2010.03.06

「合同会社人・まち・住まい研究所」営業開始のお知らせ

ごぶさたいたしております。すっかり間があいちゃいましたね。

少し身辺が落ち着きつつあるので、今後は少し更新頻度が高くなるのではないかと思います。

さて、表記の件です。実は、本紙では11月に、会社を辞めて独立開業の準備中と申し上げたままになっておりました。3月を迎えて、ようやく業務の準備が整いましたので、皆さんにもお知らせをいたします。

まずは会社の設立をと思い、法務局を中心にあちこち飛び回り、本年1月21日付けで「合同会社 人・まち・住まい研究所」を設立いたしました。今後はこの会社をベースに、建築設計業務とまちづくりコンサルタント業務を行っていくつもりでおります。

これまで、建築設計では主に公共建築を中心にお仕事をしてきましたが、今後は、できるだけお施主さんとの顔の見える関係を大切に個人住宅の設計をさせていただけたらと思っています。お住まいの不具合や、購入についてのご相談などもぜひお受けしたいと思っています。(意外と困っている人、多いんですよね・・)
もちろんこれまで通り、小規模集落のお世話や、景観まちづくりコンサルタントのお仕事も進めていきます。

これまで、塩屋の自宅を本社として営業の準備を進めてきましたが、お手伝いいただける有能なスタッフの登場などにより手狭になっておりました。そこへまちづくりコンサルタントの大先輩であるG社のG氏からお声がかかり、G社内に約15m2のオフィスを間借りできることになりました。これで、ようやく営業の体制が整いましたので、ここに大々的(?)にご案内申し上げます。いやはや、なんとも大変でした。

これで少しは身の回りが落ち着きます。とはいっても、会社設立に飛び回っているうちは忙しかったですが、それが落ち着くとなると、あんまりお仕事がなかったりして、営業的にはなかなか苦しいところがあります(笑

とにかく未熟者ではございますが、独立したからには鋭意努力し、できるだけ誰かの役に立つ存在となりたいと強く願っています。今後ともどうかご指導・ご助言いただきますよう、よろしくお願いいたします。


以下、新会社のご紹介です。
ぜひごひいきに。


一級建築士事務所
合同会社 人・まち・住まい研究所
 
 http://hitomachi.biz/
 hitomachisumai@gmail.com

深江オフィス:神戸市東灘区深江北町4-8-19-202
       tel: 078-436-2120 fax: 078-436-2121
本社(塩屋):神戸市垂水区塩屋町字南谷870番地の5
       tel&fax: 078-647-7364

2010 03 06 04:01 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (8) | トラバ

2010.01.18

15年

相変わらずうまく書けない話題を。

昨日は静かに家で過ごしました。

あの災害を乗り越えて、色々と前向きに活動されている人たちがいます。それはとても素晴らしいことだと思いますが、編集長は、どんなイベントにもコミットできず、結局家で一人で過ごすことになりました。

震災10年のときと、13の時に少しだけ書きましたが、基本的に私の思いは前にも後ろにも進んでいません。たぶん、きちんと消化できていないのだと思います。

毎年、この日の前後はテレビを避けて通っているのですが、知人に借りたDVDを見るためにテレビをつけてしまって、ちょうと「ひょうご安全の日推進県民会議」の式典をやっているところに出くわしてしまいました。

息子さんを震災でなくした遺族の方のお話を聞いて、さんざん涙を流し、結局、午後は全く何もできなくなりました。災害に遭った多くの人にとって震災は終わっていません。私にとってもそうです。

2年前の文章を、改めて採録して今日のところはおしまいにします。

能天気に明るい未来を語るのも、うつむきながら失ったものを数えることも、勢いよく怒りを表明することも、何かウソのような気がして、上手に書けません。
あれから街はずいぶんとその風景が変化しています。一方、何も変わってないよなあと思うこともあります。
「覚えておくこと」そして「伝えること」、また、もし何かが起きたら「たたかう(何と?)ための心の準備をしておくこと」を淡々と続けることでしか、自分の経験や思いや職能と向き合う方法はないのだろうと、なんとなく考えています。
──あさみ新聞080117「13年 」より

合掌

2010 01 18 10:16 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (2) | トラバ

2009.11.14

退職・独立のお知らせ

今日はちょっとあらたまってお送りします。
すでにお知らせしている方も多いけど、ここでも、ちゃんと挨拶しなくちゃって思ってさ。

拝啓 深秋の候、皆様ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、私こと、このたび、15年にわたり勤務してまいりました株式会社いるか設計集団を10月末日付で円満退社し、独立開業をすることとなりました。

在職中は公私にわたり大変お世話になり、ありがたく、厚く御礼申し上げます。

今後も、これまで力を入れてきた、景観まちづくりや、小規模集落の支援のお仕事を中心にして、まちや地域をフィールドに、人とのつながりを大切にしながら、お仕事を続けていこうと思っています。もちろんこれまで以上に建築の設計にも力を注ぎたいと考えております。

当面は開業準備ということで、落ち着かぬ日々を過ごしておりますが、落ち着きましたら改めてご案内をさせていただきたく思います。

今後とも、元気よく楽しく頑張りたいと思っております。ぜひとも今までどおりのご指導・ご助言をいただければと思います。

どうかよろしくお願い申し上げます。

本来ならば、ご挨拶にお伺いすべきところではございますが、まずは略儀ながら本紙上をもってお礼かたがたご挨拶申し上げます

敬具

2009年11月

浅見雅之

そういうわけで、今開業準備中です。
詳細は追ってまたお知らせします。

いま、あさみ新聞のマイナーバージョンアップ中です。
いつのまにか、ココログのTypePadのバージョンが上がってたりと、
マイナーバージョンアップといいつつも、かなり根本的にいじってます。
ううう。なかなか大変ですよ。

なかなか忙しいです。どたばたどたばた・・・・。

2009 11 14 08:38 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (8) | トラバ

2009.11.02

住まないとだめだ

週末。また小代に行ってきました。

猿の防護柵や稲刈りに、都会の若者を呼んでみた経験をふまえ、今後、どうやって都会の若者とつきあって行くかという点で重要な会合でした。

前回、学生さんたちを稲刈りに呼ぶ事になったのは、春に行った猿の防護柵設置の作業の時に来てくれた学生さんたちが、とても気持ちのいい元気な若者だったので「もう一度呼ぼう!」となったものです。

それはそれで良かったのですが、編集長が失敗したこともあります。実は、前回の猿の柵の時には学生さんたちはコテージに泊まってもらったため、参加費が高くなってしまっていたという問題がありました。そこで、今回の稲刈りでは「じゃあ稲刈りを手伝ってもらう方の家に泊めてあげてみては?」と編集長が提案してみたワケ。

