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2004.12.07

由布院の小さな奇跡

「観光というものは特別に観光のものとしてつくられるべきではないのです。その土地の暮らしそのものが、観光というものなのです。村の生活がゆたかで魅力あるものでなくて、その土地になんの魅力がありましょうか!」(中谷健太郎氏)
「由布院は、由布院らしい独自の歩き方をしなくてはいけない。由布院の地域性を生かして、由布院らしい個性的なまちづくりを続けようではないか。今は、観光客が来なくて苦しいかもしれない。しかし、そのことを継続してやっていけば、そのことが輝く時代が絶対にやってくる。それを信じて、次の時代を生きる子供たちのために、『由布院はなんとゆたかな町なんだ』と言われる町を、みんなでつくっていこう。その想いを、みんなでつないでいこうではないか」
──「由布院の小さな奇跡 (094)」(木谷文弘,新潮新書,2004年)

 日曜日に買った本の中からまず1冊を紹介しましょう。「由布院の小さな奇跡 (094)」です。仕事で地方町村とのお付き合いの多い私としては、まちやむらの活性化のための方策については大変興味があります。年末からは兵庫県のある町で景観形成と観光振興のお手伝いをさせていただくことになっておりまして、まちおこしの成功事例についてなるべく吸収しておこうと思って手にした本です。お薦めです。★★★★☆

 かねてより「スローまちづくりのすすめ」などでお伝えしてきた内容そのまんまです。引用前半部分を語る中谷さんは由布院で旅館をしている方で、かの中谷宇吉郎氏の甥御さんだそうです。(人工雪誕生の地記念碑を毎日見ていた編集長としては、微妙に反応しまくりです。)まさにその通りと膝を打つという幹事ですよね。明言です。

 引用後段の部分は、昭和30年代半ばに中谷氏を含むまちづくり活動グループが周りの人々を説得するのに使った言葉として取り上げられています。時代背景を考えるとかなり先進的な考え方です。今でこそこれぐらいのことは誰でも言えますが、当時の状況を考えたら(だってオイルショックより前ですよ。あ、でも60年安保の頃か、、。公害訴訟がそろそろ本格的になる頃でしょうか。だとすれば頷けないこともない、、、。などと独り言。)なかなか言えないと思います。開発一辺倒、右肩上がり経済絶対信仰みたいなそんな時代に「スローまちづくり」的確信がどのようにして生まれたものなのかということ。とても興味があります。

 ところでこの「スローまちづくり」でググってみましたが、本紙「あさみ新聞」しかヒットしないということは、もしかして本紙が提唱した概念と思ってもいいんでしょうか?(<をいをい、ソレハ極論ダロ)一応、ここで「スロー中心市街地活性化」と合わせ提唱者として名乗りを上げておきます。(断っておきますが、この言葉の使用に関する本紙の権利を主張しようというものでは一切ありません。皆で勝手に使ってもらって流行らせよう!というノリで、、、)

 まだ全部読んでないんですけどね。ではでは。

 だから、観光客は由布院駅を降りた瞬間、ドアボーイのような駅員に迎えられる。ホテルマンのようなタクシーの運転手に旅館やホテルまで案内されるか、荷物だけを運んでもらうかを選択することができる。そして、由布院というひとつのホテルに迎えられた気分になれるのだ。
──「由布院の小さな奇跡 (094)」(木谷文弘,新潮新書,2004年)

 素敵な観光地である。知っていたら3年前訪問した時にもう少し楽しめたかもしれない。

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11書評欄 (読書日記)」カテゴリの記事

コメント

いまさらながらいにコメントすみません。。。

先日、同書購入して今日読み終えました。
どっかで書評読んだ気がする。。と思ってたら、ここでした(笑)

読み終えましたか?
私は最後まで読んだらなんだか切なくなりました。

投稿: akanem | 2005.01.09 01:32

あさみ新聞では、今さらながらの投書大歓迎ですよ(笑

さて、編集長。この本を第3章まで読んで放置してありました。編集長はこういういい加減な本の読み方を時々します。第3章まで読んで、とりあえずお腹いっぱいになったので、読むのを休んでおりました。

akanemさんに、そんな投書をいただいたので「こりゃいかん」と思って残りを一気に読みました。割と人の意見に左右されやすい人柄なので(いいのか、編集長がそんなことで)「切なくなった」というご意見に、「切なくなろう、切なくなろう」と読んでしまった感がなきにしもあらずですが、おっしゃりたいこと、分かるような気がします。

で、編集長は残りの章をこう読みました。

地域づくり・地域活性を考える時に避けて通れないのが「観光」という言葉だったりします。お客さんにはたくさん来て欲しいけど、お客さんが来ることで新たに生まれる弊害もある。そんなの、お客を呼び寄せられない所からしてみたら、ゼイタクな悩みなのですが、そのジレンマは相当です。

由布院は、それでもかなり上手に地域経営をされているのではないかと思いますが、それでも、これからが勝負ドコロなのでしょうね。これからどうなるのかは見つめ続けたいし、外野ながらもどうしたらいいかを考えてみたい。由布院だけを題材だと思わず、ちょっと広めに、ゆっくり考えてみたいと思います。まずは由布院に行くことから、、ですかね(笑
akanemさんもご意見をお寄せ下さいね。ではでは。

投稿: あさみ | 2005.01.11 20:19

そうですね。

私は本の中で取り上げられていたドイツ(でしたっけ?今本を父にかしてしまって手元にないのでした)のように、何年経っても同じ構図の写真が撮れるというのに少し感慨深いものがありました。

都市部にしか住んだことのない私にとって、
幼い頃の記憶をたどろうと思った時に、目に風景のあまりの変化の早さに震災以上の喪失感をあります。

“経済”から逃れることって出来ないのかな、ということをつくづく感じます。

・・・
関係ないですが、大学の時に友人と由布院に行ってきました。
雰囲気のいい露天風呂を見つけ、
敷地内に入ったら、普通に風呂場に入れたので「料金所はどこだろう?」と
ほんの少しだけ探しました。
結局見つからず、まるで貸切のようにゆったり湯船につかりました。
出た後で、何となく入口を間違えたような気がしましたが、
そのまま帰ってきてしまいました。

そんなのんびりした空気が非常に印象的な場所でした。
本を読みながら、やっぱりお金を払うところを頑張って探すべきだったかな、
と少し申し訳なく思っています。
次行く機会があったら、ちゃんとお金を使ってこようと思います。

投稿: akanem | 2005.01.11 22:03

ドイツ。バーデンバーデンだったかな。温泉町ですね。

おそらく、どんな活動も、経済から逃れることはできないでしょうね。他の誰かと関わりを持とうとする限り、どこかで経済君とはお付き合いしなくてはならないのではないかなあ。それよりも、経済君のいいところを悪いところを知って、時々叱ったり、時々甘えたりしながら仲良くすることを考える方が建設的ではないかなあと思います。

でも、一方「私の風景」をなくすことの喪失感というのは想像できます。で、その喪失は経済君の責任だと思うのも良くわかる。経済君は土地やモノに残る記憶をなぎ倒すのが好きだから、、。

でも、経済君ってば、他人の目を結構気にするタチなので、これから少しづつ変わっていくのではないかなと、最近思っています。思い出とか記憶とか、そういったものを大事にする人たちに囲まれて暮らせば、彼もきっと反省するのではないかと思うのですよね。

よくわからんフィクションになってしまった。なんかヘンだ。でも、まあ、そゆことです。

投稿: あさみ | 2005.01.12 23:22

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