2006.12.26
景観条例 〜今、京都で起きていること〜
景観の話を始めると、どうしても大ネタになってしまって、書き上げられない記事が2本か3本書きかけのまま残ってしまっています。しかし、この京都ネタに関していうと、ニュースソースである京都新聞が1ヶ月しか見られないので、見られなくならないうちに、記事タイトルだけを緊急アップしておきます。この記事の解説と編集長の意見表明をやろうとすると時間がかかるもので、、、(笑
ということで、あさみ新聞のポリシーを今回だけ無視して、既に見られない最初の記事(京都新聞061124)だけは全文引用させていただきます。読者諸君は、あとのタイトルを「あとで読む」等のツールを使ってスクラップしておきたまえ(笑。っていうか順番に読むだけで何が起きているのかだいたい分かります。
市域全域で高さ、デザイン規制〜京都市が「新景観政策」案〜
京都市は24日、都心部の「田の字」地区だけなく市域全域で建築物の高さやデザインを規制する「新たな景観政策」案を発表した。高度地区で最高45メートルの高さ規制を廃止して31メートルに抑制、新たに12メートル、25メートルを追加して6段階に再編するほか、町家が数多く残る西陣地域などで20メートルから15メートルに引き下げる。
建物の外壁色彩基準も明確化し、屋上に設置する屋外広告も市域全域で禁止する。市は都市計画変更や関連条例を改正し、来年度の早い時期に実施していく方針だ。
市は歴史都市・京都の現状保存に向け、国から特別な財政支援などを受ける特別措置法制定を目指しており、景観保全策は特措法を実現する「切り札」になる。すでに、「田の字」地区で高さを45メートルから31メートルに抑制したり、世界遺産(14社寺)からの眺めを保全する新条例の制定を打ち出している。
今回、これらの規制策に加え、市域全域で建物の高さやデザインの規制改訂の全体案をまとめた。高さ規制の見直しでは、市内の市街化区域約1万5000ヘクタールのうち、3割強のエリアで最大16メートルから2メートルの範囲で現行規制より低く抑え、ビルの屋上に設置される塔屋の高さも現行「8メートル以下」を「4メートルまたは3メートル以下」に規制強化する。
また、美観地区で設定している5種類のデザイン規制を6種40地区に再編し、水辺や山すそなど各地区で街並みに調和した色彩にするよう誘導する制度も整える。
一方、屋外物広告については、ビル屋上に設置された看板のほか、点滅照明の広告物の使用を全面禁止する。既存広告物は一定の許可期間を設け、それを過ぎた場合、撤去を求めていくという。
京都市は27日から市民への見直し案閲覧を始め、約1カ月間意見を募った後、屋外広告や風致地区など関連条例の改正や、来年3月に都市計画変更を求め、市都市計画審議会に諮る予定。
──「京都新聞061124の記事」より全文引用
京都新聞061206新景観規制」関心低い? 〜閲覧1日数人、京都市困惑〜
京都新聞061207「適格」へ建て替え支援 来年度実施へ 〜京都市「高さ規制」強化策〜
京都新聞061212事前指導、困難浮き彫り〜京都市新景観政策〜(→ウェブ魚拓)
京都新聞061214宇治橋通整備、景観に配慮〜府が初の説明会電柱を地中化〜(→ウェブ魚拓)
京都新聞061217京の景観規制めぐり市民らが意見交換〜中京でシンポ〜
京都新聞061219京都市の新景観政策に不満の声 〜業界団体「規制根拠が明確でない」〜
京都新聞061223新景観政策に賛否渦巻く〜京都市に住民らが要望〜(→ウェブ魚拓)
京都新聞061226新景観政策を議論〜京都市都計審税収影響、調査へ〜(→ウェブ魚拓)
なかなか興味深いことになっているでしょう?よい傾向だと思います。ぜひ皆で議論していただきたいものです。
しかし、景観に配慮してできたマンションってのが
こんなんばっかりだとしたら、それもどないやねん。という気がして仕方がないです。
(写真提供はakanem特派員。ただしマンション名だけは編集長が消しました)
【追記:ちはる支局長から鋭いコメントをいただいたので追記しときます】
これらの写真の建物が「景観に配慮した建物」としてオーソライズされたものかどうかについては、未確認です。正直に言うとどうなんだか分かりません。ごめんなさい。このことに関しては編集長のコメントも参照下さい。
【追記はここまで】
この写真を見て「景観」という概念そのものに限界を感じた編集長は「脱・景観」宣言という記事を書きかけているのですが、これがまた、大ネタすぎて全く執筆が進まないという・・・(笑
2006 12 26 04:12 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (5) | トラバ
2006.12.07
働いてみたいオフィス
会社の規模や業務内容に関係なく、若手社会人や学生が「働きやすそう」「働いてみたい」と感じるオフィスに投票する「MYCOM オフィスアワード2006」で、建築事務所の横河設計工房(横浜市、横河健代表)が得票数第1位で大賞に選ばれた。
──「ケンプラッツ1205の記事」より引用
毎日コミュニケーションズが行った「学生と若手社会人が「働いてみたい理想のオフィス」を選ぶMYCOMオフィスアワード2006」というのが知らないうちに行われていたようです。
これは、オンラインで20社のオフィスの写真とコメントを並べ、読者に選んでもらったものです。基本的に社名や業種は伏せてあるので、純粋にオフィス環境・オフィスのコンセプトを比較するものになっているようですね。
ベースになっている20社がどのように選ばれたものかについては、どうもよく分かりません。ま、それはこの際どうでもいいやね。有効回答数は1570だとか。18才から35才の男女を対象にしていたもののようですね。そういう意味では編集長は投票の権利がなかったワケです。
基本的には就職活動中の若者を対象にしたアンケート調査だったようですので、横河センセイのオフィスが日本で最も「働いてみたい」オフィスなのかどうかは謎です(笑。
しかし、緑に囲まれた執務空間や、隣の公園の見渡せるカフェ、おそらく横河センセイのものと思われるオフィス空間に関するコメントを見ていると、やっぱり見せ方も上手だし、コンセプトも「立って」いるし、さすが横河センセイ。と言わざるをえません。
2位はワイキューブで、3位は新日鐵化学だそうです。こりゃ見てみなきゃわかりませんよね。ご覧になりたい方はMYCOMオフィスアワード投票ページをご覧下さい。
この20社のうちの3が横河センセイのオフィス、5がワイキューブ。19が新日鐵化学です。内容を見るとわかりますが、オフィスの良し悪しは別にして(別にしなくてもいいんですが)コンセプトの立て方と、コンセプトと実際の空間との関係、見せ方などが最も優れていて、実際の空間の魅力があるように思えるのは横河センセイのオフィスだと思いませんか?(いや、編集長はこの3つ以外は見てませんが、、)
編集長の好みもあるかも知れませんが、編集長も、このリストの中ではいちばんいいと思いました。(いや、転職したいとかそういうことではなくて、このオフィス空間で働きたいということですが、、、)横河センセイ、オフィス間貸ししてくれないかな、、、。そりゃ無理か。
建築計画の説得力と建築空間の魅力。この説得力と空間づくりの腕を見習いたいものです。ケンチクカに設計を依頼することのよさって、この辺に現れるのではないかと思います。ま、横河センセイの場合は自社オフィスではありますが、、、、。
そうそう、MYCOMオフィスアワード2006表彰式フォトレポートから、iPod経由で手塚センセイのプレゼンテーションとトークセッションを聞くことができます。こういう起業スポンサーの講演は、コマーシャルを入れてくれてもいいので、もっとポッドキャスト配信してくれるとありがたいです。(映像つきで配信してくれるともっとありがたいですが、、、。)
さて、編集長も頑張ります。まずは机の廻りの片付けから、、、、、<そこからかいっ!
2006 12 07 08:03 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (4) | トラバ
2006.10.14
学校への愛着は校舎に宿るのか
前回(060929)の記事「湯村温泉のケーキ」に、興味深いコメントをいただいたので、ちょっと引っ張ってみましょう。長い引用かつ、一部編集しておりますがお許しを。
先ほど、私の母校(小学校)の閉鎖が決まったとのニュースを知りました。神戸新聞がスクープで伝えたものらしいのですが(多分本当?)。。そんな話を聞くとやはり寂しいものです。(akanem特派員)
しかし母校がなくなるのは、なかなか悲しいものがありますね。(編集長)
母校が存続していても校舎が建てかわってしまっていては、あまり愛着を感じないです。
愛着があっても今の世の中、そう簡単に校舎の中に入るわけにはいきませんが。(ちはる支局長)
そうそう。その母校にすら簡単に入れない社会状況ってどうよ、と思わないではありませんね、時代の趨勢ってのはそういうことなのかと半ばあきらめムードな編集長ではありますが、、、、。
しかし愛着ってのは母校になのか、校舎になのかってのは深いテーマですね。ちはる支局長が特殊ってことはないですか?
読者の皆さんはどうでしょう?(あさみ編集長)
いやいや~そんなことないと思いますよ。
私もどちらかといえば校舎に愛着があるくちです。
現在息子の通っている幼稚園舎は私が通ったそのものです。
小学校舎も小改造はありますがほぼ昔のまんまです。
地域行事の打ち合わせなどで入ったりしていますが何気に「あー、こんなんやったなぁシミジミ」となっている自分がそこにはいます。(左官理事)
──あさみ新聞「湯村温泉のケーキのコメント」より引用
編集長は母校が消滅するのって悲しいよねと単純に思っただけなのですが、ちはるさんのコメントで、母校への愛着の形ってモノへの愛着として現れるんだなあと認識を新たにしました。思えば編集長の母校への思いを振り返ってみるに、確かに母校のイメージというのは校舎や校庭の映像を伴って思い出されます。
そして、よくよく考えるに、これはすごいことだなあと思うのです。
自分の母校に愛着を感じている、という時の母校というのは「学校」です。この場合の「学校」というのは、言葉の定義通りに言うなら、自分がかつて所属(隷属)していた組織(あるいは概念といってもいいですね)としての「学校」のことです。でも、私たちが母校を思い浮かべるときの「学校」というのは、必ずしも組織あるいは概念としての学校ではなく、その建物であったり校庭であったり、その空間を思い浮かべますよね?
あ「私は空間を手がかりに母校を思い出したりしない」という方は是非コメントを残して行って下さいね。ぜひぜひ。
こうやって考えて行くと、いろんな場合が想定されてきますね。試しに少し考えてみましょう。
●建物は残っているけど学校自体はなくなっていたらどうか?
●学校が建物ごと引っ越しちゃってたらどう?
●学校の名前が変わっちゃってたらどうか?
●学校は存続しているけど、校舎は明治村に移築されていたら?
などなど。いろいろ考えると自分と母校の建物との関係が見えてきませんか?
編集長の「母校への思い」というのをもう少し突っ込んで考えると、それは単に校舎や校庭のみではなく、恩師の姿や、友人たちであったりもしますし、特に大学なんかは概念としての学校の要素も大きいです。高校は校風のイメージの影響も大きいですね。ただ、やっぱり母校を思い出す時の手がかりはキャンパスであったり、ある一部の空間のイメージであったりします。
この話、以前やった「空間の力、建築の力」とかいう議論とつながりませんかね。無理あるか?
変なまとめ方でした。それではまた。
2006 10 14 08:00 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (3) | トラバ
2006.06.13
「イイ」の発見
建築プロデューサー朝妻さんのブログ060613のエントリー「家づくりって、どうやるの?
「ポリタン・コスモ」060414のエントリー「建築家・中村好文、熊野・野尻さん一家」
「井の中の蛙」060503のエントリー「仕事の流儀 建築家・中村好文氏。」にトラバです。
家づくりって、どうやるの?