でも、これは集落の皆さんには、かなり負担だった様子でした。そもそも、学生さんを家に泊めてあげることができたり、朝昼晩の食事を用意したりできるご家庭なら、稲刈りのお手伝いも不要なのでしょうね。初めからコテージなり自然の家なりにお泊めしたら良かったと反省しております。(あ、ちなみに学生さんたちには農家民泊はかなりウケてました。それでも寝る時間が違うとか、お互い気を遣うのはしんどいというご意見も、当然ながらありましたけどね)

稲刈りなんて、学生さんは作業そのものが初めてですから、当然1人分の戦力にはなりません。それでも、いないよりは作業が前に進むので助かる。というのが現実の地元の皆さんのお気持ちだろうと思います。一方で、若者がやってくると、やっぱり元気をもらえる。と言って下さっているのは、ありがたいなあと思います。
村の人のいい皆さんは、どうオモテナシしたら良いか分からないし、手伝ってもらうのもちょっと気を遣うという意識もあるため、都会の若者と、どうつきあっていけばいいのかというのは今後ずっと大きな課題であり続けそうな感じがします。

さて、今後の予定ですが、お1人で暮らしているご老人の中には、雪囲いやら雪おろしに、人手が必要な人もいらっしゃる感じ・・・。なので、これを都会のヒトで手伝えないかな、と考えています。

そもそも雪囲いは、大変ではあるものの「いつまでにやらなければならない」という期限のある作業ではないので、ぼちぼちと、何となく、皆さん自力でやってらっしゃる作業のようです。人によってはシルバー人材を頼んで作業をしてもらうというご家庭もあるとうかがいます。まあ、「シルバー人材っていったって、発注側も受注側もシルバーな人たちじゃん」とよく言うのですが・・・。

これが地元に住んでいる若者ならば、皆さんの意識もずいぶん変わると思います。やっぱり都会から時々若者がやってくるだけではダメで、半ば無理矢理にでも若者を集落内に住まわすことの意義はめちゃくちゃ大きいのではないかと、最近考えています。

行政がお金をかけてアドバイザーを派遣するお金があるならば、そのお金を、1人でも若者が集落に住めるような工夫ができないか。と考えます。国の集落支援員のような考え方で、民家を借り上げて、そこに最低限のお金だけを与えて若者を住まわせるような仕組みはできないものか?と思います。

まあ、この財政難に、新たに人を雇う話がしにくいのはよく分かりますが・・・。

考えれば考えるほど、若者を集落に送り込むことの必要性を感じます。もちろん編集長が行ってもいいんですが、それだけで食べていけるような商売がそこにあるワケではないのがつらいところ。編集長が開拓して、後のことは若者に任せる。みたいな仕組みができるといいなあと思うのですが、何せ編集長もそのあたりに疎い部分がございまして・・・。行政に頼らない「若者が住める仕組み」。どなたか編集長と一緒に考えてみませんか?

たぶん、住む場所さえなんとかなれば、あとは若者の自助努力でなんとかする、というモデルを考えうるように思います。ただ、実際には、住む場所がなかなか手に入らない。空き家なんてありそうなモノだけど、売ってもらおうとするとかなり大変なのですよ・・・。行政さんが買ってくれればいろいろと楽なのですが、行政にそんなお金もない。

とにかく、役所より自由な立場の誰かが、うまく廻すための仕組みを今すぐに作り始めないと、おそらく手遅れな村が今まで以上に続発するものと思います。今やるしかないんじゃないかな・・・。だれか、編集長に空き家譲ってくれませんか?あ、あるいは空き家を買うための資金を出資してくれてもいいですよう(笑

で、突然ですが。

というワケで、独自に資金を集めたり、独自に研究活動をしたりするために、本日付けをもって(ああ、もう昨日だよ・・・)、現在の会社を円満退社して、フリーランスとして働くことにしました。今現在はフリーランスでは受けられないお仕事もたくさんやっているので、しばらくは現在の会社の軒先をお借りして営業させていただく予定です。これによって、クライアントの皆さんにもできるだけご迷惑をおかけしないような方法で独立することができるように思っています。

今の会社では、何もかも本当に自由にやらせてもらって、大変感謝しております。おそらくこのまま自由な感じでやらせてもらうのは可能だし、その方が、私個人としては絶対に楽だと思います。

それでも一応雇われの身としては、会社に収益をもたらさないと居心地が悪というのはあって、これが、今回の独立の大きなきっかけの一つになっています。一方、小規模集落支援のようなお仕事にあって、持続可能なモデルをつくるためには、やはり地元で人やお金が廻っていく仕組みを考えならず、それができるのは、やっぱり「食うのに必死」な立場から考えてるヤツなんじゃないかなと考えたワケです。で、そんなヤツがいないかなって人材を探したら「やっぱりオレ?」ってな気分になってしまったというワケ。

これまで、集落を飛び回り、地元にコミットしまくりつつも、サラリーマンとしては立場にも能力にも限界があるように思ってきました。今回の独立をきっかけに、今後はこれまで以上に自由でフレキシブルな動きができるようになりたい。と考えています。

実は、現在、事業を法人化すべく奔走中です。また、いろいろ決定したら皆さんにもお知らせします。

今後うまくいくかいかないか。そんなことは全く分からないけど、とにかく「目の前の誰かをできるだけ喜ばすことができるように」がんばりたいと思っています。読者の皆さんも、ぜひぜひご支援下さいまし。

ではでは。

2009 11 02 12:29 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (8) | トラバ

2009.03.30

編集長体調不良により休載のお知らせ

更新が止まって、やっぱり年度末か?とかシリーズネタが切れたか?などと、多くの皆さんからご心配をいただいております本紙『あさみ新聞』でございます。

実は『あさみ新聞』ほぼ編集部1人体制(ほかに、遊軍記者K記者とか、左官理事とか播磨淡路方面支局長とか、akanem特派員、但馬&龍野協力員、東京方面支局長、京都特殊工作員(笑)などなど、こちらで勝手にお願いしている方々の支えあってこそ。ではありますが)で編集作業を行っております。(←いやいや、皆知ってたってば)

さて私事ながら、編集長、このたび少し体調を崩しまして、やむなく少しだけお休みをさせていただくことにしました。(今さらことわらんでも、今まで勝手に長期休載してきたではないか、というツッコミはさておき・・)関係各方面には大変ご迷惑をおかけいたしていることは重々承知の上ではございますが、復帰したあかつきには、これまで以上に良質なお仕事をさせていただきたいと考えておりますので、どうかお許しをいただきたく思います。

