建築のスタッフロール
予告した文章は、もう少しかかりそうです。(なかなか難しいのよ。って、期待させといて「なんじゃ、こんなもんか」と言われそうな感じなのよ〜。困ってんの。)
そこで今日は先日、久しぶりに映画を見ていて気づいたことを。(逃げんのかっ♪オイ)
たいがいの映画では、最後に、関わった人々の名をかなりコト細かに記載したリストを、下から上へと流しますね。あれをエンドロールとか、スタッフロールとか言うそうです。あのスタッフロールにどこまでの人が記載されるのか、そのルールは知りませんが、見ているとかなりな数です。まさかエキストラの群衆の一人一人とか、スポンサー企業の営業マンの名前まで流れているとは思いませんが、それでも、主体的にその映画に関わった人たちはきっと全て表現されているのでしょう。
いや、案外偉い人たちだけが記載されていて、下っ端どもは名前も出してもらえず「いつかあそこに名前を出してやる。」というような人生ドラマが隠されているのかもしれない、、、などと考え始めるときりがありませんが、、、。
著作のあとがきなどに書かれる謝辞も似たようなものかも知れません。しかし、本の場合は、著者を励まし続けた担当編集者の名前や装丁者の名前、それからその本を捧げるべき奥さんの名前が出されるくらいで、印刷屋の親方とか、植字工(そんな職業はいまやないか)の名前までは出て来ません。雑誌の最後などに、編集部のスタッフの名前が全部出ていることはありますけどね。
とすると、映画のあの「しつこさ」は何なんでしょうか。
これは映画にしかない文化なのか? と、考えたら、テレビ番組などでも、配役やスタッフを列記することが多いのに気がつきました。ま、これは映画の文化が乗り移ったものではないかとも想像できます。
他にあるかな、と考えて一つ思い当たりました。コンピュータのソフトにも起動時などにたくさんの人の名前を見かけることがありますよね?。MacOSではソフト開発者たちの名前が現れる隠しコマンド(これをイースターエッグと呼びます)があったりしました。OSXでは見かけないようですが。
さて、これらに共通するのは何か?
私が考えるに、どれも、一人では完成し得ない創作であるということではないでしょうか?。もちろん一冊の「本」だって、一人ではそう簡単には創れませんが、表現物そのもの(文字情報)は、著者本人にのみ属するのが普通ですから、映画とはかなり違います。映画などでは、その表現されたもの一つ一つが多くの人々の個性や技術から成り立っているものだと言ってよい。映画・テレビ番組・コンピュータソフトなどの芸術(と言って悪ければ創作活動)では、その成果物に代表者の名前(監督とかね)が表記されるのは当然として、スタッフロールは、実はその他のスタッフも重要なんですよということの現れなのではないでしょうか?
実は、建築も創作活動として、人手の数では負けていません。出来上がった建物は、お施主さんのものではありますが、多くの人々の個性や技術から成り立っています。そういう意味で、映画と建築ってある意味、似てるかもしれないと思いませんか?。施主だけでなく、設計者も施工者も職人も大事だと。「構想3年製作2年、制作費10億円」とかだったら、建築でもありえますし、、、、。個人住宅だと10億ってのはなかなかありませんけど。
そこで、じゃ、建築にスタッフロールがあっても「ええのんちゃう?」と私は考えたわけです。
建築の場合は、ロールといっても動画にする訳にいきませんから(無理にやってできないことじゃないですけど)どこかに、関わった人々全てを記載するというのはどうでしょうか? それも絶対消えないように(かといって、そこを使う人々の迷惑にはならないように。でも見ようと思ったらすぐに見られる場所がいいと思う)。施主とその家族・施工者と現場監督・各工種の下請け会社とその職人・メーカーとその担当者・確認検査機関とその担当者、それに・設計監理者とそのスタッフなど、、、他にあるかな?
自分の手の痕跡の残っているモノができるのは、気持ちが良いし、何だか誇らしい気がするものです。それに、誰だって、自分の名前が書かれている建物には責任と愛着を感じるに違いありません。「名前の書かれた仕事」っていいでしょう?
古い民家の屋根裏には、棟のところに棟札という板が打ち付けられていて、施主と棟梁、竣工年などが書かれていることがありますが、これとはちょっと主旨が違いますね。それから、最近少なくなりつつありますが、建物に竣工年と「定礎」と書かれた石の板がはまっていることがあります。(あれは工事開始年かもしれません。 定礎というのは基礎ができるということですから)あれも似たような役割を果たしていたと聞きます。あれは奥に定礎箱という箱が入っていて、その中に図面などの資料を入れておくモノだったそうです。最近は板だけの場合も多いようですが。ということで、私の考えているスタッフロールとはちょっと違うようです。
建築のスタッフロール
なんだか、すごく良い思いつきに思えてきた。
やってみようかな。
【今日はどうも建築コラム風】
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コメント
実は来年、メルマガnaddistの本を出版しようと思っているのですが、
(現在編集中)もちろんスタッフロール入れます。
naddistはやはり読者に支えられてきたものだし、
できるだけたくさんの名前を入れたいと思っています。
たぶんそれだけで4P位になりそうです。
投稿: naddist | 2004.11.07 12:47
コメントありがとうございます。
そうか。そうですね。出版というか、編集のお仕事も、影で結構大勢の人が関わっていますものね。そうなりますわな。しかし4Pってのもすごいですね。
「naddistの本」すごく良いですね。どんなんになるのかな?ぜひ購入いたします。出版の際にはお知らせ下さい。
タイトルはどうなるんすか?「なだだな」を超えるタイトルは、なかなか見つからないと思うのですが、、、、。
投稿: あさみ | 2004.11.07 20:52
有名なのは、
安藤忠雄の淡路の夢舞台ですね。
帆立貝の池のところに、
関係者の名前が彫ってある、プレートがあった気がします。
最近は、
そういうプレートを作ることは少なくないようですよ。
我が同僚も、
再開発のときにそういうプレートを作って、
入口のところに置いてある、
と言っていました。
(ただ、施工者まで書くと大変なので、開発担当や設計、現場所長までだったですけどね)
投稿: kuni | 2004.12.01 21:11