「いい家のつくり方って、どうやるの?」
私のところへご相談にお出でいただく多くの方がこう言います。
『いい家のつくり方』
残念ながら、これなら絶対という方法は私にも分かりません。
もちろん、私がいいと思う家の姿はいくつもあります。 私が好きな家のタイプもいくつもあります。
しかし、それは『私が』いいと思う家であって、皆さんにも
それが当てはまるとは限りません。
(中略)
自分がいいと思う家をつくればいいんです。
自分が気持ちいいと感じる家が“いい家”です。
私はそう信じています。
──建築プロデューサー朝妻さんのブログ060613のエントリー「家づくりって、どうやるの?」より引用
あら、ステキ。
自分がイイと思うもの、自分がイイと思える場所をつくる。
そういう意味では、自分独自の「イイ」の発見こそが、
最も大切なステップなのかも知れません。
自分の「イイ」が見つかれば、家づくりなんて8割方出来上がってる
ような気がします。(8割は言い過ぎか、、、)
住宅ではないのですが、最近お施主さんに、
「それを実現するための技術はこちらで提供するので、
どんな建物にしたいのかを、文章にして下さい。」とお願いしました。
担当の方はさんざん悩んだみたいですが、
ステキな文章を残して下さいました。
こちらも新たな発見があったりして、、、、。
これって結構いい方法なんじゃない?と思ってみたりしているところです。
中村好文さんは、
「どんな家が欲しいのか、依頼者にはわからない」
とおっしゃいます。
自分で何が欲しいのかを、きちんと自分で把握していらっしゃる方が
少ないのは事実。(予算との兼ね合いも含めて、、、ね)
編集長は中村さんの設計する住宅や、中村さんの考え方はとても好きです。
この「分からない」からスタートして、分かるところにたどり着く、
そのプロセスこそが「建築の力」の源であり、
ケンチクカの個性であるような気がします。
編集長の今回のお仕事の場合は、
「文章化する」という、
自分の外に向かって自分の欲しい物を表明するという
プロセスをお施主さんに踏んでいただいたことが、
その「分からない」を「分かる」に導く第一歩として、
有効に働いた、ということなのかな、と思うワケです。
ま、それにしても、
今回うまくいったからと言って、
次も同じ方法でうまくいくとは限りません。
策におぼれることなく、日々精進ってとこですかね。やっぱり。
2006 06 13 06:58 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (7) | トラバ
2006.02.07
バカハウスの幸せ
細かいところまで養老先生が指定されたのかと思ったら、実際には藤森さんが「養老先生はこういうのが好きだろう」と好き勝手に作ってしまってもののようである。
(中略)
「自分に合う家」と思えるものを人に作ってもらって、そこに機嫌よく住んでいるというあたりに、「自我イメージ」というのは自分で決めるものではなくて、他人が勝手に「そう思う」ものであるという養老先生の持説そのものが具現化しているような気がする。
──内田先生の『内田樹の研究室』のエントリー「脳の迷宮バカハウス」より引用
ふむふむ。なんだかステキな話ではあります。この「自分に合う家」を人に作ってもらった時に、そこに機嫌よく住めるかどうかというのは、よほど作り手と住み手の間に信頼関係が成立しているか、住み手が破天荒なまでに寛容か、のどちらかによってしか成立し得ないような気がします。この場合は、両者ともかなりイイオトナなので、どっちもが当てはまるのかなと思いますけど。
こういうのは「ケンチクカセンセイが自分の作品性を重視して住み手の意向を押し切って設計をする」という、よくある建築家批判のプロトタイプの範疇には入らないのではないかと思いますが、皆さんいかが?
っていうか、ケンチクカセンセイがワガママを尽くしたとしても、それで住み手が幸せならそれでいい、という話もなくはないワケで、これは幸せなケースなのだろうなと思わずにはいられません。こんな仕事ができるように、編集長も精進せなあきませんな。幸せな仕事がしたい〜<ゼイタクか?
しかし、養老先生と内田先生の16時間の対談って、どちらもうらやましい。
毎度、編集長の話題は内田先生のところの話で「またかよ」と思う読者の皆さんには申し訳ないです。しかし、この内田先生、毎度毎度グッとくる文章を書いて下さるので、ついついネタ元にしてしまいがちなのです。これでもかなり我慢している方なんですが、今回の話題は藤森先生設計の建物で、かなり話題が編集長のそばままで来ているので、ついつい紹介してしまいました。
ではでは。
2006 02 07 01:44 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (3) | トラバ
2005.07.01
熊本アートポリス
県アートポリス 3代目コミッショナーに伊東氏 東京の建築家
県は三十日、くまもとアートポリスの建築事業の方向性を決め、建築家を推薦するコミッショナーに、新たに建築家・伊東豊雄氏(64)=東京都=を任命したと発表した。伊東氏で三代目。
伊東氏は東京大卒で、代表作にせんだいメディアテークなど。二〇〇二年にベネチア・ビエンナーレ建築展で金獅子賞を受賞。県内では八代市立博物館(アートポリス参加事業)などを手掛け、一九九八年から同事業バイスコミッショナーを務めてきた。
県庁であった就任会見では潮谷知事が「伊東氏は同事業とは深いかかわりがある上、国内外から高い評価を受けている」と任命理由を説明。「建築だけでなく、熊本駅前再開発など都市空間づくりについてもご意見を伺いたい」と話した。
伊東氏は「アートポリスは、建築は文化であることを全国で初めて表明した行政プロジェクト。熊本でしかできない建築で、熊本から世界に発信していきたいと思っている」と抱負を語った。
──「くまにち.コム 050701の記事」より引用
「くまもとアートポリス」は、1988年から熊本県が進めている建築文化事業です。アートポリスネットによれば、「質の高い建造物の建設を通じて、
熊本県全体にわたるまちなみや環境を中心とした、地域の整備・活性化を目指します。事業の範囲は建設だけでなく、展覧会やシンポジウムなど文化的イベント、出版や建築ウォッチャーのためのツアーを企画したりもしてきました。 このような事業を継続することで、やがては後世に伝えうる文化を熊本の地に創造しようという目標を持っています。」という主旨の事業です。
要するに、建築家を呼んできてデザインをさせ、建築文化の香り高い建物を増やしていこうというものだと、編集長は理解しております。藤森照信センセイの熊本県立農業大学学生寮(日本建築学会賞を受賞)もアートポリス事業です。ちょっと今リストを見たら、なかなかすごい建築が勢揃いではあります。このリンク先ではアートポリスのガイドマップもダウンロードできるようですよ、一度見てみては?
歴代コミッショナーは、磯崎新/高橋てい一氏が順に勤めてきていたと記憶しています。このたび、伊東センセイになったというのは、まあ、順当なところであろうと、衆目の一致するところではないでしょうか?そうでもない?
2005 07 01 09:58 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (2) | トラバ
2005.05.13
スタルク先生
4月に行われたミラノ・サローネの情報がぽつぽつとサイト上に登場しております。編集長は行ったことがありませんが、できれば一度は行ってみたい。
【参照サイト】
All About 「ミラノファッション通信」
日経BP 「新インテリア風景」
hhstyle.com 「2005 ミラノサローネ速報」
海外インテリアブログ
などなど
このミラノサローネ。正式名称は「"Salone internazionale del mobile"(ミラノ国際家具見本市)」といいます。イタリアのミラノで開催される世界最大の家具見本市で、毎年4月に開催されています。インテリアデザイナーとして最先端を目指すなら、必ず見ておきたいイベントです。
日本からのツアーなんかもあって、知ってる人は知っている。毎年行く人は毎年行くという感じですね。まあMacの世界で言えばAppleのWWDC(Worldwide Developers Conference)みたいなものだと思えば、、、って、ちょっと規模が違うか。
個人で行こうとするとこの時期のミラノはどこもホテルが一杯、かつ郊外のホテルに泊まるとこの時期は道路が一杯というオソロしい状況になっているそうで、毎年年末ぐらいには予約の手続きを始めた方がいいらしいですよ。
イタリアデザインってのは、日本ではなぜか、もてはやされています。編集長は、明るいくて楽しげで健康的な感じがウケているのだろうなと思っています。そういえば、編集長は副業の副業で、イタリア人建築家の事務所に参画して(いることになって)おります。サイトをご案内しておきます。
ドディチドディチ:http://www.dodici12.com/
今日は、このミラノサローネに出品されていたスタルク先生の話題。
上記の日経BP 「新インテリア風景」に、スタルク先生【Phillip Starck (1949-)パリ生まれ】の照明が出ています。これがどうもスタルク先生に似合わないサクヒンでして、スタンド照明の柄の部分が銃の形になっている、、。その名も「COLLECTIONS GUNS 」シリーズ。詳細は上記の日経BPのサイトか、スタルク先生のサイトをどーぞ。
スタルク先生と言えば、日本では、隅田川沿いのアサヒビール本社(巴コーポレーションのサイトにリンク)【金色のうにょうにょが乗っているやつ】とかnaninaniが有名です。TOTOさんの子会社セラトレーディングのデザイン陶器にも彼のデザインのものがあったような気がします。その名も「スタルク」シリーズ。よく雑貨やさんにあるカッコイイ「レモン絞り器」は、見たことある人も多いのでは?
スタルク先生のサイトをご覧になれば分かる通り、建築だけじゃなくて、工業製品とか家具とか照明器具、など、様々な分野でその才能を発揮しています。自動車のデザインもしているようです。
編集長的にはアサヒビール本社(アサヒビールのメインサイトにリンク)を初めて見たときは「こいつはアホか?」と、正直思いましたが、、。最近は「結構スキかも♪」と思っています。フォルムの美しさへのこだわり。徹底的に形にこだわる姿勢がステキです。どうも編集長にはそのアタリの勢いが欠けているので、こういう姿勢にアコガレます。
で、前述の「COLLECTIONS GUNS 」なんですが、どうも美しくない。サイトを見るに、どうも平和とか安全とかそういうメッセージを込めているような雰囲気も伺えますが、編集長は断言します。
「スタルク先生!デザインにメッセージを込めるなんて下世話なことは止めて下さい。」
サクヒンの意味や、成立経緯、歴史上の位置づけなんかと無関係に「フォルムで勝負。カッコイイ」を貫いて欲しいなあ。
2005 05 13 05:51 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (4) | トラバ
2005.05.11
シドニーのオペラハウス
一つの建築が国のイメージを変える
ところがこの「白い帆」をどんな材料でどう作ればいいか、ウツソン自身も世界トップレベルのプロのエンジニアたちもなかなか答えが出せず、見切り発車で基礎工事が始まった。それでもなお、解決の見通しはたたない。そうこうしているうちに予算はふくれる一方となり政権も変わり、ウツソンへの風当たりはいよいよ厳しくなった。
ついに66年、彼は辞表を出し、プロジェクトを離れた。73年、仕事をひきついだ地元の建築家チームの手で建築が完成した際、総工費は当初予算の約6倍であった。
無駄な公共工事、税金泥棒、建築家の独善、無責任……今日の日本社会で問題とされている公共工事への批判がほぼすべて先取りされた。この建築のトラブルが原因で政権が交代したとまで噂(うわさ)された。
しかし半世紀たった今、この建築の悪口をいうオーストラリア人はほとんどいない。ここで開催されるイベントは年間1600を超え、世界有数である。
ウツソンは2003年、建築界でもっとも名誉あるプリツカー賞を受賞した。審査員の建築家フランク・ゲーリーはこう讃(たた)えた。「あれほどの妨害と批判にさらされたにもかかわらず、彼はたったひとつの建築が、国全体のイメージさえも変えられることを証明した」。オーストラリアを思い浮かべる時、確かに多くの人の頭の中で、この「白い帆」が揺れているかもしれない。
──「asahi.com『奇想遺産 シドニーオペラハウス』(隈研吾)」より引用(引用文のタイトルは編集長による)
隈さんの文章は分かりやすくていいですね。というか凝縮されているので(略)を入れるところが見つからず、長文の引用となりました。実は編集長、ヨーン・ウツソン【John Utzon(1918-)】が、事情があってオペラハウスの設計者を降りたということは知っていましたが、それ以上の詳細な事情を知りませんでした。とても大変だったようですね。
この前後のウツソン氏の状況は、前川事務所からオペラハウスのコンペに勝ったあと、ウツソン事務所に移籍した三上祐三さんが、JIAのサイトに書かれていますので興味のあるかたは是非どうぞ。かなり面白かったですよ。また、編集長は未読ですが三上さんは「シドニーオペラハウスの光と影―天才建築家ウツソンの軌跡」という著書も書かれていますので、気になる方は読んでみては?