多くの読者の皆さんが記事再開を待ってくれていることが、編集長の心の支えです。ぜひこの機会にRSS登録なりはてなアンテナ登録なりをしていただいて、更新再開をお待ち下さいますようお願い申し上げます。

編集長、必死で回復を目指してがんばります。(いやいや、だからその必死でっていうのがダメなんだってば・・・)

実をいうと、ここまでキーボードを叩いていて、かなり頭が痛くなっちゃってますので(あ、もう1本記事を書いたしね・・・・)やっぱり少しお休みさせてくださいね。

そういえば、20万アクセス超えてましたね。不調で気づかない間にスルーしちゃったよ。支局長が教えてくれるまで全く意識してませんでした・・・。次の30万アクセスの時には、大々的にイベントやりましょう。

ではでは


MATANE :-)


大きな地図で見る

あるとは思わなかったな・・・「またね」


検索してみるものです。


そういえば森田健作さんが千葉県知事に当選されて思ったのですが、『姓が「Google」名は「検索」』っていうのもちょっとカッコいいかも。と思いました。森田検索とか・・・なんか人名になったとたんに頼りない感じだなあ(苦笑

(べ、別にキレが悪いのは体調不良のせいじゃないんだからね。)

ホントにあたま痛いのでいいかげんにします。
ではまた。

2009 03 30 07:20 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (9) | トラバ

2009.02.20

世界遺産登録のいろいろ

山形

「最上川の文化的景観」の世界遺産登録を目指した取り組みについて、吉村知事が「登録断念」も視野に2009年度の関連事業予算を縮減して計上する方針を示したことに対し、関係市町村や観光業界、研究者は驚きを隠せない。突然の方向転換には、不満や懸念の声も広がっている。
吉村知事は、08年度(2月補正後)に約2891万円だった関連予算を09年度は約1737万円まで削減し、「県民一丸で一つの夢を持つことに意義はあると思うが、登録自体が難しく、経済難の時代に何千万円もかける姿勢でいいのか。最上川を大切にする方法は他にもある」と強調した。
──YOMIURI ON LINE「090219の記事(魚拓なし)」より引用

群馬県

群馬県富岡市は、富岡製糸場周辺の街並みや市全体の自然景観などを守るため、建物の高さなどを規制する景観条例を10月1日から施行する方針を固めた。3月定例議会に条例制定案を提案する。県も平成21年度一般会計当初予算案で、世界遺産登録推進事業に前年度比で倍増に近い約1億1280万円を計上。「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録に向けた準備が進むことになりそうだ。
富岡市では富岡製糸場を中心とした景観保護を目的に、景観法に基づき景観計画を策定。同製糸場周辺の約156・6ヘクタールを特定景観計画区域に選定し、さらに歴史文化的景観保存ゾーン、旧街道街なみ誘導ゾーンなど3つのゾーンに区分。また、関連した景観資源があることなどから、市内全域を景観計画区域に選定した。
──msn産経ニュース「090220の記事魚拓)」より引用

岩手

世界遺産登録を目指す「平泉の文化遺産」に関して協議する岩手県平泉町、一関市、奥州市の各首長と県との連絡調整会議が16日、平泉町内で開かれた。昨年12月の登録推薦書作成委員会で、遺跡など九つの構成資産が絞り込まれる可能性が高まったことについて、奥州市の相原正明市長は「大きな懸念を抱いている。九つの資産堅持を2市1町で国に要望したい」と提案した。
──河北新報「090217の記事魚拓)」より引用


山梨

2年後の2011年に富士山の世界文化遺産登録を目指してきた県が登録手続きを延期する方針を固めた。ユネスコの審査が近年、厳しさを増していることを背景に、構成資産候補の変更など、大幅な見直しを迫られる可能性も出てきた。
県の担当者が23日、延期の方針を堀内茂・富士吉田市長に説明した。27日の県世界遺産推進協議会で正式表明する。
県と堀内市長によると、昨年11月に元世界遺産委員会議長ら専門家が、富士山周辺を視察したのが転機だった。

中略
ユネスコは近年、審査を厳しくして世界遺産登録の数を抑制する傾向にあるといわれる。昨年7月には岩手県の「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」が登録延期になっており、文化庁も資産候補の選定や価値の証明をこれまで以上詳細にするよう求めてきているという。
──毎日新聞「090124の記事魚拓)」より引用

青森【090223 へっぽこもふさんの情報により1記事追加】

昨年、青森市の三内丸山遺跡を含む「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」が世界文化遺産登録に向けた国内候補の暫定リスト入りを果たした。遺産登録への第一歩となるものだが、世界文化遺産特別委は「今の提案内容では国際的評価を得る上で不十分。顕著な普遍的価値の確実な証明と、資産構成の整理などが必要」と指摘している。
県は課題を克服して登録を実現するため、新年度予算案に「あおもりJOMONステップアップ事業」(2370万円)など計4033万円を計上。英国・ロンドンでの縄文遺跡群の専門家向け説明会や、関係4道県の連携による展示会の開催など、国内外で縄文文化への理解と評価を高めてもらおうとしている。
──毎日jp「090222の記事魚拓) 」(地方版)より引用

と、最近の記事を並べてみました。世界遺産登録も各地でいろいろに取り組まれていることが分かります。

現在の日本の世界遺産は13件

「法隆寺地域の仏教建造物」(1993年)
「姫路城」(1993年)
「白神山地」(1993年)
「屋久島」(1993年)
「古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)」(1994年)
「白川郷・五箇山の合掌造り集落」(1995年)
「原爆ドーム」(1996年)
「厳島神社」(1996年)
「古都奈良の文化財」(1998年)
「日光の社寺」(1999年)
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」(2000年)
「紀伊山地の霊場と参詣道」(2004年)
「石見銀山遺跡とその文化的景観」(2007年)

で、暫定リストに記載されている資産は現在11件

「古都鎌倉の寺院・神社ほか」(神奈川県、平成4年)
「彦根城」(滋賀県、平成4年)
「平泉の文化遺産」(岩手県、平成13年)
「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県、平成19年)
「富士山」(静岡県・山梨県、平成19年)
「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県、平成19年)
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」(長崎県、平成19年)
「国立西洋美術館本館」(東京都、平成 19年)
「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」(北海道/青森/岩手/秋田、平成20年)
「九州・山口の近代化産業遺産群」(山口/福岡/佐賀/長崎/熊本/鹿児島、平成20年)
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡、平成20年)
※(最後の3件。昨年末にリスト入りしていました。お詫びして訂正いたします。ご指摘いただいたへっぽこもふさん、ありがとうございました)

