われているようで なんとも...
傘さすのとどう違うのだと言われると困る.
───rattlehead氏「今日のPSP」(blog「家の記録の妄想」)より全文引用
って言われても何のことやら分からず、汗。久多良木さんなんて建築家がいたっけか?多木浩二なら分かるが、、。
しばし考えて、建築家にも建築史家にも評論家にも思い当たる人がいないことを確認し、編集長としては不安になりつつも、いざという時は知ってるフリしとけばいいか、、、。などと、コソクな覚悟を決めて、Google検索してみました。
どうやら以下のようなことらしいです。
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ポリタン・コスモにトラバ
建築物経年変化保存計画「ウクレレとナミイタの展示」
解体の運命にある建物から材料を切り出してつくられる「ウクレレ」。そして安価な建材の代表格「波板」の多種多様な表情をとらえた写真。一見不思議な組み合わせの展示物に共通するのは、わたしたちの暮らす時間が建物に与える、見過ごされがちな、しかしいとおしい「味わい」の世界。身のまわりを眺めてみれば、あなたのそばにも・・・!会期中、作者の伊達伸明さんによるトークショウも開催します。
■日時:2月11日(金・祝)〜2月20日(日)開館時間内
■観覧料:無料
■会場:アトリエ1
【伊達伸明トークショウ(ウクレレ演奏もあり!)】
■日時:2月13日(日)・20日(日) いずれも14:00〜
■料金:無料(申込不要)
■会場:アトリエ1内 特設会場
■出演:伊達伸明(「建築物ウクレレ化保存計画」/美術作家)
───兵庫県立美術館サイトより引用
hiraさんのところで話題になっていた「ゆもか研」のことを知ってから気になっていた「建築物ウクレレ化保存計画」ですが、2月に展示会があるようなので、ご案内しときます。向かいのGallery Vieさんにチラシが置いてありました。
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1.投資コストに見合う売上を上げることが出来ていない
⇒投資回収期間が長い、もしくは回収できない。売上予測が甘すぎるか、過剰な投資に起因。
2.売上を上回るコストがかかっている
⇒利益が出ない。売れば売るほど赤字の体質。
3.地元客よりも観光客をターゲットとしている
⇒特に東京などの都会からの集客ばかりに目を向けている。地元人口の実数だけをみて、マーケットがないと思っている。
4.お客様は勝手に来るものと思っている
⇒オープンして2〜3年間は話題性がありお客様も来るが、リピート客がつかない。その後の客数は減る一方。
5.命を賭けて儲けようと思っていない
⇒担当者がコロコロ変わり、腰を落ち着けて企画・実行ができない。もちろん実績と給料は連動していない。
「週刊まちおこし」
船井総研が発行している「週刊まちおこし」から、今お手伝いしている仕事に関係する記述を見つけました。第82号、なんと一昨年の10月の記事です。なぜこんな古いメルマガを引っ張り出すのかというと、ネットのつながらない電車の中で、たまったメールでも読みながら整理しようかと思ったのが発端です。
題して「観光施設を失敗させる方法」だそうです。うなずけるところの多い話ですね。考えてみればあたりまえの話です。お金をかけて事業をする以上、事業効果が出ないことには、何をやってんだか分からんという話になります。
さて、
一方で、自治体が観光事業をやった場合に、儲けなきゃいけないという発想をすることには問題もあります。
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最近、若干小泉首相ネタの多くなってきている編集長ではございますが、今日は「小泉内閣メールマガジン」に、あさみ新聞の記事内容に小泉首相が反応しています(ウソ)のでご紹介します。
大阪の桜並木のプロジェクトを安藤さん(忠雄氏、建築家)ががんばって進めていることは、先日の記事「民間主導って(20050111)」でご紹介させていただきました。この記事を読んだのかそうでないのかは存じませんが、小泉さんがこのことを紹介していますので、まず、これを引用させていただきます。
出張の最後は大阪で桜の植樹式に出席しました。大阪の街は、「官」ではなく「民」の力でつくられました。現に、淀川にかかる市内の808の橋のほとんどは、市民の力でかけたのだそうです。その自立精神を活かして、市民の力で桜並木をつくり、元気な大阪を取り戻そうという計画です。