ウツソン氏は1918年のデンマーク生まれ。だそうです。オペラハウスのコンペが1957年ですから、この国際コンペに勝った時、39才(38才?)の時だという計算になります。(うわあ、ちはるさんどうしよー。私たち、あと3年しかないよ、、、って何もウツソン氏と張り合うこともないわけですが、、、)
上記の三上さんの文章中にウツソン氏によるオペラハウスのスケッチが載っています。なんだかウマいのか下手なのか良くわからないドローイングです。でもオペラハウスであることは分かります。これをスケッチした時には、ウツソン氏の頭の中には、今シドニーに建っているあの建物の姿がほぼ出来上がっていたんでしょうね。うーん。あやかりたい。
ウツソンさんは今や第一線を退いているようですが、息子さんがそのあとを引き継いだようで、コペンハーゲンに事務所があります。興味のある方はUtzon Assosiates Architectsをご覧あれ。
2005 05 11 12:30 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2005.04.16
ツールとしてのCAD(2)
予告してしまい、コメントまで付いてしまったので、重い腰をあげて「ツールが人に及ぼす影響」などということを考え始めたのですが、どうにも考えがまとまりません。こういう時は思いつきを網羅的に書き記すことから始めるのが「編集長流」の文章作成技法です。
ここでいきなり本論に突入してしまうのですが、こんな技法が使えるのも、実はエディタみたいな便利なものがあるから、という見方はありえます。例えば、これがワープロなしの手書き路線なら、山ほど京大型カードを使って、関連するものをホチキスで止めて、大きな紙にポストイットを貼りまくって、KJ的なことをやって、文章を書いては消し・切り取り・張り合わせ、、、。なんてことになりますよね。
ワープロがあればこんな作業がものすごく簡略化できます。と続けようとしたのですが、よく考えたら、結局やっていることは手書きでもワープロでも一緒みたいな気がしてきました。
なーんだ結局やってることは一緒じゃん。ちょっとワープロの方がこの作業が気軽にできるだけなのですね。これこそワープロがツールであるという所以です。ワープロがどんなに便利でも、創作活動を私たちに成り代わってやってくれるワケでは全然ない。
というワケで本日は、寄り道企画として、いったんCADを離れて、おとなりネタである「ワープロ」について考えたいと思います。
編集長はテキストエディット(MacOSX標準のエディタ:ワープロとはいいませんが、、)がなければ今や文章を書くことができません。ワープロは間違いなく「モノを書く」という作業の意味を引っくり返したのではないかと思います。コピペで再編集なんてことができるし、一度書いたものは使い回せるし、見た目はキレイだし、フォントも色々揃っている。
出版業界もずいぶん変化したのではないでしょうか?植字屋さんとか写植屋さんなんて商売は、おそらく今やなくなってしまったのではないですか?誤植なんて言葉も今やなくなったのでは?(そりゃ誤植じゃなくて入力ミスだものね)
思えば卒論・修論は研究室のRICOHのワープロだったなあ。修論はラップトップを使わせてもらって、ちょっとうれしかったことを思い出しました。そこでブラインドタッチを覚えたことですよ。あの頃はタイプライター向けのタイピングの教科書なんてのがあった。
でも、創作活動(といって大げさなら文章を書くこと)そのものの本質「何かを考える主体がいて、表現したいと思い、それを表出するということ」は何も変わっていないのですよね。
一方、コンピュータ上で文章を書くことの問題点は何でしょうか?
編集長は時々、ワープロで長い文章を書いていると、書いているものの全貌が見えなくなります。私はこれを「コンピュータ上の作業における概覧性の欠如問題(※1)」と呼んでいます。これはpdfブックとか、画面上のA1図面とかでも同じことなのですが、全貌が見渡せないことに根本的な問題がある。もう少し正確に言うなら、細部と全体を同時に見渡すことができないという問題と言えるかもしれません。
コンピュータでは、モニタの面積の制約上、どうしても全体を見るのがやりにくい。細部は拡大すれば見えるのですが、全体像を見るのには苦労します。例えば、模造紙にポストイットを貼ったり、A1の用紙に直接鉛筆で描いたりするのに比べると分かりやすいと思いますが、モニタ上では細部と全体を同時に見ることは不可能です。
この問題が解決できれば、つまり、細部と全体を一度に見渡すことができれば、コンピュータによる作業の生産性や作業のクオリティは格段に上昇するのではないか。
これが編集長のいう「概覧性の欠如」の概念です。だれか抜け道を見出して下さい(と、人任せ)。世の中にはアウトラインプロセッサのようなものもありますが、どうも使い勝手が悪い。結局アウトラインしか見えませんからね。
実はMac OSXの10.3 Panther以降に搭載されている「Expose」という機能が、いくらかこの状況の改善に役立ってくれるかと期待していて、導入当時多用していましたが、ここのところあまり使いませんな(笑。あれは概覧するものではなくて、邪魔なウィンドウをよけるためのものなのでしょう
唯一の解決法は、A1サイズの超高解像度液晶モニタとかかな?(高いよ、きっと)あ、でもそれでは解決できない問題もある。それは「本の厚み」が持つ情報。本の厚さって重要だと思いませんか?pdf書類には厚さがないから、どこに何が書いてあるかがわかりにくいんですよね。【あ、脱線してる?】
なんか寄り道だらけな文章だけど今日のまとめ
「とりあえず書き始める」という乱暴なことができるのが、ワードプロセスが容易なワープロの利点ではあるかと思います。
メタなネタで始めたくせに、なんだか普通にまとめちゃいました。
たぶんこの「とりあえず書き始める」のが楽なところにコンピュータ上の作業の特色があるのかも知れません。このことは、本紙編集部がこの「ツールとしてのCAD」シリーズで目指している「CADやらブログやらの「ツール」が人の思考にどんな影響を与えているかということをを考える」ためのとっかかりにはなるかもしれませんね。
本日はココまで。本丸に攻め入ることなく、またまた次号に続くのでした。(ホントに続くのか?)
【註記】
この「概覧性」という日本語、どうやら普通の日本語ではないらしく、私のIM(頭の悪いことで有名な「ことえり」ですが)は、これを一発で出しません。Exciteの辞書でも出ませんでした。ただし、Googleに放り込んでみたら41,000件ぐらいヒットしたので「スローまちづくり」よりは一般的な言葉なのだろうとは思います。
気になったので、いろいろ検索してみました。
概覧── 41,100
概要──13,000,000,000
概観── 765,000
梗概── 205,000
概論── 606,000
概了── 690,000
概了が意外と多いなあと思いましたが、かなりの部分が中国語のサイトのようです。
あまり参考にはなりませんでしたね。
2005 04 16 08:45 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (2) | トラバ
2005.04.15
ツールとしてのCAD(1)
今日の記事を書くきっかけとなった巴香堂さんにトラバ
普段私たちが図面を引くときには、CADを使っています。分からない人のために解説するとCADというのは、普通私たちはキャドと呼んでいるもの。「この先の交差点を右に曲がって、3軒目のたばこやさんのCADを曲がって、、、」て、これこれ、それはカドやんけ。
もとい。
CADというのはComputer Aided Designの略。つまり電脳支援デザイン(電脳支援設計ともいう)という意味。平たく言えば、コンピュータを使って設計をする(あるいは図面を書く)ことを指します。CADソフトというソフトウェアがあって、これは設計に特化したドローソフトみたいなもので、基本機能としてはAdobe Illustratorとあまり変わりません。このCADソフトのことをCADと呼ぶことが多い。
電脳支援設計と言っても、設計の何もかもを支援してくれるワケでは全然なくて、施主の意向や周辺の環境・敷地の形などをもとに、どんな配置にすればいいか、どんな外観デザインにするのか、というようなコトを、私たちの替わりに考えてくれるワケではありません。
つまり、結局は図面をキレイに書くためのドローソフトで、これにいろいろな機能がついているだけのもの。いつも使っている納まりをデータとして使い回せたり、立体にしてぐるぐる回せたり、仕上の積算と連動してくれたり、法律上どこまでの大きさのものを作ることができるのかを計算してくれたり、他に何かあったかな、、。ま、そういう機能がついている。
まれに、モデリングソフトと連動させたり、3次元スキャナと連動させたりしながら、特異な形を生み出す手だれもいることはいますが、まあ、電脳支援といったところでその程度。
実は、3Dのコンピュータパースに「おおっ」といって驚いてもらえるのも今や過去のことになりつつあって、今設計コンペでケンチクカ皆がやっていることと言えば、CADで書いてプリンタで出力した図面やパースを手描きでトレースして色鉛筆で色塗ったりしている。
このコンピュータ離れ&手描き回帰の動きと、都市における逆ドーナツ・逆スプロールの流れと、スローライフの流行は、意外と根っこが同じだったりするんじゃないかなと思っているのですが、さすがにこれは飛躍しすぎているので、また今度
建築に限らず、家具でも工業製品でも、そうなのですが「何もないところから始まって、何かモノが作られるとき、そこには論理の積上げだけでは解決し得ないある種の跳躍が必ず発生する」もので、デザインというのは言ってみればこの跳躍の部分にキモがあると言って良い。
そして、この「不連続」を飛び越えるためにはある種の「エネルギー」が必要であって、このエネルギーを使って不連続を飛び越える行為がデザインであり、その主体がデザイナーと呼べるのではないかとこのブログで誰かも言ってました。
そして、今のところ、私たちに替わってこの跳躍をしてくれるようなCADソフトは存在しないし、これからも、そんなものは出来ないだろうと思います。
で、ここまでが前置き。実はここから先が今日のテーマのつもりでしたが、今日はこのくらいにしておきます。明日は「ツールはデザインあるいは人の思考にどれだけの影響を与えるか」をテーマにしてみたいと思います。CADは建築デザインに影響を与えているのか、とか、ブログという形式は人の文章にどれだけ影響を与えるのかという話も。(<いや、さすがにそこまで踏み込むのは無理かなあ。たいがい予告するとダメなんですよね。編集長の場合)
