イメージを描かない都市計画
都市計画の立場から現在の都市住宅の問題を考えたとき、最も深刻なのは「都市像の分裂」という問題である。都市像、すなわち「どのような都市空間で、どのようなライフスタイルで生活するのか」というイメージが共有できていたいという問題である。(中略)
しかし、都市計画の関係者は、制度や住民参加などの社会的な仕組みについては発言しても、都市像や空間イメージを論じることを避けてきている。克服すべき近代都市計画が、画一的教条的な都市像を描き、それを実現する手段を強引に進めたこととは対照的に、このことの反省から出発する現代の都市計画は、自ら「都市像」を描くことに躊躇している。(後略)
佐藤滋(早大) 「都市住宅学」誌21号(1998年)
以前に「田舎テーマパーク」の提案をした。先日出席した勉強会(※1)は「テーマパーク型まちづくり/らしさの都市像を求めて」というタイトルで、実はテーマパーク化しないためのまちづくり活動を紹介する、逆説的な勉強会でした。いきなりチャチャを入れますが、この勉強会で私は「まちづくりコンサルはテーマパークが嫌い」ということを学びました。
普通のまちを普通に住みやすくしようと考えるとき、テーマパークの概念は、あまりに商業的で、ケバケバしく、安っぽいイメージがあるから嫌われるようです。まあ、でも、それはテーマパークという概念(あるいは手法)が悪いのではなく、世の中に数あるテーマパークの質が悪いということなんじゃないかなと私は思っています。
■「都市計画=制度論」の誤り
冒頭の引用は、コーディネーターの後藤氏が当日紹介した論文からの引用です。後藤氏は、近年、まちづくり・都市づくりが、あまりにもソフトに傾いていることに危惧を抱いているようです。つまり、都市づくりが、それをとりまく法律のしくみや税金の制度、補助金・助成金の出所などの話に終始してしまい「きれいで住み良いまちを作りたい」という基本を離れすぎているのではないかというのです。制度論ではなく資金の手当でもない「ハード」を扱っているまちづくり活動を考えようというのが今回のテーマであり、サブタイトルである「こだわりのハード型まちづくりの取組みについて」ということになったのですね。
■目標としての都市イメージの重要性
私は、基本的にこの姿勢に賛成です。確かに、制度や資金の裏付けのない構想には確かに説得力はありません。しかし、具体的なイメージなくして地域住民の結束は不可能でしょう。これは自明のことなのに、どうして最近の都市計画は都市イメージを絵として描かなくなってしまったのか?。冒頭論文の佐藤氏は、それを都市計画の反省からきていると説明しています。
しかし、ここでの要点は、「克服すべき近代都市計画」が「画一的教条的な都市像を描き、それを実現する手段を強引に進めたこと」が悪いということであって、都市像を描いたことが悪いワケではないですよね。そんな風に目的と手段を混同してはいけません。
■なぜ都市計画が都市イメージを描かなくなったか
私が思うに、そんな難しい話じゃなくて、都市計画家たちはきっと文句を言われるのが嫌なんじゃないかと思うのです。絵を描けば具体的にイメージしやすいので、文句も言いやすい。だから、絵を描けば反発が必ず出てくるのが世の常ですよね。だから絵を描くのは後回しにして、予算の出所とか補助金制度などを押さえて、いわば外堀を埋める作業から始めようとする。そうしているうちに、計画は「きれいで住み良いまちを作りたい」という目的からどんどん離れて、もう決まったことだからという理由で一人歩きを始めてしまうのです。
■描かれた都市イメージの役割
意見がぶつかることを恐れていても何にもなりませんよね。むしろ、そういう「反発を引き起こすために、絵は描かれるものだ」というのが、私の考え方です。建築でもまちづくりでも同じことですけど、計画というのは多くの人の手を経ればそれだけ良くなって行くものです。多くの人々の意見を取り入れるためにも、意見を述べやすい場所を作って、わかりやすい(意見を言いやすい)絵を提示することこそが、現代における計画者の使命ではないでしょうか。プランナーとかデザイナーとか都市計画家とか建築家とかいろいろな言い方をしてみても、終局では実体的なモノの形となって立ち現れることを議論しているワケです。だとしたら、計画者が絵を描くことを恐れていて何になるというのでしょう。
■意見の対立を恐れることなく描く
残念ながら(というか幸いにもというか)、今のところ、私はそんな都市イメージを描ける立場にありません。しかし、私は、一建築設計者として、皆とイメージを共有するための絵を描き続ける計画者でありたい(イメージを共有する方法は何も絵だけじゃないことについては注意が必要ですね。と、書きながら気がつきました。)と思い続けています。軋轢でなく誘発を生み出す主体でありたいと思います。
今日は、ちょっと慣れないテーマで苦労しました。以上
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コメント
編集長!やっぱ、客と店員みたいな図式があるので、生活している人と働いている人と、、、、なんて具合のふつうの町より登場人物少ないのがテーマパークの厳しさなんじゃないでしょうか?
いや、ネズミとかアヒルとか、そういう意味のキャラは多いのですが、、、
投稿: 202 | 2004.10.27 09:44
あ、確かに。テーマパークは登場人物少ないね。なるほど。
いや、しかし、グリュック王国(マイナーだ)とか、ハウステンボスとか、ああいうのは人がいないと成立しないんじゃない?
チーズ作ってる人がいるとか。歌っている人がいるとか、、。
ある意味、道頓堀極楽商店街も、施設だけでは成立しないよねえ。という訳で(?)ネズミとかアヒルに替わるものが、農山漁村にはあると考えたい。っていうか、しゃかりきになってテーマパークを追いかける必要はないわけで、あの別世界的ワールドづくりは参考にしてもいいんではないかということなんですけどね。
投稿: あさみ | 2004.10.27 11:20