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2004.09.03

施主と設計者の関係について

 施主と設計者の関係について、深く考える機会がありました。よそのサイトでちらとコメントした内容に関していただいたコメントが発端でした。

 私は、建築を物件と呼ぶことが嫌いです。実は作品と呼ぶことも嫌いです。(唐突ですが、、)

 いつも施主の皆さんには、「あなたが建てる建物をあなたが考えるのは当然です。そのためのお手伝いを私はしているのです。」という立場で臨んでます。前にも書きましたが、建物を建てるのって楽しいんです。何もないところから、あつ一つの空間を生み出すことの面白さは筆舌に尽くしがたいものがあります。だから、せっかくのそんな機会をお施主さんが楽しまないなんてもったいないと思うのです。
 「そんなん面倒だし、任せたんだから黙って家建ててよ」ってなお施主さんもいますが、そういう方と設計の作業を共有するのはとても難しい、というか、私には苦手です。

正直なところ「金に糸目はつけない!自由自在にやってくれ!」というお施主さんが現れてくれたらかなり面白いなあ、と思わないでもない。けど、それはまた別の話。

 で、以上のような私の立場からしたら、お施主さんとのコミュニケーションは、欠かすことのできない重要な作業なわけです。当然のことではありますが、設計の段階で、すべてを詳らかにして、全てを納得してもらってから工事に取りかかりたい。できれば、お施主さんが「私が全てデザインしたんじゃけんね」と思っていただけるような設計がいちばんだと思っています。
 「それって、デザイナーなのかなあ?」と、思われる方もいらっしゃるでしょうが「それでもデザイナーなのです」。というあたりに私の存在意義を見出したいと思っているのです。人のお金を使ってモノを作る計画を行うのが仕事なのだから、それくらいの制約は当然のことでしょう。

 そして、これもまた当然のことですが、工事の最中も全てを詳らかにして、工務店と設計者のやりとりや、発覚した設計ミス、施工者のミスまで全てオープンにしたいと思っています。しかし、実を言うと、設計者としてはこれがなかなか難しく、勇気の必要な作業なのですね。誰だって自分のミスは隠したいし、気づかれなかったら放っておきたいという気持ちが働きます。でも、これを無理やりオープンにしていきたいと考えています。(組織の人間としての限界ってのはある。一人で仕事をすることにでもなったら、このあたりは徹底的に追求したいと思う。)

 建築の設計作業には、お金のことやら安全のこと、建物の性能などについて、とんでもなくたくさんの落とし穴があって、仕事の上では、これを丁寧に避けながら、確実に建物をモノにしていかなくてはならない。
 気楽なデザイナーではありえないんですよね。どうもそのあたりが、世間では誤解されているような気がします。けど、どう思います?

とりとめない文章になっちゃいました。
設計者の立場ってのを、かなり確信を持って以上のように信じているのですが、どなたか意見下さい。

2004 09 03 09:17 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事

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そして、これもまた当然のことですが、工事の最中も全てを詳らかにして、工務店と設計者のやりとりや、発覚した設計ミス、施工者のミスまで全てオープンにしたいと思っています。しかし、実を言うと、設計者としてはこれがなかなか難しく、勇気の必要な作業なのですね。誰だって自分のミスは隠したいし、気づかれなかったら放っておきたいという気持ちが働きます。でも、これを無理やりオープンにしていきたいと考えています。(組織の人間としての限界ってのはある。一人で仕事をすることにでもなったら、このあたりは徹底的に追求したいと思う。)

すごいですね。
これが本当にできるようになれば、ある意味、本当に信頼されますね。
最近の企業は信用できないところだらけですから・・・

投書者: 仲里 実 (2004/09/15 17:17:45)

仲里様。はじめましてですよね。こんにちは。

 うーん。確かにかなり難しいかも知れませんが、でもオープンにして良くなることはあっても、決して悪くなることはないと思っています。

 実際には、設計者が抱えるリスクに対する設計報酬が見込まれていない現状をどう解決するのかという作業が残っているのかも知れませんね。建築家のプロフェッションをどう捉えるのかという問題とリンクしているので、このあたり、なかなか軽はずみなことは言えないかな。ということで、この問題はまた別の機会に。

 で、物事をフルオープンにするかわりに施主・施工者・設計者が、応分のリスクを背負って工事にあたるというような関係が築ければいいんじゃないかなあ、と漠然と考えているところです。ただし、建築家がいたずらに責任回避を図るという姿勢もどうかと思ってます。このあたりがプロフェッションをどう捉えるか問題なのだろうと思う。
 まとまりませんでしたね。すみません。

 コメントどうもありがとうございます。読んで下さる方がいると思うと勇気が出ます。これからも、ときどきいい加減なこと書いてますのでピシッとご批判下さればありがたいです。今後ともよろしくお願いいたします。

投書者: あさみ (2004/09/15 18:05:29)

全面的に同意です.
そんな建築家が増える事を願っています.

私も(いつの日か)
物件でも作品でも無い家を建てたいと
思っています.

投書者: rattlehead (2004/09/16 1:58:36)

rattleheadさん。おいでいただきありがとうございます。
いろいろお返事を書き始めたら、ついつい「物件」という言葉について考え始めてしまって、仕事そっちのけで「物件」について書き始めてしまいました。長くなりそうなので、本編に上げます(今日中には、、、)ので、そちらをご覧下さいますよう。

こうやって、ときどきぶつぶつ言ってますので、また覗きに来て下さいませ。森の家の記録は週1〜2ペースで更新中です。こちらも時々どうぞ。
森の家の記録(http://www.morino-ie.net)

投書者: あさみ (2004/09/17 12:14:16)

仲里さん。ごめんなさい。はじめましてじゃなかったですね。
サイト拝見しました。なかなか面白い活動されてますね。登録建築家の中には、私の勤める事務所の先輩がいたりして、なかなか興味深かったです。私も、そのうちお世話になるのかなあ。などと、思ってみたりしています。

投書者: あさみ (2004/09/17 19:11:08)

あさみさん凄ぇ!
こんな事を考えられていたんですね。

『フルオープン』

設計士だけではなく、職人にも勇気が必要ですね。
職人の立場としても、自分のミスを晒されるのは正直言って怖い。
けれども、やり甲斐もある。
それを承知で進む価値はありますね。

もしこれが実現すれば、現在メディアで騒がれている住宅建築に対する施主側の不信感の緩和になると思います。

投書者: 長八 (2004/10/29 20:03:10)

うーん。理想を語ってみたけど、実行には割と難しい問題が山積していますので、手法論としては完成していません。
でも、お施主さんには、最初から納得してもらって、一度やってみたいやり方ではあります。
今のプロジェクトでも、なるべくそうしようとしてますが、
実は「フルオープン」にはできない部分もあります。
もう少し考えます。

投書者: あさみ (2004/10/30 13:30:40)

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