(中略)
大阪に日本一の、いや世界一の桜並木を作ろう、市民一人ひとりが自分の街をきれいにしていこうという気持ちは、本当にすばらしいことだと思います。感心させられるのは、このアイディアとそれを実行に移す行動力、実行力です。
行政の力に頼るのではなく、民間の力で街づくりをしようというのは、まさに「民間にできることは民間に」のモデルだと思います。子供たちと一緒に苗木に土を入れながら、「改革の芽」と同じように、「大きな木」となってきれいな桜を咲かせてくれるように祈りました。
民間の知恵とやる気と実行力、これを存分に発揮できるような社会を作ることが政治の一番大切な役割だと思います。これからも、「官から民へ」「国から地方へ」の方針で、改革に邁進してまいります。
──小泉首相(「小泉内閣メールマガジン第171号(20050113発行)」より引用)
ちょっと長いので、途中、小泉さんによる和歌の引用部分を略しております。
さて、この小泉さんのお話、基本的には、間違っていないと思うんです。改革の方向性についても、私ごときが何かを申し立てる必要もなかろうかと、、。そして、こういった市民活動に必要なのはアイデアと実行力であるというのもよろしかろうと。
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今日は5時半起きで朝から但馬。起工式と地域計画のワークショップと設計打合せの3連チャン。お昼食べる間もありませんでした。写真は朝の乗り換え駅での風景。寒かったあ。タイツ穿いて来て正解!。汽車(ホンマに汽車なんだって‥ヂーゼルだけど)を待つ待合室よりUP@和田山でした。では。

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変なタイトルですが昨日はそういう日だったのです。
昨日は臨時に休刊してしまいました。実は、な、なんと「国連防災世界会議」なるもので発表をしておりました。世界から150カ国が参加とか、、。でも、発表は日本語でしたよ(汗。あ、発表会場には通訳ブースがあって、ちょっと緊張しましたが、、。(私の発表を通訳していたのかどうかは知りませんけど)
私の出たのは建築研究所と兵庫県・神戸市などと建築関連団体などが主催した国連防災会議パブリックフォーラム「ビルと住まいの地震対策シンポジウム」の第2部の分科会という場所だったので、この会議のどこかにおいでになっていたらしい小泉首相とはお会いできませんでしたが、、。
基本的には「ひょうご住宅耐震改修技術コンペの結果報告」というセクションで、応募案の発表という場所でした。私の発表のタイトルは「歴史的建物を後世にひきつぐために」で、構造技術者ばかりの技術発表の中でかなり場違いな雰囲気をかもし出しておりました(汗。
実は、夜は兵庫県の北の方で「花のまちづくり推進」のための住民ワークショップのお世話という仕事が控えていたので、発表だけして逃げてきてしまいましたが、ウワサによれば一部の皆さんにはかなり好評であったとか。うちの所長が今日評判を教えてくれました。
夕方から車をすっとばして兵庫県の北の方へ、十数名の住民さんたちと一緒にまちをどう花と緑で美しくしていくかということを考える第1回目の会合のお世話をしてきました。皆さん大変意欲的だったので、活発なご意見が得られて、初回としては大変満足がいくものとなったと思います。
ということで、どたばたと過ぎた1日でした。という休刊の言い訳でございした。
注1)国連防災世界会議というのはこういうものらしいです(日経新聞サイトへリンクしています)。
注2)写真は国連防災会議の方じゃなくて、花のまちづくり委員会のワークショップの様子です。
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あれよあれよという間に1月17日。阪神淡路大震災は10年前の出来事になったようです。私の知る多くの建築・まちづくり系ブロガーたちが、この話題に触れています。私も、今思うことを少し書いておこうかなと、、、。
10年を区切りと考えるのかどうかについて、新聞・テレビなどで議論されているのを見ました。私の直感としては、10年がどんな区切りかと問われても、何も返す言葉がなく、実際のところ10年なのかどうかはあまり大きな問題ではないのではないかと思います。