【4月16日追記】
CADがらみでは「あさみ新聞」に「設計作業中」という2004年10月のエントリーがあります。コメントを含めてご覧下さい。
2005 04 15 08:43 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (21) | トラバ
2005.03.20
宝ケ池プリンスホテルについて
中村謙太郎さんのブログにトラバ
「撤退リスト入り」に戸惑い 宝ケ池プリンスの関係者ら
西武グループ経営改革委員会がリストアップした売却・事業撤退候補の中に、京都宝ケ池プリンスホテル(京都市左京区、322室)が含まれていたことが18日、明らかになった。円筒形のユニークな外観で知られ、京都国際会館で開かれる国際会議の参加者の宿泊施設として利用されてきた同ホテルも、近年は赤字体質から抜け出せないでいた。
(中略)
同ホテルは建築家村野藤吾氏(故人)が基本設計した円筒形のホテルで、86年10月に開業。比叡山を望み、「高級リゾートホテル」と位置づけられた。同ホテルの進出をめぐっては、京都へのサミット誘致を目指す京都の経済界から働きかけもあったといわれている。
(後略)
──「asahi.com の記事050318」より引用
村野藤吾センセイのサクヒンですね。適切な写真がまたも見つからないので、ホテルのサイト「京都宝ケ池プリンスホテル」でご覧下さい。
西武グループは、今、どうも苦しいことになっております。まだまだ建物は使えそうですので、どこかが買い取ってホテル運営をしてくださると、村野センセイにも申し訳が立つというものです。しかし西武がやって赤字なものを引き受ける受け手がいるのかどうかは問題ですね。いやいや、西武だからアカンという可能性も大いにありますけどね。
編集長は、村野センセイのファンでございますので(この状況であれば、おそらく建物が消滅することはないでしょうけど、なくなったりしたら)「もったいないじゃん」と思ってしまいます。村野さんだからっていってことさらに「残さなくちゃ!」となるのも「どうなの?!」と思わんでもないですが、、、。
自分で振っておいてこの話題(すぐ上の「どうなの?!」の部分のことです)、突き詰めると、また長い長い物語になってしまうので、それはまた後日。
簡単に言うと、、、、。村野藤吾の作品=“残せ”、あさみ編集長のサクヒン=“どっちでもいい”と書けば分かってもらえるかも知れませんが(もらえないか、、じゃ、あさみ編集長のところにあなたのお名前を入れて下さい。これでどう?)、残す残さないの判断は、決して一義的に決まるものではないということが言いたい。
ただし、建物は文化であり、村野氏は間違いなく戦後の(ん?、、戦前もか?)日本の建築文化の一翼を担って来た建築家です。その方の設計の建築が消えて行くことには、編集長は異議を唱えたいと思ってはおりますですよ。と言い訳だけはしておきます。(まあ、しかし、中村謙太郎さんのブログによれば、村野氏本人が亡くなってから2年後の建築らしいです。そんなことまで考え始めると難しくなっちゃうなあ。)
さて、この建築の保存問題(古代〜近現代の建築を問わず)については、案外、どれだけ多くの人に愛されている、あるいは敬われているかが、かなりな部分を左右しているのかも知れないというのが、今のところの編集長の直感です。だから、残してもらいたかったら愛されなくちゃいけないんじゃないかな。と思うワケですよ。
ここでは「愛されてりゃそれでいいのか?」という問題については触れません。ごめんなさい。「ホリエモンの新聞構想」と「既存の報道、あるいはジャーナリズム」の対立ではないですけど、人気さえあったらそれでいいのかどうかは、ちょっと慎重に考えたいと思います。編集長的には、結論が出ていません。
ああ、やっぱり長くなっちゃったよ。<でも、まじめにやるともっと長い
さて、編集長。実は、恥ずかしながらこの建物をまだ見てません。早いうちに行っておかないといけないかな?。行っておきたい建物リストに加えておきます。
2005 03 20 08:00 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (13) | トラバ
2005.03.19
都城市民会館について
都城市民会館の「存続」「解体」を併記した中間報告
宮崎県都城市の都城市民会館の今後の活用策を検討する「市民会館管理運営対策プロジェクトチーム」が、中間報告を公表した。同会館は、建築家の菊竹清訓氏の代表作の一つで1966年の開館。「現状のまま存続」、「大規模改修して存続」、「解体」という3 つの方策について、コストの積算をしたもの。市民に長年親しまれてきたランドマークを保存するか、厳しい財政状況の中で「結論の先送り」を避けるか、「市民ニーズの確認が必要」として、3案を併記するにとどめた。
──「KEN-Platz (nikkeibp.jp) 050317」より引用
昨日のエントリーにて、建築ネタを予告しましたが、どっちかというと歴史ネタに近いかもしれません。
都城市民会館は、菊竹センセイ(菊竹清訓)のサクヒンです。すぐ見られる場所にあまりいい写真が発見できませんでした。このあたりからたぐって見てみて下さい。編集長的には、かなり暴力的なデザインとも思いますが、カッコイイっちゃカッコイイです。菊竹さんって、やっぱり60年代の人だなあ。
この中間報告書は都城市のホームページから入手できます。(こちら)
この報告書では、結局市民の代表者で「市民検討会議(仮称)」を設置することや、構造診断の実施を求めているそうです。構造診断は費用がかかるため、まずは予備診断を行うことにした模様。そして市民ニーズ、経済的検討、文化財的価値を踏まえて2005年度中に市長に最終報告を行うとのこと。
編集長としては、こういう建物も歴史的建物として残しておいてもらいたいと思います。しかし、それは市民の皆さんが考えることだとも思っています。そして、その判断の過程で、ぜひ、この建物の価値(経済的・制度的・愛着的・歴史的・思い出の風景的な価値)を洗い直す作業を丁寧にしていただきたいと思います。
この場合、残すとしたら、どれだけの費用がかかるのかという問題になりますよね。このために耐震診断(上記記事中では構造診断)を行おうというものなのですが、耐震診断ってのは、「まあ、とりあえずやってみよう。」で行うには費用がかかりすぎるという問題があります(この市民会館の場合2300万円位かかるそうな)。
実は、建物がどんな状態であっても、お金さえかければ補強はできます。ほとんど今の技術にできないことはないと言ってもいい。だとすれば、あとは補強改修にどれだけの費用がかかるかが判断の分かれ目になる。実は、基本的に、耐震診断というのは建物を残す(存続させる)ことを目的に行います。(だって取り壊すものに何千万円もかけるのはおかしいですからね。)だから診断の議論は常に補強計画とセットになります。で、あればこそ、やはり、残せるか残せないかではなく、残すとしたらいくらかかるのかという事が問題になるというワケ。
耐震診断なんかしなくても、構造の専門家(設計者ね、大学の先生じゃなくて、、)を一人呼んでくれば、補強改修にどれぐらいの費用が発生するのかは大体分かります。(経済的・制度的に)残せるのか残せないのかの議論をするよりも先に、残したいのか残したくないのか、それは何故なのかという議論をきちんとしておくべきであると編集長は考えています。
近現代建築の保存問題についての試論
さて、この話題をヒントに少し、近現代建築の保存問題について考えてみました。でも、今日は「なぜフルイ建物を
残さなくちゃならないか?」という問題については触れません。この深遠なテーマについてはまた後日。
近現代建築保存の現状
このような戦後建築の保存問題がぽつぽつと出て来るようになりました。初期には、十数年前、都庁舎が問題になりましたね。これらを文化財の視点からどのように取り扱うかということが、新しい問題となりつつあります。昭和以降の建築物で重要文化財となっているのは、未だ、わずかに12棟(出典:文化庁「文化財の保護・有形文化財」)です。(実は、この12棟の内訳が手元に資料がないので分かりません。リストの在処をご存知の方はお教え下さいませ。)この資料をもう少し丁寧に見て行くと、明治時代361棟、大正時代62棟、昭和12棟となっていて、江戸期の1934棟や桃山433棟、室町715棟などと比べたら、ものすごく少ないですね。この少なさの理由の一つには、まだ時代の評価が固まっていないというコトもあるのですが、大正・昭和の建物なんて、実際に使用したことのある人々がまだたくさんいらっしゃいますから、その重要性が認識されにくいという事情もあるようです。こうしたことを背景に、編集長は、大正・昭和以降の建築物がどのように残されるべきなのかを真剣に議論することが急務であると考えています。
手をこまねいているうちに建物は無くなって行きます。
登録文化財の可能性について
そこで文化庁は考えました。第2次世界大戦前後くらいまでの歴史的建物を保存する方策の一つとして、登録有形文化財の制度が平成8年にできています。通称「登録文化財」と呼ばれています。この登録有形文化財については、文化庁の説明が分かりやすいので引用しておきましょう。
この登録制度は,近年の国土開発,都市計画の進展,生活様式の変化等により,社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代の建造物を中心とする文化財建造物を後世に幅広く継承していくため,届出制と指導・助言・勧告を基本とする緩やかな保護措置を講じる制度であり,従来の指定制度(重要なものを厳選し許可制等の強い規制と手厚い保護を行うもの)を補完するものである。
──文化庁「文化財の保護・登録有形文化財」より引用
のんきにやっていたら間に合わないから、とりあえず登録だけしてもらおう。というのがその主旨。しかし、この登録文化財は、登録に値するかどうかを、竣工後50年を経ているかどうかを基準に判定しています。都城市民会館の竣工は1966年。まだまだ登録文化財にもならないのですよね。手をこまねいているうちに無くなってしまうのを問題にするのであれば、この登録文化財の基準を、少し見直した方がいいのではないかというのが、今日の結論。
皆さんの身の回りにも、「これは残しておいて欲しいなあ」・・・っていう建物、ありませんか?
