「やさしい訴え」(小川洋子)
■天から許された存在の形
「スパイスラックといってもばかにはできません」
「ええ、もちろん、そう思います」
「ラックはラックとしての、正確さと美しさを要求してきます」
「要求とは、つまり、どういうことなんでしょう」
「瓶を出し入れするのに一番適切な寸法があるし、決まった重量に耐えられるだけの強度も必要だし、デザインは台所の雰囲気に似合うものでなくちゃならない。つまり、そういうことです。どんなささいなものにも、その存在を支える絶対的な形があります。天から許された、存在の形というものが。僕はそれをなぞってゆくしかないんです」
「やさしい訴え」小川洋子(文春文庫,2004年)
昨日は、町に閉じ込められまして、手元の文庫本と取っ組み合うことになりました。ちょっとステキな文章を見つけたのでここで引用しておきます。
小川洋子さんは「博士の愛した数式」で知った作家です(それを知ったのは週刊文春だったかと思いますが)。「博士の〜」は、特殊な才能を持った、ちょっと変わった数学者と、お手伝いさん親子の物語で、美しい物語でした。以来、気になって少しずつ、この「やさしい訴え」は、夫と別れることになりつつあるカリグラフィーアーティストと、元ピアニストでチェンバロ作家との物語です。引用した部分は、チェンバロ作家が台所に作る棚について語る場面。
私としては、もうこの文章の引用のみで終わらせてもいいのですが、本紙のポリシーとか、著作権問題とか、いろいろな理由により、少しだけ感想めいたことを書きます。この「使いやすい寸法・適切な強度・デザイン」というのは、建築設計の基本である「用・強・美」の考え方をそのままなぞっています。本質的には建築設計ってのは、これをやってれば間違いはない。
ものごとの本質は意外と、というか当然、シンプルなもので「建築とは何か」とか言ってはみても、要するにこういうことなのよって気もするんですね。そこまで話をシンプルにするのもどうかと思うけど、でも、ものごとの本質は基本的にシンプルだからね。シンプルでないのは本質ではないのだよ、学友諸君。わはは。
「天から許された存在の形」というのがある。と、聞くと、それは唯一無二の絶対なカタチだと思うかも知れませんが、(いや、この小説の中ではそういう意味かも知れないけど)実は、私はそうは考えていません。違う人が作れば、当然違うものになって当たり前で、天に許される絶対の形を目指してモノを作って行くことを、デザインと呼ぶのだとすれば、100人いれば100種類のデザインがあっていいわけです。
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