世界遺産と無形文化遺産 文化遺産オンラインよりコピペしております。

どうやら上記引用記事のうち、最初の「最上川の文化的景観」以外は暫定リストにまで掲載されている様子です。

「最上川の文化的景観」については、暫定リストにのせるための継続審議が妥当とされていて、現時点での「最上川の文化的景観」課題として、

①主題
出羽三山信仰、最上川の舟運等、鳥海山信仰、蔵王信仰など複数の主題が複合しているが、今後、世界遺産を目指す上でどのような主題が適切か整理が必要。ただし、出羽三山など信仰関連遺産を主題の中軸に据えた場合には、他の提案資産の中に主題の類似するものが存在する。
②資産構成
想定されている多様かつ豊富な構成資産の相互の関連性・連続性に関して、確実な説明が必要。特に、出羽三山と最上川とを結び付ける根拠を明確化するとともに、海域を含む総合的な観点からの資産構成について検討することも必要。
③登録基準の妥当性
提案書に示された登録基準iv)については、歴史上の重要な段階を物語る建築・景観の見本の観点からの再考が必要。
──文化庁 世界文化遺産特別委員会「継続審議とすることが適当とされた文化資産」(pdfです)より引用

なかなか世界遺産登録も結構大変なことがわかります。簡単にまとめると基本的には「世界基準でどう重要なのかをきちんとプレゼンしろ」ということのようです。身もフタもないまとめ方ですが・・・。

最後に文化庁の「世界文化遺産特別委員会」のレポート「世界文化遺産特別委員会における調査・審議の結果について」より、世界遺産の最近の傾向についてまとめておきましょう。


平成6年に世界遺産委員会が採択した「グローバル・ストラテジー」によると世界遺産登録状況の問題点として、

・登録遺産数の地域的不均衡
・遺産が属する時代の不均衡
・遺産の種別館に見られる不均衡

などがあげられていて、これらの是正のために

(1)人類の科学技術の発展を示す産業遺産
(2)新しい時代の遺産である20世紀の建築
(3)人類と自然の共生を示す文化的景観

などの遺産について比較研究が進められているそうです。(この手の不均衡については重要文化財でも同じ問題を抱えていそうです)
簡単にまとめると「登録されてない分野・時代をねらえ」ということかと。これもまた身もフタもないですが・・・。

さらに
平成18年の第30回世界遺産委員会から適用された方針として

(1)1締約国からの登録推薦書の提出は2件まで
(2)登録資産を持たない締約国の推薦資産を優先
(3)代表されていない分野における資産登録を優先

という方針で世界遺産登録を行っているようです。

やはり「登録されてない分野・時代・地域をねらえ」ということか。

今日の記事は完全に学習レポートになってしまいました。
このままでは終われません。
あさみ新聞の主義主張をしなくてはなりませんね。


あんまり世界遺産が多くなりすぎると「世界遺産評価インフレーション」が起きて、世界遺産の価値が下がるのではないかと懸念する方もいらっしゃるかとは思いますが、本紙編集部的には「インフレ上等!」が合い言葉です。ばんばん世界遺産を増やすのがいいと思います。

「すべての資産を世界遺産に!」

世界遺産は68億(←世界人口ね)種類あってもいいとさえ思います。世界遺産を目指す活動そのものが、地域を見直し、地域の資源を再評価し、誇りをもって地域を見つめる視点につながると信じるからです。

各地の皆さん、がんばって下さい。

2009 02 20 07:00 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (3) | トラバ

2008.01.17

13年

被災者は今年も、それぞれの思いを胸に「1・17」を迎える。十三年たってようやく胸の内を口にできた人がいるだろう。十三年たっても、まだ話せない人もいる。心の傷の痛みは決して一様ではない。
──神戸新聞「080117の社説」より引用

毎年1月17日が来ると、編集長も何か書かないといけないと思いつつ、全く筆が進まないのが真相です。確か震災後10年の時に、無理やり、少しだけ書いたような気がします。それ以前も以降も、書き始めようとはするのだけど、何も書けないので、1月17日は発行を休んでみたり、関係ないネタでさらりとやり過ごしたりを続けているヘタレな編集長です。

基本的に思いは10年の時と何も変わっていません(サイト内リンク:「 震災10年」)

能天気に明るい未来を語るのも、うつむきながら失ったものを数えることも、勢いよく怒りを表明することも、何かウソのような気がして、上手に書けません。

あれから街はずいぶんとその風景が変化しています。一方、何も変わってないよなあと思うこともあります。

「覚えておくこと」そして「伝えること」、また、もし何かが起きたら「たたかう(何と?)ための心の準備をしておくこと」を淡々と続けることでしか、自分の経験や思いや職能と向き合う方法はないのだろうと、なんとなく考えています。

合掌

2008 01 17 04:27 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (4) | トラバ

2006.10.21

たこ焼きとコミットメント

だめです。またやられてしまいました。編集長ってば、ただいま打ちひしがれております。かのウチダ先生の言説にまたしてもしびれてしまいました。

この先生は、なんでこんなに上手なアナロジーを展開できるのでしょうか。ま、編集長などとは、人間の器が1廻りどころか、10廻りぐらい違うのですから、不思議に思う必要もないわけですが、、、。

引用します。

「理想のたこ焼き」というものをつくり出したいとする。
あなたならどうします。
「理想的なたこ焼きレシピ」を衆知を集めて作成し、「理想的なたこ焼きマシン」を作成して、全国のたこ焼き屋に配布し、それ以外のたこ焼き作成を禁じ、全国津々浦々どこでも「同じ味のたこ焼き」が食べられるようになれば、それで日本の食文化の水準が上がったと誇らしげに言う人間がいるだろうか。
いるはずがない。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

内田先生は続けます。

教育基本法を改定し、教師の資格制度を整備し、学習指導要領を緻密化し、教育委員会による教師たちの統制と支配を強化する・・・という施策は「ありうべきたこ焼き」を全国のたこ焼き屋に作らせるために、「たこ焼き基本法」を整備し、「たこ焼き士」認定制度を作り、「たこ焼き作成要領」を法整備し、「たこ焼き監視官」を全国に網羅的に配備して、「青のりの散布量が標準値よりも少ない」たこ焼き屋を摘発するのとまったく同じことである。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