2005 03 19 04:48 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (5) | トラバ
2005.02.24
子供部屋の間取り
長男が小学生になる。子ども部屋をどうしようか。空間配置だけの問題と思うのに、そうはいかない。小さいうちは親が居るリビングに机を配置せよと言う人もいるし、長じてから個室を与えれば自分の権利と思って親に立ち入らせなくなる、幼いうちから与えて親も出入りすべきという人もいる。要するに、間取りではなく子育て論になっているわけだ。
──「間取り」小橋昭彦(MM『今日の雑学+』050224)より引用
小橋さんは「今日の雑学」を以前は毎日、最近は週1回発行し続けているネット上の有名人で、兵庫県人です。1〜2年前、春日町に戻ってお仕事をされています。あまり建築ネタになることはありませんが、今日のネタが「間取り」だったので、ケンチクカとして反応してみました。
この問題、我らが故宮脇檀センセイは「個室なんかいらん、ずっとリビングで暮らしたらいい」という主張をしてらっしゃいました。間取りのみならず、ケンチクカが建物を設計するときには、おのずと住宅であれば「子育て論」とか「夫婦のあり方論」「高齢化社会論」などなど、学校であれば「教育論」「子供のための空間論」、博物館であれば「博物館学」「ディスプレイ論」などに踏み込む必要が出てきます。場合によっては、ケンチクカがそこまで踏み込まなくても、施主側できちんと考えているので、建物の設計さえしてくれたらいいというクライアントにも出会います。
この種の問題、ケンチクカがどこまで踏み込むのが良いのか?職能としてどこまで踏み込む責任があるのか?は、大変微妙な問題であるといえます。
私たちがケンチクカである前に建築コンサルタントとして、クライアントが求める建物性能を最もよく発揮できる建物を設計していくことは大変重要なことで、それが建築設計の目的であるといっても過言ではありません。
さらに欲を言うなら、クライアントが求める以上の可能性を実現できるような設計ができればなお良しというところでしょう。そうなると、必然的に「子育て論」だとか「夫婦のあり方論」に踏み込まざるを得ない場合も出てくる。住宅の設計で、ケンチクカとの相性が問題になるのは、実はここの部分にもあるのでしょう。
踏み込まれて気持ちよい、踏み込んで役に立ちたい、そういうクライアントとの関係が、ケンチクカにとって幸せであることは言うまでもありません。
と、もう一つ教科書的なまとめ方で、編集長としては不満ですが、今日は以上。
編集長と娘(4才)の関係で言えば、寝るため、プライバシー維持のための最低限の個室は与えてたげるから、普段の生活はリビングでしなさい。と言いたいところですが、これは子育て論以前のお父さんの希望というところでしょうか。
2005 02 24 06:00 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.12.03
内から考えるか、外から考えるか
プロフェッサー藤森によると世には
「内から考える建築」と「外から考える建築」
とがあるそうな
内部のディテールから始める建築家もいれば
ファサードのイメージから始める建築家もいると
──blog「家について記録。もしくは妄想。」 041128のエントリーより
「家について記録。もしくは妄想。」さんにトラバ。なかなか奥が深い議論ではあります。
かつて似たような話を卒論でやったような気がします。その時は「上から、下から」だったと思いますが、、、。もう一つ思い出すのは、確か松葉一清氏だったと思いますが、丹下健三と村野藤吾を比較して同じような議論をしていました。丹下さんは外から派、村野さんは内から派みたいな区別をしていたような。原典が手元にないのでうろ覚えですけど。
大きなところから考えるのか小さなところから考えるのかというのも似たような区分の仕方ですね。
私は建物の身体性というか、生活感みたいなものは大切にすべきだと思っていて、一時期「ドアノブ」のデザインを丹念にやっていけば、それが建物全体に及んでいって大きな建物になっていく、というような設計ができるのではないかと考えておりました。今でも考え方としては編集長にとって憧れを残す考え方ではあります。しかし、コトはそんなに単純ではありません。
この場合のドアノブは単なる一例にすぎないですが、手に触れる・目に見える・体で感じられる小さなものを積み上げて行けば、どんな大きな建物でも作れるのではないかと思っていたのです。宮脇檀氏が、超高層ビル(だったかな)の設計依頼が来たらどこから手をつけていいのか分からないのでエントランスの床材の選定から始めるかも知れない、といっていたのも似たような(?)ものかも知れません。
ただ、宮脇センセイがそう言っていたとしても、やっぱりコトはそんなに簡単ではありません。建物ってのは外側も内側も重要で、どちらから作るかというような単純な議論でばっさり切ってしまうことには無理があるようです。もちろん宮脇センセイは、そんなことは先刻ご承知なのでしょうが。
敷地を与えられ、予算を与えられた時に、まず普通の設計者が考えるのは、敷地がどんな環境にあるのか、周囲の状況とどう呼応するかという問題と共に、建築法規上と予算上から、その敷地に最大限どれだけの大きさの建物が建てられるかということだと思います。その上で、施主の希望をどれだけその大きさの中に詰め込めるかということを考えて行くというのが普通の手順でしょう。
施主の希望のままに、ウォークインクローゼットやら寝室専用の風呂やら、書斎やら、シューズクロークやらをべたべたとつなげていけば、図面上では施主の希望をかなえられても「予算に納まらない」などの問題が生じるのは必定です。それだけならまだしも、「敷地に納まらない」とか、「法規違反になってしまう」など、設計者として最も恥ずべき事態を生まないとも限りません。
そういう訳で、内から設計しようとしても、必ず大きな外側条件は押さえておくのは設計者として当然の作業です。大きな外側条件と内側条件を両方から攻めて行って、その中間に上手な着地点を見出していく作業が、建築設計という作業の重要な一要素だと言えるでしょう。その過程で「お施主さま、本当に書斎なんか使うんですか?。居間の隅に専用スペースがあれば良いのでは?」などという生活提案を行いながら、ギリギリの線を見出して行く。
おそらく、建物のデザイン(意匠とか装飾とかいう意味でのいわゆる「姿・形をきめる」作業)が論議されるのはそれが済んでからということになるんじゃないかな?まあ、もちろん、どんな姿形にまとめていくかというのは、設計者の頭の中に常にあることはあるのですが、、、。
という感じでモノの形がどのように出来上がるのかというような深い議論に陥ってしまうと出口がなくなってしまうので、今日はこの辺で。
結論としては、あまり内からとか外からとか限定して考えるとおかしなことになるということでしょうか。(どうも今日は議論に切れ味がないな。<いつもは切れ味があるのかって聞かれるとそれも困るんですけど。)
余談ですが「足し算で考える、引き算で考える」という考え方の区分も建築デザインの世界ではよく使われる言葉のような気がします。モノの形を決める時に、とことん余分なものをそぎ落として洗練させていくやり方と、それとは逆に、何かを付加して行きながらモノの形を作って行くやり方があるというものです。敷地の中に建物をどう配置するかということを考える時に、必要な部屋の大きさを並べて行く方法と、敷地いっぱいに建物を想定しておいて建物を建てないところを削って行く方法では自ずと建物の形が違って来ますよね。コルビジェ氏が分かりやすいスケッチを残してませんでしたか?
えっ編集長はどうかって?
私個人の性向で言えば「内からで足し算」系だと思います(笑。
2004 12 03 11:07 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (2) | トラバ
2004.11.22
三鷹天命反転住宅
■建っちゃうんですねえ
荒川修作氏の「天命反転住宅」が竹中の施工で着工
現代美術家の荒川修作氏が自ら建て主となって建設する分譲集合住宅「三鷹天命反転住宅」が10月20日、東京・三鷹市大沢で着工した。
(中略)
荒川氏が集合住宅のデザインを手がけているが、実務的な設計については安井建築設計事務所と竹中工務店がサポートしている。構造は壁式鉄筋コンクリート造で地上3階建て。延べ面積は約760m2。分譲戸数は9戸。
──NIKKEIBP 2004年10月22日 18時53分
建物の計画自体は知っている人も多いとは思いますが正式に着工したって知ってました?画像はこちらの荒川修作氏のサイトをどうぞ「三鷹天命反転住宅」
関連記事等を総合するに、7月には確認申請は通っていたようですが、着工が遅れていて周囲を心配させていたらしいです。どうもとっつきにくい建物なので、編集長はちょっとこういうのは苦手ですが、食わず嫌いは良くないと思って、よくよく見ればちょっと中銀カプセルタワーに似ていなくもないです。なんか居住ユニットがわしゃわしゃとくっついているところがね。
んで、荒川のサポートに、竹中工務店と安井建築設計事務所が入っています。編集長は、荒川さんの『サクヒン』である「養老天命反転地」へ行ったことがありますが、どうもうまく消化できなかった記憶があります。やろうとしていることは分かるし、空間体験としてはなかなか面白かったですが、本当にそれが巨大な装置として必要なのかと問われたら「?」と返すしかない。
そう書きつつよくよく見れば、この住宅、養老天命反転地よりはおとなしいというか、カッ飛んでないじゃないですか。床がRのところがある位ですか?編集長としては、例えばフラットな床面が一つもありませんというのであれば「その意気やよしっ!」で手放し賞賛したいところですが、さすがにそれでは分譲住宅としては売れないのでしょうね。床が斜めな家なんか住めません。私も。
施主は誰かと思ったら、デザイナー本人だというから、そこでまた、ちょっとそれはどうなの?と思ってしまいました。できたら公営住宅でやって欲しかった。最後は安井建築の佐野社長の言葉で締めくくっておきます。
佐野吉彦社長は、荒川修作氏のプロジェクトをサポートする理由について次のように話す。「荒川さんの『身体性の復権』という考え方は、日本の建築界を変える重大な契機になると受け止めている。荒川さんが投じる『石』によって、閉そく状態に陥っている建築界に波紋が生じるだろう」。
──NIKKEIBP 2004年07月20日 17時48分
そうなんです。身体性の復権なんですよね。ふう。でも本当に日本の建築界に波紋を投げかけるような建物なのでしょうか?私には良くわかりません。
どうもまとまらないなあ。苦手なジャンルに手を出すからこんなことになるのです。嫌いではないんですが、手放しで好きだと言えないんですよね、こういうの。なんでかな?ともあれ、良い意味でも悪い意味でも「建っちゃうんですねえ、、、、、」というのが私の感想でした。では。
【追伸】
リンクを貼るついでに養老天命反転地のサイトを見ましたが、竣工当時よりも緑がわしゃわしゃとしていて、なかなかまったりとした良さそうな所に成長しているではありませんか。荒川先生がここまで読んでいたのだとすれば、すごい。この三鷹の住宅の方も期待できるかも知れません。
あ、こんなマンション売れるのかいね、と思う人はいるかも知れませんが、編集長のヨミでは、このマンションは売れると思いますよ。発売即日完売ではないでしょうか。なんといっても荒川氏ですからね。しかし、建主がデザイナーってことは、どこのデベロッパーもマンションビルダーも手を出さなかったということですね。これで完売したら、日本の建築業界の懐の薄さが露呈してしまいます。そっちの方がピンチだわ。
2004 11 22 10:07 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (2) | トラバ
2004.11.20
建築設計製図
さて、設計製図をやっていて、また、最近の学科での戦略会議に出ていて、考えさせられることがある。全員が建築系研究室に進まない(進めない)という実態の中での「必修設計製図」はなんぞや?、と。
で、その答えは・・・
「建築の製図を行なうこと」が、環境を考えるときの何らかの方法論として有効なのではないか?ということだ。プレゼンテーションや、模型を使って考えること、つくるために調査する姿勢、手で考えること、絵にして考えを伝えること、などなど。
彼らに「建築設計製図」が直接役に立つから教えているのではなくて、「建築を考えるプロセス」がこれからモノをつくり出す上で有効だからだ、と考えて演習を組み始めている。
──『ポリタン・コスモ』(hiraさんのブログ,2004年11月19日)の記事より引用
hiraさんの「復帰か?設計製図演習いってみよか。」にトラバ。トラバの作法が良くわかってないので、あさみ新聞スタイルで始めます。とにかく、なんだか大変そうだけど、hiraさん体にだけは気をつけて下さい。
あさみ新聞では、編集長の守備範囲でないことから、建築教育については割と意識的にその話題を避けてきました。教育の現場をナマで知らないから仕方がないのです。今回はhiraさんが話を振ってくれた(振ってないって!)ので、ちょっとだけ思うところを。
hiraさんのおっしゃる通りだと思います。「建築を考えるプロセス」の訓練が役に立つのだと思う。だとすれば「建築設計製図」という呼称が問題なのではないでしょうか?
ちょっと脱線します。
実は、私の廻りの、建築教育を受けた人たちが、かなり無批判に『製図』という言葉を使うのが、前から気になっていました。これは語義の問題で、編集長のこだわりでしかないのかも知れませんが、念のため、まず辞書を参照。
せいず 【製図】
((名・ス他))定規・コンパスなどを使って図面をかくこと。
──岩波国語辞典第5版より
というように、『製図』ってのは、図面をかくことにすぎないワケです。だとすれば、私が日頃建築設計の現場で行っていることは、単に『製図』ではない。
もちろん自分が考え出した建築の姿を他の誰かに伝えるための手段として、図面は重要です。そして、それが建築の世界での共通言語であるなら、図面の一般的なルールを身につけることは、建築を職業にするものにとって重要です。でも、重要だけどそれだけです。
製図技法を身につけるのは、いわば言語を習得することに似ていて、実は一番大切なのは、その言語を使って何を表現するかということだと思うのです。しかも、建築設計の場合、他の誰かに自分の考えた建物の姿を伝える方法は、図面をかくことだけではありません。モノの形や納まりを考えることは、少なくとも私にとっては製図ではない。
とすれば、つくるために調査することや、模型や手を使って考えること、考えたことを説明する力(プレゼンテーションの能力)などは、製図の範疇ではないんじゃないか?