昨晩のテレビ番組は、いたずらに災害の状況を再現・再生してみたりしていましたが、あれはもう私はたくさんです。何も知らない人々に、災害の恐ろしさを伝えるには必要なことかもしれないけど、私は心が痛くなるばかりで、どうにもなりません。もう少し前向きに、あの災害で培われたものはなんだったのか、その後世の中はどう変わったのか、そういうことをきちんと見つめ直すきっかけになるのであれば、1月17日を毎年特別な日として迎え、皆で思い出すことは悪いことではないでしょう。
地震のあと、近所のおばちゃんと再会して涙したことや、とあるゼネコンの寮にいた同級生たちの活躍を思い出します。避難先の名塩で世話になった先輩やその子供たちにどれだけ救われたかを思い出します。誰もが助け、助けられたご近所づきあいというものを再発見したのも収穫でした。まちに住むことの希望を見たような気がしたものです。
で、トラバ。
私自身がつよく意識しているのは、震災で「時が区切られた」ことだ。
950117を起点にして何年後なのか、前なのか。
それは当然の話で、震災前と震災後では、神戸という街が違うし、前提となる社会も全然違う。だから、震災後なのか前なのかをハッキリしておかないと時代背景が読めなくなる。
(同じような話を宮本圭明が書いていたが・・・)
だから、9.11は、同じように時を区切るものになるだろう、と、コメントした。
ただし、阪神大震災で私たちが垣間みたものは、信頼をベースとする社会の可能性だった。地震直後の高揚感、誰とでも話し、経験を共有し、組織や肩書きを超えたコミュニケーションの可能性・・・・。
9.11以後のアメリカには、いまのところ不安をベースにする社会しか現れてきていない。
───「1.17」ポリタン・コスモより
hiraさんのように上手にまとめられないけど、、、。
少なくとも僕らは前を向いている必要があるなあと思います。今日は以上。
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今日は森の家の引き渡し日でした。住民のお一人Fさん(漆塗り)とその仲間Mさん(木工)のコラボレート作品「トイレカウンター」が完成していました。ゴージャスなトイレになりつつあります。

【追記】ところで照明シェードがどうなったのかとのお問い合わせをいただいたので、引き渡し時の建物写真(竣工写真というワケではないけど、、)を少しだけ撮って来たので、こちらにアップしております。ので、もしよろしければご覧下さいますよう。
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先輩なんだか同級生なんだかわからん旧友T氏と大阪で再会。相変わらず新興宗教の教祖なんだか建築家なんだか分からない人でしたが、話は全て納得のいく楽しい夜になりました。

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“こたつの間”がお目見え JR南小谷駅の待合室
【長野県】小谷村のJR南小谷駅の待合室に“こたつの間”がお目見えし、利用客に好評だ。畳三枚分のスペースに電気ごたつを設置。壁には古民家のいろりを撮った特大の写真パネルが張られ、ほのぼのとした雪国の風情を漂わせている。
電車や村営バスの待ち時間を暖かくしてくつろいでもらおうと、竹川清登駅長が提案した。
これに村と地元住民らが賛同。駅員が自宅の改築で余った畳を提供し、住民有志が日曜大工の腕を発揮して手作りで仕上げたという。 (後略)
──中日新聞 050105 11:13より引用
好きです。こういう話。
しかもこたつですよコタツ。住民有志が日曜大工ですよ。民間主導ですよ。しかし絵が欲しいな、絵がっ。「ネタ取ってくるときは写真も撮ってこんかっ!」(編集長激怒 (笑、、、)
駅長さんは「村民の皆さんに駅に寄っていただき、集える場所になれば」と言っているとか。このコメントは教科書的であんまり面白くありませんが、きっと駅長さんはもっと面白いことを言ったにも関わらず、中日新聞の記者がアレンジしてしまったのでしょう。
こんなことを考えて実行する駅長さんですから、もっと面白いことを言ったに違いないなどと、ハスッパな記事の読み方をする本紙編集長なのでした。
「こういう出来事が、村をどう良くしていくか考えるためのきっかけになったりしたらいいなと思います。」などと教科書的にまとめてみたりして。