編集長は、言っていることの内容よりも、このアナロジーに感銘を受けております。この説得力を見習いたいものです。がんばろー。

───────────────────────────────

このまま終わってしまうのは、あまりにも内田先生に失礼です。内田先生の主張も引用しておきましょう。この内田先生の文章の中で一番重要なのは、以下の命題です。

「教育はどうすればもっとよくなるのか」という創意工夫を自分の責任において引き受ける人の数が増えれば増えるほど教育は「よくなる」。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

編集長が以前より主張している「コミット力(※)」とは、まさにこのことです。

(※)こみっとか、ではなく、こみっとぢから、ですのでお間違えのないように。詳しくは幣紙050408のエントリー「コミットメント」)をお読み下さい。ついでに言うなら、大場久美子さんのことでもありません、それは「コメットさん」です(しつこいなあ)

幣紙050408のエントリー「コミットメント」で、編集長は、コミットとは「自分の問題にするということ」であるとコミットを定義しました。つまり、内田先生の命題を、編集長的に言い替えれば『「教育」に対するコミット力を持つ人が多くなると教育は「よくなる」』ということです。

ここまで来ると、読者諸賢は編集長が何を言い出すのか、既に想像がついているのではないでしょうか?、、、、、、そうです。この命題は、何も教育の問題だけに限らず用いることができるのではないかということです。

たとえば「まちづくり」。『「このまちがどうしたら良くなるか」という創意工夫を自分の責任において引き受ける人の数が増えれば増えるほご「このまち」は良くなる。』と言い替えてみれば、なんとなく納得できませんか?「まちへのコミット力」が重要であるのは、そういうワケなのです。

しかし、まあ、こうして書いてしまうと、実に当たりまえの簡単な命題に見えますね。でも、実際にはここんとこが一番難しくて、一番重要なポイントだと編集長は考えています。


さて、ここで突然思い立ったので、編集長自身の目標の修正を行っておきましょう。「コミットメント」で、2005年度の目標は「コミットの達人になる」ということにしておりました。その後この目標は更新されることなく1年半を経過しております。この目標が達成されたかどうかは別として、さらに高い目標を目指してみることにしたいと思います。

【新目標】多くの人々の「コミット力」を育てられるヒトになる。

と書いてみたのはいいけど、実際にこの目標にどうアプローチしたらいいのかよく分かっていません。たぶん「コミット」の力を信じて、「コミット」を世に広め、「コミット」の快感を共有していけばいいのだとは思いますが、、、。おお、それって「コミット教」の教祖になるってことか?、、、、うーん。そんなのはイヤだな、、、、。ちょっと考えます。


さて、話は多少飛躍しますが、コミットメントに関連して、なかなか考えさせられることを本江先生がおっしゃっております。
環境へのコミットメント

自分をとりまく環境に積極的にコミットすれば多くの利便性と楽しみとが得られることを共有し,無力感を排して,環境への愛着を醸成すること。そうできるようにデザインすること。
──本江先生のブログ『Motoe Lab, TU』の「環境へのコミットメント」より引用

ううむ。なかなか目標は遠いかもしれません(汗。これはぜひぜひリンク先に飛んで本江先生の文章を読んでみて下さい。単なるパソコンの話かと思いきや、えらい深い世界に突入してらっしゃいます。本江先生のブログ。これもまたおススメですよ。

2006 10 21 08:42 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (4) | トラバ

2005.09.19

ちょっと待って「阪急百貨店」(その2)

阪急梅田コンコースを・・の「関連ブログのトラックバック集」にトラバ。

阪急百貨店について前回触れました。今日はその後の状況と編集長の考え方を。

工事は始まりつつあるようです。けっこうな数のブログで盛り上がり中。実は、編集長は関西ネイティブじゃないので、小さい頃の記憶というのがありません。
ということで、最初の反応としては「あんなドラマティックな空間がなくなるのはもったいないじゃないか。ちょっと待って!。伊東忠太だってあるのに」という反応だったワケです。

しかし、わりと関西の方々には、思い入れのある方がたくさんいるようです。で、改めて考えるとこれはね。すごく恐ろしいことですよね。東京でいえば東京駅がなくなる、みたいなもので、そんなの誰も賛成しないもんね。と、考えたら、これはもう少し本腰を入れて本紙編集部としても何か考えないと、、、と、認識改め。

皆さんご存知のとおり、いま、編集長はなかなか副業の方が忙しくて
なかなかこの問題にコミットできませんが、私の知り合いのm-louisさんが、

「阪急梅田コンコースを残したい・・その一心で立ち上げました。
阪急梅田コンコースを・・』」

というブログを立ち上げて下さいました。m-louisさん。ありがとうございます。

ぜひとも皆さん訪れて、サイトを盛り上げると同時に、まちや建物と人、まちや建物と記憶・思い出について真剣に考えてみて下さい。一つの建物がより多くの人々の関心の中心になる機会はあまりないので、こういう事件をきっかけに、自分とまちとの関わり方を再考してみていただきたいです。

こういった「建物を残したい」活動では、人や署名の数を集めることとか、交渉の相手を定めるとか、そういうことも大事だと思うのですが、それが「運動」という形を取っている限り、結局は「勝ち負け」の問題になってしまって、「勝った、負けた」が結論になってしまうことが多いようです。組織・運動というのは少なからずそういう側面を持つものですが「勝つ」ことが自己目的化するあまり「要するに建物が残ればイイ」という手法論に陥りがちです。

ここで一つ考えてみて下さい。大事にすべきは建物そのものだけではなく、人々の営みを含むものと捉えるべきではないでしょうか。誤解を恐れずに極論を言えば大切なのは建物ではないのです。(この考え方は一面危険でもあります。なぜなら、取り壊す方の論理に取り込まれてしまう可能性があるからね。)
思い出の蓄積とでも呼ぶべきもの、人々の心を支えているものを大事にしようという姿勢を忘れてはならないと思うのです。敵はものすごい論理で攻めてきます。資本の論理は時に凄まじい暴力になりえます。
であればこそ「ここで述べているようなプライスレスな何かを大事にしていくことが、どれだけ資本にとって利点があるのか?」「保存することによってどれだけ多くの人の心を救うことになるのか」その一点のみで勝負するのが、連戦連敗を続けている歴史的建物保存を、なんとか勝ちにもっていくための論理になりうるのではないか。
まだまだ議論が必要な論理で、未完成な物言いなのですが、編集長の直感は、そう思うのです。

そこで、編集長からの提案ですが、もう少し大事なのこととして、そこに建物があって、その建物に「誰の、どんな、どれだけ深い」愛着や記憶が残っているのか、それを収集し詳述できるしくみを作りませんか?