で、元に戻って考えますが『建築設計製図』改め、『建築総合演習』とかせめて『建築設計演習』などに授業の名前を変更するところから始めるのはどうでしょう?たかが名称というなかれ。されど名称だと思います。言霊という言葉もありますし、それにふさわしい名前を与えるというのは、どんな世界でも重要です。
実は、ここにたどりつくまでに、案としてはいろいろと考えました。(『建築デザイン演習』、『建築表現実習』、『建築コミュニケーション演習』『建築アプローチ実習』などなど、、、、)でも、なかなか「つくるために調査し、手や模型を使って考え、仮説を実証し、ありとあらゆる方法を使って自分の考えを他の人に説明する」という一連の作業に名前を与えるのは難しいなあと気づきました。もしかしたら、それが『建築』なのかも知れません。
ともあれ、その授業の内容を『製図』に限定する必要は全くないというのが今回の私の主張です。
さて、ここまで、『製図』をかなり軽んじた発言をしてきましたが、一方で、かつての巨匠の手描き図面が、芸術作品のようであったということ(今でもそういう人はいます。)も、ここで考えておく必要があるかもしれません。
もし、私が言うように、図面が単なる情報の伝達手段だとしたら、線がきれいで、レイアウトも美しく、そして図面の端に描かれた走り書きのスケッチにまでも味がある、という図面への私のあこがれを説明することができません。(実は、村野藤吾全集なんてのを大枚はたいて買ってしまった編集長なのでした。)
このことをどう評価するか。それともしないか。というのは建築設計に関する態度の違い(と言って今日は逃げちゃうけど)と言っていいかと思います。ではでは。
2004 11 20 03:39 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.11.14
どこでもドア空間論
オフ会終了。興味深かったのはどこでもドア空間論。
皆さん。もしどこでもドアがあったらどこに住みますか?これって自分の居住環境に関する重要な質問ですよね。
【11/15追記】
えーとオフ会終了後、酔った頭で忘れないようにとアップしたエントリーです。
トラバいただいたのに気を良くして「トラバ大募集キャンペーン」を実施します。みなさんばんばんトラバお願いね。ってかなりマイナーだからなあ、、、この新聞。
2004 11 14 12:09 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (4) | トラバ
2004.11.12
家族論から住宅を考える
■「家族論—それは住宅という建築の形式か内容か—」
住宅を考えるには家族について知らなければというように、ハード(建築)をやる際にソフト(内容)を知悉しなければならない、といったら話は通りやすいかもしれないが、あまりに正当な意見でありすぎ、かえってそれは本当かなどとひねくれて問い返したくもなる。基本的にソフトとハードの間には必ずずれが生じるからである。いくらソフトに密着しても、それがうまく機能するとは限らない。例えどのように調査主義的に事実を並べても、そこから立ち上げられる、例えば「生活」像なり、「家族」像なりは、一旦抽象的なモデル化を経てはじめて成立する。同様にこれを空間の配列に置き換えていく作業もまた無媒介的に自律するわけではない。図式化されたプランは抽象物(これもモデル)であり、現実の空間はそれに留まらない次元(美的な、あるいはデザイン的なと限定するつもりはない)をもっているからだ。さらには現実にその空間に介在してくる人間も計画通り振舞うはずはない。時間的なファクターまで入れればそのずれはさらに拡大する。私は計画は可能性をつくりだす(それがなければ建築をつくる意味はない)とともに、それ以外の可能性を──閉め出すとはいわないまでも──著しく限定するという意味で一種の(権)力の行使であると思っている(これは設計者がユーザー・フレンダリーか否かとは別のことなので念のため)。しかしそれに対してユーザーが計画意図を裏切る自由をもっているとも思う。このずれは建築を廻る最も面白い要素なのではないか? しかし、だからといってソフトはどうでも、ユーザーが何とかするさという話でもない。とりわけ私のように思想的な意味に関心をもつ者にとっては、ソフトがもつ思想的な意味(正直ここが微妙で説明しにくいのだが、社会学的な意味とはあまりいいたくない)はそれ自体として関心を惹く事柄である、と、(後略)
──「家族論─それは住宅という建築の形式か内容か?」八束はじめ(「10+1」2004/05 より)
太字強調は引用者による
八束はじめさんは相変わらず難しい言い方をしますね。家族論の冒頭のマクラの部分から引用しました。なんとなく心に引っかかった(悪い意味ではありません。「釣り上げた」くらいの意味)のでコピペしといたものです。思うところを書き始めてみたら、最初に企図していたより面白くなりそうな予感。
まず、上記引用を要約すれば(せんでもええような話ですが)
建築は生活の新たな可能性を開くという力があるが、
それ以外の可能性を限定するという意味で計画とは権力行使である。
⇅ この間に生じるズレこそが建築の面白いところ
一方、ユーザーはその計画意図を裏切る自由を常に持っている。
という感じですかね。どんなに施主を知ろうとしても、建築家が措定する「施主の生活像」には実体とのズレがあり、そのズレた生活像と建築にもズレが生じる。このズレまくった建築にはある種の力(可能性の開放と限定)があるものの、それをさらに施主が裏切るというズレが生じていく。なんかズレまくっていて、建築やる気なくしますね(笑。そのズレを面白がれといわれても、、、、という感じ。
でも、言っていることは間違ってないと思います。普通に考えたら、このズレは間違いなく生じる種類のものです。他人の考えていること(意識してさえいないことも含む)を全て理解できる人はいませんから、、、。しかし、実際にはズレた建物では施主に認めてもらえませんから、最終的にはズレてないように見えているはずです。どうしてそういうことが可能かと言うと、
1)ズレをごまかされている人がいる
2)ズレに気づいてあきらめている人がいる
3)ズレててもいいと皆が思っている
4)ズレに誰も気づいていない
5)ズレなど全くない
のどれかが起きているからだと思われます。
私の場合。4)が多いかなあ。1)とか2)もあるんだろうな。
さて、ここで編集長は考えました。このズレを最小限にするために、どんなストーリーを持ってくるかというのが建築設計へのアプローチの方法論となるのではないでしょうか。一つにはまず、ある大きな物語によってズレを抑え込むという方法が考えられます。例えば「環境に配慮してこうすべきだ」というように大きな論理を優先し、ズレが生じてもあきらめるというのもその一つです。コンセプト重視とでもいいましょうか。
あるいは建築家が施主をだまし続けるというのもあるかも知れません。あるいはエライセンセイの設計だから、、、と施主があきらめているというのもあるでしょう。(しかし、いまどきそんなのあるんだろうか)逆に、あなたの設計でさえあればどんなものでも、と最初からあきらめている例もあるかも知れません。
さらには、とことんズレが生じないように最大限の努力をするというアプローチもありますね。例をあげると、施主ととことんコミュニケイトするという方法がそれでしょう。酒を酌み交わすなんて手法を宮脇檀さんがどこかに書いていました。執拗な住まい方調査・集落調査などを通じて建物のあり方を追求するような方法もこれに当たるかしら。
ここで、突然 「編集長の師匠の世代」の話(「建築はコミュニケーションプロセスである」の202氏のコメント参照のこと)になりますが、202氏の言うように、表現に閉じて行く傾向があったとしても、このようなアプローチの方法はなかなか誠実じゃないかなと編集長は思っています。
で、さらに話は飛びまくるのですが、202氏がひっかかっている「住民参加」とか「ワークショップ」とに関していえば、それは大勢の人々の意思決定の方法論であって、建築設計の方法論ではないと考えたら話は整理できないでしょうかね。
で、結局、アプローチの仕方は、最終的には一つじゃなくて、上記の合わせ技で攻めるという感じになるのでしょう。八束さんのようにズレを楽しむってのは、大人の余裕だなあと思う次第。
八束氏の「可能性を作り出さないのなら建築をつくる意味はない」というのも印象的です。私もそう思います。ただ、おそらく氏が述べているのは、建築家が施主の生活像を把握し、その先に新たな可能性の地平を開くことが大切であるということだと思いますが、私は、ちょっと違って、施主と建築家が出会うことによってそれぞれ単独では成し得なかった新たな可能性を開くことができれば、それは双方にとってとても有益なことだ、というように考えます。
ここで不用意に「ユーザー参加」とか「住民参加」と言うと、また202氏あたりに噛み付かれそうなので止めておきます(笑 が、私が理想とする建物づくりは、設計者と施主と施工者の相互関係が生み出すものではないかとここ数日思っています。
えーと、生活のプロ(施主)と、計画のプロ(設計者)と、施工のプロ(施工者)のコラボレイトといいますか。で、また、しつこいようだけど「住民参加」ですけど、施主がたくさんいる状況での意思決定のテクニックぐらいに思っておけば、公共建築も個人住宅も変わらないんじゃないかなと思うんですよね。
なので、全権を握る権力者としての建築家像というのはあまりピンと来ません。ただし、八束氏が指摘しているように権力行使という側面はあり得ると思いますから、その力の行使については充分な注意が必要であることは肝に銘じておかねばならないですね。
まとまらないですが、休刊を続けるのは心が痛いのでアプしておきます。そのうち手を入れるかも知れません。
2004 11 12 09:05 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.11.06
建築はコミュニケーションプロセスである
建築は世界を変えうるかシリーズの番外編ということでお届けします。
建築をつくる場面で現実の問題をコミュニケーションしていくプロセスが重要で、そのプロセス自体が設計であり、建築である。
1)デザインが目的化されるのではなく、コミュニケーションを通じたプロセスの中で建築がつくられ、作家主義とは違う組み立てられ方ができると思う。
2)すでに設計するという意味が決定的に変わってきていて、今まで以上に建築家のコミュニケーション能力が問われている。
3)建築はそれ自体が目的であると同時に、目的を共有するための手段でもあり、コミュニケーションのフィールドでもある。
───「コミュニケーションしていくプロセス自体が建築である」(山本理顕,『建築家』2004年11月号より抜き書き)
山本氏は言うのです。「建築=コミュニケーションのプロセス」であると。
そうか、やられたなあ。やっぱり私が考えているような事は、先輩がきちんと考えているのですね。
建設ワークショップなどを通じて、実際の使い手(公共施設の場合はそれが多くの人になることが多い)の意見を聞きながら設計を進めて行く手法そのものは、とりたてて新しい方法ではありません。それが証拠に(って証拠になるかな?)編集長が今関わっている「森の家」では、まさにそういった方法で設計を行っています。そして、地域住民の皆さんの中には「私が設計した」と思って下さっている方もいらっしゃいます。
山本氏は、「建築=コミュニケーションのプロセス」を実現するための道具として、埼玉県立大学の7.7mモジュールと複数のレイヤーの組み合わせによる設計システムを例にあげます。計画・設計・建設のシステムを共有することで、ワークショップ参加者が理解しやすく、お互いの意思を合理的に交換できるしくみができたというのです。
このあたりの、コミュニケーションのための道具を、モノとしてデザインしているあたりが、やはりデザイナーであり、技術屋さんであるところの建築家であるなあ、と感心しました。
これまで山本氏の設計する建物をあまり好きだとは思えず、特に氏には注目してなかったのですが、このインタビュー記事を読んで少し考えが変わりました。「建築=コミュニケーションプロセス」であるというのは、よくよく考えればあたりまえの事なのですが、建築家の側からこれらを「=」で結ぶ考え方が表明されたことに、時代の移り変わりを感じます。これって「新しい主題」っぽい感じするんですけど、どうでしょうか?