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首相が記念植樹 なにわ都心千本桜 平成通り抜け
大阪市中心部の河川敷約七キロを桜並木で彩る「桜の会・平成の通り抜け」事業のスタートとなる植樹式が八日、同市都島区の毛馬桜之宮公園で行われた。
地元関係者のほか、小泉純一郎首相、塩川正十郎・元財務相らが来賓として参加。地元の子供たちとともにサクラの苗木を植え、官財界が一体となって大阪の新しいシンボルをつくる事業の成功を誓った。 冒頭、同事業の実行委員長で建築家の安藤忠雄さんが「まちは自分たちがつくるという昔の遺伝子を思いだし、何ができるかと思い立ち上がった。反応はいい」とあいさつ。
続いて、小泉首相が「市民一人ひとりが参加しよう。民間主導でやっていこうということは小泉改革の発想にぴったり」と祝辞を述べた。
この後、小泉首相や北側一雄国土交通相、太田房江大阪府知事、関淳一大阪市長、秋山喜久・関西経済連合会会長ら十二人が、ちょうど二〇〇〇年に生まれ、二十一世紀の大阪を担うことになる同区内の幼稚園児ら約三十人とともに苗木六本を植樹した。(後略)
──産経新聞 050108 16:10より引用
安藤センセイさすがです。相変わらずやることが派手ですね。なんかやり方がベタな感じはするけれど、別にそれで商売しているワケでなし、反対する理由もありません。かっこいい。この派手なベタさ加減が、安藤センセイのアクでもあり魅力でもあります。編集長の個人的な好みで言えば、つくっている建物はあまり好きになれませんが、やっていること、言っていることはわりと好きです。
しかし、一方小泉さんはノンキ過ぎなことないか?
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シェードを取り付けました。チェーンはワイヤーに変更することにしました。どうですか?今日はもうくたくたです。携帯からお知らせしました。では。

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なんとなく納得いくものになってきたので、今日は、少しデザイン変更をしながらも、1日かけてシェードを量産しておりました。まだ組み立てたものがないので、いずれ現地にセットされた姿をアップすることにして、今日はもう腰が痛いので、終了ということにします。
明日は森の家の竣工検査。朝が早ーいので、早く寝ないといけません。ではみなさんおやすみなさい。
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そういえばシェードのことをご報告していなかったですね。
森の家サイトにも書きましたが、どうせサーバの使用容量は変わらないので、同じ写真を使ってお見せすることにします。蛍光灯照明にかぶせる木製のシェードを、シナベニヤを使って試作しました。シナベニヤをコーナンにて購入。オフィスでパーツを作成、組み立てました。「あさみ新聞」の編集方針を逸脱して複数写真アップ&編集長の出演と相成りましてございます。(笑
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エネルギー収支考えればみんなが小建に住むなんてこと事態がもう既に環境を考えると罪の様なものだし、
戸建てが無駄だという発想を敷衍すると、まち全体をドームで囲ってその中を空調したらどこに行っても快適だという究極セントラル方式にまで行き着いてしまう可能性があります。おそらく答えは戸建て空調とまち全体空調の間にあるのだろうけど、都会のヒートアイランド現象からもわかるように、結局ヒートポンプはマッチポンプに過ぎないわけで、電気やらガスやらの化石エネルギーをベースに考えると、それはエネルギー収支をどういった範囲で考えるかという問題にしか過ぎないような気がするのです。
結局、断熱にせよ、熱環境にせよ、エネルギー収支というより、人間の都合(=快適性)が尺度に成る訳なので、そこに基準線を引くのは容易ではないことだと思います。また、変にシステム組みすぎるとその仕組みしか許容しない不自由な建物になりそうなので、大本の熱の出入りだけがっつし抑えてあとは、住み手の動物としての曖昧さを許容するようなラフな作り方(というテキトー加減)で十分だし、それで、北海道で内部結露が起こって散々になったというような大問題起きないだろうなあと思うのは僕だけでしょうか?違うかな?