あれだけの建物ですから、多くの人が少なからず印象をお持ちだと思いますし、あの場所にうれしいことや悲しい事を喚起させられる思い出をお持ちの方も多いはずです。そういう記憶の棲家としてあの建物があるのだという視点に立って、できるだけ多くの「物語」を抽出していくことが、遠回りに見えるだろうけど、建物を残していくために、一番の近道なのではないかと思うのです。

なぜこんなことを言うのかというと、力技(署名活動や歴史的)計画をしているのは阪急という会社なのかも知れませんが、会社を動かしているのは人間だから、、、という話になるのですが、どうも、この話、語り始めると長くなるし、今はそういう時間がとれませんので、未完成にて失礼。あ、ホントに時間がない、、、、ばたばたばた。

2005 09 19 02:12 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (27) | トラバ

2005.09.14

ちょっと待って「阪急百貨店」

消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も
 昭和モダニズムの薫り漂う阪急百貨店梅田本店の1階コンコースの天井部分が13日夜、改装に伴い姿を消す。約75年にわたり、大阪の歴史とともに歩んできただけに名残を惜しむ市民も多い。
 コンコースは昭和初めの1929年に阪急電鉄梅田駅ホームの玄関口として建設。梅田駅が現在の場所に移設した71年以降は通路として残された。
 欧風デザインのアーチ形天井部分には、シャンデリアがつるされているほか、ガラスモザイクを用いた壁画で飾られ、当時の面影を色濃く残している。建物を管理する阪急電鉄によると、シャンデリアと壁画は保存するという。
 携帯電話のカメラで写真を撮っていた兵庫県尼崎市の主婦(54)は「阪急梅田といえば、ここのイメージ。思い出も多く、正直さびしい」と話した。13日の百貨店営業終了後、天井部分に覆いを施し、工事に入る。
 また、改築に伴い阪急百貨店は13日まで、店内で使われていた家具など計100点を入札販売する。(共同)
──産経新聞「消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も」より引用

編集長。究極のスケジュールでどたばたなのですが、このニュースを見過ごすワケにはまいりません。阪急といえば、伊東忠太の絵のあるところではないですか。私の師匠の師匠の師匠(の師匠だったかな?)でもある、伊東先生の絵はいったいどこにいってしまうのでしょうか?「壁画は保存」というのがそれか?とにかく行く末の気になるニュースです。情報をお持ちの方はぜひ。

2005 09 14 08:00 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (4) | トラバ

2005.05.30

ネットサイエンス・インタビュー・メールの廃刊

今日はちょっと建築でもまちづくりでもないような話題ですが、編集長の頭の中ではしっかりリンクしておりますのでお許しを。

【ネットサイエンス・インタビュー・メール】本日現在購読申込者数:18,896。メルマガでお知らせしましたが丸7年以上配信してきた「ネットサイエンス・インタビュー・メール」は26日付けで配信終了しました。これまでどうも有り難うございました。バックナンバーは残しておきます。この日記を注意深く読んでいた人には突然ではないかもしれませんね。事情は気が向いたらこの日記に書きます。でもそれよりも現在、創刊準備している新しいメルマガのほうもよろしくどうぞ。──サイエンスライター森山和道氏の050525の日記より引用

「ネットサイエンス・インタビュー・メール」は編集長がインターネットの世界を知った頃から購読しているメールマガジンです。まぐまぐのIDが3391というから、かなり早くから配信されていたメルマガといえるでしょう。記録を見たら、98年の5月からのスタートでした。森山氏はサイエンスライターとして、様々な分野から、その分野の最先端を担う人々にインタビューを行い、これを約5回から10回ぐらいのメールマガジンとして発行されていました。その数、320号。インタビュイーが36人だそうです。

編集長は、読んでも分からないことも多く、一度に読まなきゃいけない分量と内容が、流し読みというワケにいかないことから、時々しか読まない不良読者ではありましたが、森山氏の博識と継続力を常々尊敬しておりました。そして時々読むと、これが面白かったりするんです。せっかくなので全てのインタビュイーをその分野のみを勝手ながら転記させていただきます。これを見て、インタビュー記事が読みたい方は、是非森山氏のサイトへどうぞ。

金子邦彦氏 (複雑系)
丸山茂徳氏 (プルーム・テクトニクス)
河合隆史氏 (ヴァーチャル・リアリティ)
木下一彦氏 (一分子生理学)
田口善弘氏 (粉粒体、非線形物理)
中澤港氏  (人類生態学)
中田節也氏 (火山岩石学)
春山純一氏 (セレーネ計画)
深尾憲二朗氏(てんかん)
神崎亮平氏 (昆虫の微小脳)
井田茂氏  (惑星形成論)
淺間一氏  (自律ロボット)
松元健二氏 (認知脳科学)
寺薗淳也氏 (月の内部構造)
山口真美氏 (認知心理学、発達心理学)
玉置雅紀氏 (植物分子生物学)
橋本公太郎氏(反応化学)
平藤雅之氏 (計算生物学、アグリインフォマティクス)
隅藏康一氏 (知的財産政策・知的財産法)
梶田秀司氏 (二足歩行ロボットの制御)
安藤寿康氏 (行動遺伝学)
中鉢淳氏  (アブラムシの菌細胞内共生系)
牧野淳一郎氏(理論天文学)
篠原正典氏 (動物行動学、人工閉鎖環境)
藤原晴彦氏 (昆虫分子生物学)
江守正多氏 (温暖化シミュレーション)
水谷亘氏  (プローブ顕微鏡、有機分子の構造生成と機能評価)
黒谷(和泉) 明美氏(宇宙生物学、細胞生理学)
下条誠氏  (触覚センサ、神経インタフェース)
大和雅之氏 (組織工学、ナノティッシュエンジニアリング)
門脇孝氏  (2型糖尿病、肥満、インスリン抵抗性の分子機構)
粟崎健氏  (昆虫の神経発生)
北澤茂氏  (運動の学習と制御の神経機構、脳内の時間順序表現)
柏野牧夫氏 (聴覚を中心とした認知神経科学)
泰羅雅登氏 (認知神経生理学)
深井朋樹氏 (計算論的神経科学)

なんだか面白そうでしょ?