今、私は、コミュニケーションの一方法として「建築」とか「まちづくり」という方法があり得るのではないかと思いつつあります。(ちょっと理屈に走り過ぎ?)「建築が目的で、コミュニケーションがその手段」なのではなく「コミュニケーションが目的で建築やまちづくりはその手段である」という考え方は、ちょっと面白いかもしれないなあ。と。であればこそ、私は、建築づくりにも、まちづくりにも、興味を持って関わり続ける主体であり得るのかな、などと漠然と考えています。
2004 11 06 08:00 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (13) | トラバ
2004.11.04
建築のスタッフロール
予告した文章は、もう少しかかりそうです。(なかなか難しいのよ。って、期待させといて「なんじゃ、こんなもんか」と言われそうな感じなのよ〜。困ってんの。)
そこで今日は先日、久しぶりに映画を見ていて気づいたことを。(逃げんのかっ♪オイ)
たいがいの映画では、最後に、関わった人々の名をかなりコト細かに記載したリストを、下から上へと流しますね。あれをエンドロールとか、スタッフロールとか言うそうです。あのスタッフロールにどこまでの人が記載されるのか、そのルールは知りませんが、見ているとかなりな数です。まさかエキストラの群衆の一人一人とか、スポンサー企業の営業マンの名前まで流れているとは思いませんが、それでも、主体的にその映画に関わった人たちはきっと全て表現されているのでしょう。
いや、案外偉い人たちだけが記載されていて、下っ端どもは名前も出してもらえず「いつかあそこに名前を出してやる。」というような人生ドラマが隠されているのかもしれない、、、などと考え始めるときりがありませんが、、、。
著作のあとがきなどに書かれる謝辞も似たようなものかも知れません。しかし、本の場合は、著者を励まし続けた担当編集者の名前や装丁者の名前、それからその本を捧げるべき奥さんの名前が出されるくらいで、印刷屋の親方とか、植字工(そんな職業はいまやないか)の名前までは出て来ません。雑誌の最後などに、編集部のスタッフの名前が全部出ていることはありますけどね。
とすると、映画のあの「しつこさ」は何なんでしょうか。
これは映画にしかない文化なのか? と、考えたら、テレビ番組などでも、配役やスタッフを列記することが多いのに気がつきました。ま、これは映画の文化が乗り移ったものではないかとも想像できます。
他にあるかな、と考えて一つ思い当たりました。コンピュータのソフトにも起動時などにたくさんの人の名前を見かけることがありますよね?。MacOSではソフト開発者たちの名前が現れる隠しコマンド(これをイースターエッグと呼びます)があったりしました。OSXでは見かけないようですが。
さて、これらに共通するのは何か?
私が考えるに、どれも、一人では完成し得ない創作であるということではないでしょうか?。もちろん一冊の「本」だって、一人ではそう簡単には創れませんが、表現物そのもの(文字情報)は、著者本人にのみ属するのが普通ですから、映画とはかなり違います。映画などでは、その表現されたもの一つ一つが多くの人々の個性や技術から成り立っているものだと言ってよい。映画・テレビ番組・コンピュータソフトなどの芸術(と言って悪ければ創作活動)では、その成果物に代表者の名前(監督とかね)が表記されるのは当然として、スタッフロールは、実はその他のスタッフも重要なんですよということの現れなのではないでしょうか?
実は、建築も創作活動として、人手の数では負けていません。出来上がった建物は、お施主さんのものではありますが、多くの人々の個性や技術から成り立っています。そういう意味で、映画と建築ってある意味、似てるかもしれないと思いませんか?。施主だけでなく、設計者も施工者も職人も大事だと。「構想3年製作2年、制作費10億円」とかだったら、建築でもありえますし、、、、。個人住宅だと10億ってのはなかなかありませんけど。
そこで、じゃ、建築にスタッフロールがあっても「ええのんちゃう?」と私は考えたわけです。
建築の場合は、ロールといっても動画にする訳にいきませんから(無理にやってできないことじゃないですけど)どこかに、関わった人々全てを記載するというのはどうでしょうか? それも絶対消えないように(かといって、そこを使う人々の迷惑にはならないように。でも見ようと思ったらすぐに見られる場所がいいと思う)。施主とその家族・施工者と現場監督・各工種の下請け会社とその職人・メーカーとその担当者・確認検査機関とその担当者、それに・設計監理者とそのスタッフなど、、、他にあるかな?
自分の手の痕跡の残っているモノができるのは、気持ちが良いし、何だか誇らしい気がするものです。それに、誰だって、自分の名前が書かれている建物には責任と愛着を感じるに違いありません。「名前の書かれた仕事」っていいでしょう?
古い民家の屋根裏には、棟のところに棟札という板が打ち付けられていて、施主と棟梁、竣工年などが書かれていることがありますが、これとはちょっと主旨が違いますね。それから、最近少なくなりつつありますが、建物に竣工年と「定礎」と書かれた石の板がはまっていることがあります。(あれは工事開始年かもしれません。 定礎というのは基礎ができるということですから)あれも似たような役割を果たしていたと聞きます。あれは奥に定礎箱という箱が入っていて、その中に図面などの資料を入れておくモノだったそうです。最近は板だけの場合も多いようですが。ということで、私の考えているスタッフロールとはちょっと違うようです。
建築のスタッフロール
なんだか、すごく良い思いつきに思えてきた。
やってみようかな。
【今日はどうも建築コラム風】
2004 11 04 09:48 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (3) | トラバ
2004.10.27
「集まって住む」ことについて考え込む
マンション管理組合のでき合いイントラネット
とある【マンション管理組合】の理事長に選出されたMさん
「とうとう理事長に選ばれちゃった。」
「何をすれば良いんだろう??」
「土曜日、いっぱい時間取られるんだろうなぁ。。」
そんなあなたに、「マンションポータル イントラネッツ」
詳しくは
http://uranus.excite.co.jp/r.asp?4115948&0007EO&0017&0027
今なら1ヶ月無料体験可能!
(中略)例えば、こんなことができます
●管理会社、管理人、理事会等から居住者の皆様へのお知らせ
●行事のデジカメ写真、総会、理事会の議事録などの閲覧
●総会での出欠確認、欠席の場合の議決権行使
●ゴミ収集日や点検などのスケジュール確認
●管理会社、理事会からの簡単なアンケート
●あげます貸します、イベント等の参加者募集、おすすめのお店や病院などちょっと聞きたいことなど、居住者の皆様での意見交換
今日は皆が食いつきやすそうな話題です。
このシステム。かなりニッチですね。ニッチすぎてちょっと怪しい感じもしますが、エキサイトのオフィシャルメルマガからの引用ですので、それなりに信用してもいいかなと?。
実際、こういうのが商売になるわけです。目のつけどころはすごく良い。皆が求めていた感があります。このあたりの需要をきっちり押さえるのがニッチ商売のポイントです。
理事会の調整事項などはアンケートや電子会議室などで済ませられるそうです。理事会の活動記録や議事録もサーバに残りますので、引き継ぎだって簡単というふれこみ。このやり方がとことんまで行けば、全ての会議は電子会議室でやれることになるので、土日の会議なんてのはなくなります。忙しくて出席できないというのもなくなるワケですね。うーん便利。オフラインでは一度も会ったことのない役員さん同士、みたいなことが起きるかもしれません。しかし、その時に集まって住むことの意義っていうのは、一体どこへ行くのだろう。と考え込みました。
先日のhiraさんのコメントにあった、学校の授業なんてネット配信で成立する社会の中で、学校という空間がどんな役割を果たすのかを考えるべき、という議論に似ていますね。ここに至って、ようやく、空間やら建築やらが「とるに足らない」ものというのが実感できてきました。案外、集まって住むことの意義なんて、財産を共有する(あるいは効率的に住まう)ということ以外になくなってしまうのかも知れません。いやあ、ホントにそれでいいんだろうか???
こんな風に考えながら、集合住宅ってのはいかにあるべきか、などと考え込む編集長でした。
面白いネタだと思って書き始めたけど、どうも結論めいてこない。たいがい書いているうちに結論が出てくるもんなんですけどね。
考えるのが下手なので、また袋小路に陥りそうな感じです。誰か助けて下さい。
(なんか今日はえらい弱気だな。オチはないのか?)
2004 10 27 11:15 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (7) | トラバ
2004.10.14
渡辺篤史:住宅行脚の威力
行脚100
船井総研には、「行脚100」と言われる考え方があります。これは、コンサルタントが自分の仕事やテーマに関連したお店や施設を、とにかく100ヶ所まわるというものです。100ヶ所見れば、どんな人間でも繁盛しているお店とそうでないお店の違いがわかるようになります。
それだけではなく、どれくらいの売上げがあるか、集客数はどれくらいか、スタッフは何人くらいいるか、何故この店が繁盛しているかまでもがわかるようになります。言い換えれば成功の方法がルール化できるようになるのです。
よく店をひと目みて客数や売上言い当てたりすると、びっくりされることがありますが、これは超能力でも何でもなく、単に経験則が確立しているということなのです。
もし今ひとつ打開できないという思いがありましたら、来年はこの「行脚100」にトライしてみてはいかがでしょうか。モデルにするテーマを設定しながら、とにかくたくさんの事例を見れば、必ず何かしらのヒントを得ることができます。
週刊まちおこし 第92号 (2003年12月30日発行)
船井総研という会社があります。大変個性的な会社だと思います。いわゆる経営コンサルタント会社なのですが、いくつかのメールマガジンを購読していると、なかなかどうして魅力的な会社だなと思っています。割と社内のノウハウをおおっぴらに公開してしまっていて、こんなのメールマガジンで配って商売は大丈夫なのかなと心配になってしまうこともあります。そこは素人考えで、きっとこれだけのノウハウを垂れ流しにできる位の凄い会社なのかも知れません。(って、どう考えてもその方が素人考えですね。)
そのメールマガジンの第92号、もう1年近く前になる記事で、ニュース性は薄いのですが、先日の渡辺篤史(あつしさん、いつの間にか改名してますね。史の字が増えてませんか?)氏のネタ(というか手塚夫妻のネタだったのですが)を書いていて思ったことをお話するのに適切な文章だなと思い出して引用させていただきました。上記の引用文を呼んで、船井総研さんに興味をお持ちの方は、是非船井総研さんを訪ねてみて下さい。(一応引用した手前、少し宣伝させていただいております。私個人は船井総研さんとはメールマガジンを購読(といっても無料)しているという以外の関係は全くありません。)
渡辺さんが、かの「建もの探訪」という番組を始めてからどれくらいになるのか知りませんが、彼が訪ねた住宅の数はすでに大きく700を超えています。彼は建築家ではありませんが、「門前の小僧習わぬ経を読む」どころの話ではありません。少なくとも、私に関していえば、訪れた住宅の数は、これまで体験した友人・知人・親戚のお宅を含めて考えたとしても、700という数には及ばないのではないかと思います。渡辺さんの場合は、それなりに特色のある、しかも新築の住宅を700以上見続けているワケですから、その「住宅力」たるや、相当なものがあるのではないでしょうか。
かつては、いかにも建築素人の芸能人が、新築住宅を訪問するというスタイルを守っていましたが、最近では、ディテールのほめ方なども相当年季が入っており、設計事務所のルーキーなどでは、到底追いつけない実力を身につけていらっしゃいます。
これは、手放しですごいことだなあと思うのです。建築の仕事は、良いものを見てナンボという面があります。渡辺ごときに負けていてはならないと、心を新たにしつつ、週末ぐらいは仕事場にこもっておらんと、街に出ようと、心を新たにしたのでした。
何も船井総研さんを引用しなくても良かったかなと思いつつ。(ネタを2回分使っちゃった、、、)
2004 10 14 11:19 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.10.09
寡黙なケンチクカは存在しうるや
二階子世帯内部は引戸だけで仕切られたワンルーム感覚。一層26坪にも関わらず、40畳のリビングダイニング空間が確保されています。長さ3.6メートルのオープンキッチンと4メートルの大テーブル。家族二世帯が集まって更にお客さんを迎えても余りある14人がけのディナーテーブルになります。子どもの勉強と親の仕事と食事が同時にこなせる空間です。お風呂もリビングに開け放って使っていることが殆どです。部屋には仲間はずれがありません。冬は全体がオンドル式暖房と薪ストーブで温かくTシャツ一枚で暮らせます。夏は南北の大開口と天窓を開け放って、家中アウトドア空間として使っています。一階親世帯は庭と収納を重視した構成ながら、風の道を確保しています。引戸を全部開けると、風がぐるぐる回って行き止まりの無い家です。
手塚貴晴+手塚由比 「建もの探訪」
普段めったにテレビは見ませんが、今日は朝から渡辺篤さんの建物探訪を視聴。というのも、昨晩うちの奥さんから手塚さんご夫妻の自邸を放映すると聞いたもので。手塚さんの設計する住宅は、とにかく気持ち良さそうで、なかなかステキ。と常々思っているのです。
で、その感想ですが、住宅のクオリティは、もうやっぱり手塚ブシが効きまくっていて、大開口と大テーブル、最小限の部屋構成が、なんとも見事にハマっていました。しかし、、、、。
手塚さんしゃべり過ぎってことありませんか?