違わないと思うよん。結局言いたいことは私もおんなじだと思いますです。
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大体、基礎をきちんと断熱する様になってきたのも最近のことで、僕は、まずは、断熱きちんとやっておいて、建物の熱的なキャパをがっつし確保することで、逆にこうつかわなきゃいけないという変なシステムの側からの制限から自由でいられるような空間を作る事 と 建築/構造/設備を総合的に捉え無駄の無い計画を行うというわりかし単純なところでネタを集めておいた方がよっぽど過ごし易いんじゃないかなと思います。
だからこそ「高断熱、高蓄熱、低気密」という発想が生きてこないかなあなどと思います。低気密が生み出す問題は、それはそれであるのですが(すきま風問題とか)、高気密にすることによって、かかる設備コスト(ホルムアルデヒド純粋培養問題もそうですが、設備的にはロスナイの採用とかね、、。)を考えたら、低気密でなんとかならないものか、、、。と常々思っとるんですが。
低気密というのに問題があるとすれば、可変気密でもいいですね。夏は低気密、冬は高気密というか、、、。人の体の廻りに気流が起きさえしなければ不快な冷えは感じられないはずです。すきま風しかり、コールドドラフトしかり。(コールドドラフトとは、窓の付近で空気が冷やされて重くなって、下に動き始めることをいいます。これが冷風として感じられてしまうのが問題となる)
コールドドラフトは、高断熱によってある程度なんとかなるので、すきま風さえ防いだら、そんなに目くじら立てて「冬は高気密」とか言わなくても大丈夫そうな感じはしています。
暖炉・囲炉裏とか、床暖房とか、躯体蓄熱とか、デロンギヒーターとか、そういう輻射系の暖房器具をメインに考えて、すきま風を止める。で、高断熱。というのが、今のところ快適かつ環境負荷を小さくできる方法だろうなあと思っています。
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そういえば、(ってのもヘンな話ですが。)
あけましておめでとうございます。
年末年始自動進行モードにかこつけて、ごあいさつをさぼっておりました。申し訳ありません。
本年もよろしくお願いいたします。
編集長は、大晦日から4日間休みなだけなのですが、娘から「お父さん会社に何日も行ってないのはナゼ?」と聞かれてしまいました。「また来てね」とか「こんどいつ遊びに来るん?」(実話)よりはましですが、、。というわけで、思い切り娘と遊びほうけています。
今日は、冬休みの宿題(編集長にはそんなものまである)を片付けようと思ってパソコンに向かいましたが、1時間でバテバテでした。社会復帰にはリハビリが必要かも知れません。
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河合健二(でしたよね)の発想が秀逸で、まず、建物の平均的な単価から使用可能な部材量を割り出し、この部材重量でマキシマムの空間を作り、そこに最適な冷暖房の仕組みを組み立てています。この水準では、無駄無く最小部材で最大の広さを求める建築計画と設備計画がシンクロニックになる訳です。ところが坪単価的な発想でいくと、構造、設備はそれぞれ、大本の坪単価から割り戻されて各部位の仕様を当て込んでいく格好になっちゃうから結局つまらん建物しか建たない訳です。
おっしゃる通りだと思います。しかし、それは基本的に建てる側の論理ですよね。坪単価的なモノの考え方にはかなり多くの問題を含んでいますが、論旨が多少ずれるので今回は見送ります。しかし、視点を住まう側の論理に移さないと、問題の本質を見誤りはしないかと、自戒を込めて思う編集長です。そしてそれを実現するためには、住まう側(お施主さん)が、もう少し建物のことを勉強しないといけない。と河合健二の弟子である石山修武さんも言っています。