バックナンバーはこちらで読むことができます。興味のある方は是非下記を。
ネットサイエンス・インタビュー・メール


なお、「ネットサイエンス・インタビュー・メール」のバックナンバーは、このまま残しておくつもりです。7年余り、36人、320通。これだけやれば社会的リソースだ、と自分では思っているので。
──「サイエンスライター森山和道氏の050526の日記より引用

と、森山氏も書いているように、これは本当に社会的リソースだと思います。こうやって最先端の出来事を人々に分かりやすく届けるという仕事は誰にでもできるものじゃない。森山氏のように、切れる頭脳と旺盛な好奇心を持ち、かつ、難しいことをきちんと理解して平易な日本語にできる、という才能を持つ人によってのみ成立するものだと思います。編集長には難しいだろうなあ(あたりまえである)。


そしておそらく日本のサイエンス界には、このように専門領域と一般を、あるいは、異なる専門領域同士を結びつけるチャンネルがあまりにも少ないのだろうと想像します。建築の世界だって似たようなモノだし、、、、。おそらく、森山氏のような才能ってのは、どこででも必要とされていて、おそらく専門的知識が必要な知的活動の様々な分野でとても大切な存在なのではないかと思うのです。

ということで、編集長は、不良読者ではありますが、廃刊と聞いて本当に残念です。

上品な森山氏は、廃刊の背景について多くを語りませんが(複雑な事情をすっ飛ばして)簡単に言えばスポンサーが変わったからということ。企業が何をもって社会参画するかは、その企業が考えればいいことなのでそれを批判するつもりはありません。ただ、この良質なリソースを維持できない、維持しないというのは、あまりにもモッタイナイことだと、編集長は思います。

森山氏は「Popular Science Node(ポピュラー・サイエンス・ノード)」というメールマガジンも発行しており、こちらは氏が独自に発行しているため、継続されるそうです。こちらはニュースが主体で、あまり編集長の興味とぶつかるところがないので、最近は購読していませんが、、、(汗


さて、この森山氏。苦悩の末、新たにメルマガを有料化して再スタートするそうです。こんな大変な作業、ボランティアではちょっと無理です。というワケで、こちらも廃刊になったりしないように、軌道に乗るまでは編集長も陰ながら応援したい。毎回読むのは大変だけど、、(恥

森山さん、是非とも頑張って下さい。応援します。

一緒に応援したいかたは是非下記をご覧下さい。
新メールマガジン「ScienceMail」の告知

2005 05 30 10:41 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2005.05.18

母校の大学祭に関する一考察

chuo_lawn

学生時代の同級生(でも卒業以来全然会ってないぞ、、)のimgd氏(未だにナゼimgdか教えてもらってませんが、ちょっとコワくて聞けない(笑))のブログ「I.M.G.D.」にて、我々の母校のネタを発見。元ネタは北海道新聞(「どうしん」というヤツですな)です。元ネタにあたりたい方は下記をどうぞ。

北大祭での飲酒、全面禁止 大学側がマナー低下や事故懸念
北大祭禁酒、違反者は退学処分も 大学側が検討実行委に通達 「自治能力に限界」

しかし、「違反者は退学処分も」ってのは恫喝に等しいと思います。学内で酒を飲んだらダメなルールがあるなら別だけど、どうやったって学校側はそんなの退学理由になんかできないと思うけどな。あ、未成年が酒飲んだらだめだけど、、、。普段、学内の庭でビアサーバー借りて来てジンギスカンパーティーをやっているのは問題にされないのに、大学祭期間中に学内でビール飲んだら退学なんかい?話の筋が通っとらんやんけっ!

あ、ちょっとヒートアップしてしまいました。失礼。

しかし、学生も腰が引けてるなあ。近頃の若いモンは、、などと言うのは嫌ですが、卒業生として言わせてもらえば、北大生にはもうちょっと骨太であって欲しいと思う。imgd氏は「まぁどちらにしろ、いまの学生は過保護にしてやんないと酒もマトモに飲めないってことなんだろうな(←ちょっと皮肉)。」とおっしゃっています。残念ながら同感です。

冷静に考えれば、大学祭でお酒を扱うことの是非については、もう少し考えなくてはいけません。確かに、「アカデミックな催しである大学祭でなぜ酒が必要なのか分からない」という学生委員会課外活動専門委員会(大学側)の南部教授のご意見はある意味ごもっともですよね。でも、この場合は、それは単なる論理のすり替えではないですか?それはまた別なテーブルで議論すべきでしょう?

今あげられている問題点(未成年も客としてやって来ること、そもそも参加団体の中に多くの未成年を含むこと、マナーの悪さが問題となっていること等)を解決するために、大学側と学生が協力してマトモな問題解決策を見出そうとしたのならば、その結論として「酒禁止」という選択肢だけが浮上するハズがない。大学側が学生の自治を認めてないのか、それとも大学側が言うように学生の自治能力にそもそも問題があるのか、、、、。編集長に言わせれば、こういった大学と学生の間のコミュニケーションクライシスの方が大学祭における飲酒問題なんかよりもよっぽど問題です。

大学祭の実行委員長(学生側)によれば、「大学側に予算の大半を出してもらい、会場も借りる以上、決定を受け入れなければ祭りの存続が危ぶまれた」とのこと。さらに「今年は(開催までに)時間がなく、大学の決定を受け入れざるを得なかった」だそうです。おーい。そんな弱腰でどうするんだ。っていうかビールの売り上げって確実に収入源なんじゃなかったっけ。

お、収入源でいいことを思いついた。

ここはもう少し学生に事業センスを身につけてもらって、大学祭を事業として成立させるという方法を教授してさしあげましょう。今すぐ実行委員会を「確認有限会社」化して、利潤追求型の大学祭を目指すのです。出資者を全学内の教授連中と北大OBから募れば確認有限会社どころか、普通の株式会社も可能かもしれない。

参加団体からは、売り上げの一部を上納させる。申告漏れを防ぐためにマルサ組織もつくって、会計管理もしっかりやる。大学には会場の賃貸料金もきちんとその収入から支払うのです。「金はいらん、口を出すな」の精神で、、、。独立行政法人となった大学は、現金が足りませんから、現金をちらつかせて私企業が賃貸するという形にすれば、断れないのではないかと思います。

しかし、そうまでして大学祭ってやらなきゃいけないモンなのか、、などと思ったりもするけど。

なんだか、学校側にも学生側にも若干のいらだちを覚える編集長でした。うーん。いろいろ考えているうちに、実は、当事者である学生さんたちよりも、卒業生やら骨太な教授連中が黙ってないような気がしてきた。それも余計なおせっかいだけどさ。

というワケで、今日の画像は学生時代に描いた「中央ローン(学内の広場)」のスケッチです。


【アップ後 即座に追記】
札幌医大の斎藤先生が「酒のよもやま話」と題して学生の酒の飲み方について、日本人の4割強がお酒に向かない体質であること、イッキ飲みがアルコールハラスメントであること、アルコール禁止などの力で押さえつけるやり方が愚かであることなどについて意見を述べていらっしゃいます。学生諸君(に限らず)、是非お読み下さい。