ピアノは弾くわ、見事な包丁さばきで料理はするわ、渡辺篤を抑え込んで語りまくるわ、で、まあ、なんとも、手塚オンステージみたいなことになってました。別に、「ケンチクカトハ「寡黙でぶっきらぼうだけど、実は神経が細やかで、よく気の付く人」デアルベキ」などと言う気はさらさらありませんが、それにしても、普段拝見している建物から(勝手に)想像していたケンチクカ像から比べると、ちょっと手塚センセイ軽すぎない?(失礼!)という印象でした。
しかし、そもそも建築設計って、なかなか寡黙な人に向いている仕事ではないかもしれません。自分の考えを語り、施主と価値観を共有し、工務店と戦い(指導し、なだめ、激励し)、職人さんと語り、駆け回ってお仕事を受注したり、講演や学校の先生をこなしたり、雑誌に建物を発表したり、同業者の会合に出たり、役所のナントカ審議会の委員をしたり、、、、。寡黙なだけでは、難しい仕事かもしれません。
建築設計というのは、紙に向かって図面を引くことだけが仕事ではなく、実は建築設計業とは、それ以外の上に書いたような、図面を引く以外の仕事をしている事の方が圧倒的に多いのです。それもこれも全ては、自分の設計した建物が完成していく姿や、完成した時の施主の喜ぶ姿、楽しく住み続けてくれている様子、などに出会うときの喜びを求めてのこと。
どんな仕事でも(恋愛でも)そうですが「あなたの喜ぶ顔が見たい」は、やっぱり全ての原動力なのかな、と、そう思います。やっぱり最後は「人」ってことか。
というわけで、手塚センセイが軽いというのは撤回。それがケンチクカなのだから、、、。でもしゃべり過ぎだと思うけどな。(笑
2004 10 09 10:44 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (3) | トラバ
2004.09.30
携帯の鉄塔は景観阻害要因か?
県内の景観維持を目的に制定されている県景観条例では、大きな建物の建設などは事前の届け出を義務付けているが、種類別でここ数年目立っているのが携帯電話基地局の鉄塔と風力発電の大型風車だ。携帯電話の通話地域拡大と、自然エネルギーの普及には不可欠な存在だが、さらに数が増えることで周辺の景観に影響を及ぼすことも懸念されている。
「大型建設物、景観への影響懸念」 東奥日報 (9月27日)
青森県の記事です。青森県では県の景観条例(「青森県景観条例」平成8年3月27日青森県条例第2号 )が定められていて、高さが13mを超える工作物の届け出義務を定めています。この届け出義務ってのは、かなり微妙な制度で、届け出をしさえすれば良いということが多いのですが、青森県もそうなのでしょうか。こういう制度は行政としては何を狙っているのでしょうか。要するに現状を把握したいのか?それとも届け出を出して来た人を指導したいのか、、、、。しかし条例に定められていなければ、それは指導ではなくて、お願いですよねえ。って今日はそんな話ではありません。
この携帯の鉄塔やら風力発電の風車が景観阻害要因になっているってのは、なかなか面白い話だなあと思いました。景観阻害要因だからといって、携帯やめろとは言えない世の中になってきているし、ましてや風力発電やめろというのも時代背景を考えればなかなか言えるものではありません。そして、このどちらもが、山の尾根などの、いわば、目立つところにないと機能しにくいという性質も、景観阻害に一役買っているような様子のところも、私の興味をそそりました。
この話「健康にむちゃくちゃいいんだけど、めちゃくちゃマズい食べ物」とか「めっちゃおいしいんだけど、むっちゃ口臭の残る食べ物」みたいなもんで、好みの問題といえば好みの問題なのかなあとも思います。好みの問題だからこそ、意見の折り合いを付けることが難しいんですがね。
鉄塔なんかは茶色に塗って目立たなくするなどという方法も、この記事では紹介されていましたが、茶色が目立たない色かどうかは、また議論の分かれるところですよね。(確かに地味な色ではありますが、、、。)
編集長としては、心情としては景観阻害を問題にする側に加担したいところではありますが、少し無茶かなあと思わずにはいられません。だいたい、そんなに醜いか?携帯鉄塔?、、、うーん。醜いか。やっぱり。風力発電の風車なんかは、かなり美しいと思うけどなあ。力強くて。ただし、赤と白に塗り分けているのはいかがなものかと思いますが、、、。あれは航空安全上仕方がないのか、、、。だんだん独り言めいて来ましたね。
「あさみ新聞」のポリシーとしては、悩みながらででも、間違っていてもいいから、この話題から得られる「結論」あるいは「教訓」を引き出さなくてはなりません。それが編集方針。(ま、場合によっては「オチ」さえつけば良いことになっておりますが)
そこで、
お金のことを考えずに、いいかげんなことを言わせてもらえるならば、堪えに美しい風力発電機(例えば「クライスラービル」のような)とか、見ただけで微笑んでしまうような携帯無線鉄塔(例えば伊賀上野の伊東忠太「俳聖殿」のような)を世に送り出してみるというのはいかがでしょうか?オチにもなってませんか? 失礼。
2004 09 30 11:12 午後 [03評論欄 (建築論), 33特集記事「景観まちづくり」] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.09.22
この国の変化
ふだんほとんどテレビを見ない私です。
帰りも遅いことが当然のようになっているため、眠っている妻子を起こすわけにもいかず、勢いテレビを見ない生活が続いています。先日(月曜日でしたか?)は、娘にたまには早く帰って来いなどと言われ、いそいそと家に帰りました。(娘はそれでも既に寝ていましたが、、、、)
そんな訳でテレビなんぞを見ていたわけですが、、、。すごいね。世の中って変わりつつあるようですね。実感しました。というのは、
□ひとつめ
都会を捨てて、南の島や北海道の田舎で暮らすライフスタイルが、かなり具体的に実現可能な魅力的なプランとして取り上げられていたりするわけです。「田舎暮らし」が一つの流行のようになってきていること、スローライフなんて言葉があたりまえのように使われていること。少なくとも10年前はこんな感じじゃなかったと思います。
私は、基本的にこうしたスローライフ礼賛のムーブメントは、自然環境への配慮・環境共生的思想と同根であり、さらには歴史的建造物保存のムーブメントとも根は同じという直感を持っています。(この直感を支える根拠をどこに見出したらいいのかが、今のところ見えていないのが私の論の弱いところです。)そして、ムーブメントの流れだけを取り上げてみれば、1960年代後半ぐらいから顕在化した環境破壊への警告、公害反対運動あたりにそのスタートがあるのではないかと思っています。
少なくとも今から30年前に、その論の正しさは別として、環境共生を訴えていた人たちの意識は「公害反対」という、いわばイデオロギーというか闘争であったところに、そのムーブメントが世間のトレンドになり得ない弱さがあったと思うのです。環境共生なんてことを言っているのは一部のスノッブか、あるいは学生運動(その種別・セクト?などは若者の私にはよく分かりませんが、、)で考えられていることで、普通の人たちには関係なかったのではないか。
しかし一方、その陰で、一般家庭でも、自らの生活環境が汚染されてゆくことへの恐怖から、ゴミを減らすとか、合成洗剤の使用を減らすなどの形で、細々と環境保全の動きがあったことはあったのでした。
闘争によって市民権を勝ち得なかったこうしたムーブメントも、そうした細々とした積み重ねを通じて、ある程度の市民権を持ち始め、今では「エコ」と言わない企業は消費者から相手にされないという時代が到来しつつあるように見えます。それが地球環境の保全ための本質的な議論であるかどうかは別として、リサイクルやフロン規制、排気ガス規制、ISO14000の取得等、猫も杓子もエコ状態ですよね。
いや、それは決して悪いことではないと思います。
□ふたつめ
ふたつめは建築番組。健康住宅を建てた施主。こだわりの××住宅。坪単価はいくらで、外装材は△△。レンガはドラム缶の中で撹拌してエイジングを施して、、、などなど。多機能塗料の商品名なんか覚えられないくらいたくさんあるのに、いわゆる「建築素人」の皆さんが、いろいろなことを知っている。湿気を防ぐにはどうしたらいいか、結露を防ぐにはどうしたらいいか等々。
テレビの影響ってすごいので、いいかげんなことを言ってほしくはないけれど、こうやって家に関するいろいろなことを一般の人々が正しく知ることは、とてもいいことだと思います。
「○フォー○フター」のようなリフォーム番組が流行ったあたりからかな、風向きが変わったのは?
そのあたりの事情はテレビをあまり見ないので良くわかりませんが、、、。
「○フォー○フター」に関して言うと、あの番組の問題点はあの安すぎる施工費用にあるような気がします。あ、でもあれ、ウソではないらしいですよ。微妙なからくりはある、と、ある匠(笑)から聞きましたけど。デザイン料を含まずってのもどうかと私は思ってますけどね。
私なんかは、そうやって情報がフルオープンになったところをベースに建築設計をしたいと思うわけです。
材料や工法や値段についての知識は、それは多い方がいいに決まってますけど、そういった知識はたいがいの場合、お施主さんが本気で勉強したら、たいてい追い抜かれてしまいます。
だって、こちらはそれだけに集中していられるはずがないのに、お施主さんはそのことだけ考えていたらいいわけですから、始めから勝負は付いているみたいなものです。
そうじゃないところで勝負する。そこにこそ建築家の真価の問われる部分があると思っています。
2004 09 22 11:16 午前 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (0) | トラバ
2004.08.05
「施主の生活を大切に考えています」にハテナ
ある建築家の文章を読んでいて思った事をつらつらと書き留めておきます。その建築家曰く
「施主の生活を大切に考えています」ふーんと思って読み飛ばしましたが、よく考えたらすごいこと言ってますよね。施主の生活を大切にするというのは、建築設計を生業とするものの前提条件であって、わざわざ大上段に構えて述べるようなことでもないと思うのです。
いわば「あたりまえじゃんかよー」ということなのですが、わざわざ戦略的にこれを強調することが、セールスポイントになりうるということは、そうでない建築家がたくさんいるということの裏返しなのか?
そう思ったら少し背筋が寒くなりました。
施主の生活のないところに建築(建築がおおげさなら住宅でもいいけど)はありえないし、建築のないところに建築家の仕事はありえないはずです。「建築家なしの建築」はありえても、「施主なしの建築」はありえない。そんな当たり前のことが当たり前でない世の中なのでしょうか。って変なまとめ方だな。だめだ。
2004 08 05 10:43 午後 [03評論欄 (建築論)] | 記事 | コメ (2) | トラバ