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もう一点、冷暖房ってどうしてもシステムとの比較になってしまうのですが、建築計画との関係も重要なんじゃないかなと思います。簡単に書くと狭小住宅の場合は床面積に対し建物表面積が大きくなる訳だから、建物表面の作り方がかなり重要になってくる。反面、結構大きな規模の住宅になってくると、各部位でどのような冷暖房の計画を行うかの方が、外気との温度差より重要になってくる様に思います。
202氏が「システム」という時に、それがアクティブ、つまり化石エネルギーを用いた空調システムのことを指すのか、それともそれらを含むトータルな建築計画を含むものを指すのかでちょっと読み方が変わってきますが、、、。編集長としては基本的に後者でモノを見続けないといかんと思うのですよね。編集長としては、ヒートポンプそのものをあんまり信用していないというか、好きじゃないというか、、、。
実は、夏を涼しく過ごすのに、電気やらガスやらを使ったヒートポンプを導入してしまうと、かなりエネルギーを使わなくてはいけないけれど、そういう方法ではなく、涼しい建物をつくるための工夫は山ほどあります。いわゆるパッシブクーリングというやつです。
かえって難しいのは暖房で、簡単に手に入る天然の(化石エネルギーを使わない)熱源は太陽熱と地熱ぐらいでしょうか。どちらも補助的には効きますが、寒冷地などで部屋の暖かさを得るには足りない場合が多い。
結局、何らかの形で熱を作る必要がある。薪を燃やすとか石油を燃やすとか、電気で温水つくるとか、それからヒートポンプとかね。
あ、それから、私は電気を暖房に使うのは基本的によろしくないと思っています。電気を作る時には、必ず大量の熱を捨てています。エネルギーは最終的には熱の形になるのは自然の理ではあるのですが、熱を捨てることによって得た電気で熱だけを作るのは基本的に大変無駄が多い。それなら灯油とかガスとか薪を燃やして熱を得る方が、地球全体から見たらよほど効率が良いというのが、その理由です。
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輻射と地下の蓄熱の温度差の利用はブレゲンスのズントーの美術館なんかもそうですね。僕も今住宅で暖房は輻射でやってますが、外断熱にしてしまうとスタートアップに時間がかかり過ぎるので、一年での暖房期間が長い北国以外ではそこまでする必要があるのかな?とまずは思います。
うん、その話はもうちょっと考えておきたい問題で、熱容量の小さい木造住宅なんかで、いいかげんに外断熱にしちゃうとそういう問題が起きてしまう。特に気密性が低かったりすると、外気の影響を受けて温度が上下しやすくなるので、余計なものまで暖めたり冷やしたりしなくちゃいけなくなる(断熱材の内側にあるもの全ての温度をコントロールしなくてはならなくなる)。だから高断熱高気密と言われるのだけれど、気密性の高さはホルムアルデヒドの純粋培養やらの危険をはらんでいるわけで、手放しで採用できる方法じゃないのも確か。
ここで問題にしたいのは、もっと熱容量の大きいものを外断熱する方法で、例えば年中18℃で一定の温度の(その熱源を地下に求めてもいい)熱容量の高い壁が部屋の中にデーンと座っていたら、それは夏も冬も気持ちのいい熱源になってくれるはず。この壁の影響を内側にだけ向けるために外側に断熱材を使うという発想に立てば、少し見え方が違って来ない?
外断熱がスタートアップに時間がかかる方法だというのは、あくまで空気を暖めて、その空気で躯体を暖めようという発想に立っているからで、熱容量の大きいものの温度を一定に保つために外断熱をやっていると思えば、どんな地域でやっても、そんなに悪い方法じゃないんじゃないかな?違うかな?(ホントのところよく分からない部分もあるのですよ。)
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