え?編集長?
編集長は人に無理矢理に勧めるような酒があったら自分で飲んじゃいます。

飲めない人も楽しめる宴会は、きっとヨイ宴会なんでしょうね。

2005 05 18 06:35 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (13) | トラバ

2005.01.17

震災10年

あれよあれよという間に1月17日。阪神淡路大震災は10年前の出来事になったようです。私の知る多くの建築・まちづくり系ブロガーたちが、この話題に触れています。私も、今思うことを少し書いておこうかなと、、、。

10年を区切りと考えるのかどうかについて、新聞・テレビなどで議論されているのを見ました。私の直感としては、10年がどんな区切りかと問われても、何も返す言葉がなく、実際のところ10年なのかどうかはあまり大きな問題ではないのではないかと思います。
昨晩のテレビ番組は、いたずらに災害の状況を再現・再生してみたりしていましたが、あれはもう私はたくさんです。何も知らない人々に、災害の恐ろしさを伝えるには必要なことかもしれないけど、私は心が痛くなるばかりで、どうにもなりません。もう少し前向きに、あの災害で培われたものはなんだったのか、その後世の中はどう変わったのか、そういうことをきちんと見つめ直すきっかけになるのであれば、1月17日を毎年特別な日として迎え、皆で思い出すことは悪いことではないでしょう。

地震のあと、近所のおばちゃんと再会して涙したことや、とあるゼネコンの寮にいた同級生たちの活躍を思い出します。避難先の名塩で世話になった先輩やその子供たちにどれだけ救われたかを思い出します。誰もが助け、助けられたご近所づきあいというものを再発見したのも収穫でした。まちに住むことの希望を見たような気がしたものです。

で、トラバ。

私自身がつよく意識しているのは、震災で「時が区切られた」ことだ。
950117を起点にして何年後なのか、前なのか。
それは当然の話で、震災前と震災後では、神戸という街が違うし、前提となる社会も全然違う。だから、震災後なのか前なのかをハッキリしておかないと時代背景が読めなくなる。
(同じような話を宮本圭明が書いていたが・・・)
だから、9.11は、同じように時を区切るものになるだろう、と、コメントした。

ただし、阪神大震災で私たちが垣間みたものは、信頼をベースとする社会の可能性だった。地震直後の高揚感、誰とでも話し、経験を共有し、組織や肩書きを超えたコミュニケーションの可能性・・・・。
9.11以後のアメリカには、いまのところ不安をベースにする社会しか現れてきていない。
───「1.17」ポリタン・コスモより

hiraさんのように上手にまとめられないけど、、、。

少なくとも僕らは前を向いている必要があるなあと思います。今日は以上。

2005 01 17 08:10 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (2) | トラバ

2005.01.11

民間主導って

首相が記念植樹 なにわ都心千本桜 平成通り抜け
大阪市中心部の河川敷約七キロを桜並木で彩る「桜の会・平成の通り抜け」事業のスタートとなる植樹式が八日、同市都島区の毛馬桜之宮公園で行われた。
地元関係者のほか、小泉純一郎首相、塩川正十郎・元財務相らが来賓として参加。地元の子供たちとともにサクラの苗木を植え、官財界が一体となって大阪の新しいシンボルをつくる事業の成功を誓った。 冒頭、同事業の実行委員長で建築家の安藤忠雄さんが「まちは自分たちがつくるという昔の遺伝子を思いだし、何ができるかと思い立ち上がった。反応はいい」とあいさつ。
続いて、小泉首相が「市民一人ひとりが参加しよう。民間主導でやっていこうということは小泉改革の発想にぴったり」と祝辞を述べた。
この後、小泉首相や北側一雄国土交通相、太田房江大阪府知事、関淳一大阪市長、秋山喜久・関西経済連合会会長ら十二人が、ちょうど二〇〇〇年に生まれ、二十一世紀の大阪を担うことになる同区内の幼稚園児ら約三十人とともに苗木六本を植樹した。(後略)
──産経新聞 050108 16:10より引用

安藤センセイさすがです。相変わらずやることが派手ですね。なんかやり方がベタな感じはするけれど、別にそれで商売しているワケでなし、反対する理由もありません。かっこいい。この派手なベタさ加減が、安藤センセイのアクでもあり魅力でもあります。編集長の個人的な好みで言えば、つくっている建物はあまり好きになれませんが、やっていること、言っていることはわりと好きです。

しかし、一方小泉さんはノンキ過ぎなことないか?

「民間主導」は良いとしても、それを無理やり小泉改革に引き寄せて自らの政策を語るあたりは、スマートとは言えますまい。「民間主導」ってのが、「行政が何もしないこと」の言い訳に使われるのであれば、本紙編集部はそういう政策には断固反対です。民間を上手に支援し、活力を高めることにお金を使ってこその民間主導政策でしょうに、、、。事業の公共性を考えたら簡単にお金をばらまくワケにもいかないでしょうが、その辺、ちょっと工夫して、小泉さんがんばって下さいね。

このプロジェクト、記事によれば平成21年度までに約1,000本の桜を植樹する予定だそうで、募金を募っています。1口1万円で、既に6,000人以上の寄付を集めているそうな。桜の樹には寄付した人のネームプレートが付けられるとか。

プレートの一つに日本国政府の名前があったら面白いと思うし、それでこそ民間主導だと思うのですが、小泉さんが個人名にて数口寄付している程度が関の山なんだろうな、、、きっと。(いやいや、小泉さんが寄付したかどうかは、編集長は知りませんよ(笑、、、、)

募金は郵便振込。
加入者名:桜の会・平成の通り抜け実行委員会
口座番号:00920−7−204175
だそうです。大阪市内の各区役所などに専用の振込用紙もあるとか、問い合せは実行委員会事務局(TEL06・6615・0679)まで、だそうです。興味ある方はどうぞ。

2005 01 11 07:37 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2004.09.22

物件の話 再び

 自分の設計した建物を「物件」と呼ぶことが嫌いという話から派生した議論(*1)が、なんとなく自分の中で尾を引いていて、いろいろなことが気になります。

*1
もしよろしければ、参照下さい。
さいしょは
施主と設計者の関係について」でした。
そして物件という呼称について詳述したのが
私の設計した建築は「物件」なのか?」でした。

 今度は何が気になっているのかというと、、、。

 じゃあ、物件じゃなくてなんなんだという問題があります。私は前回の議論で、名前があるんだから名前で呼べばいいじゃないかと述べています。しかし、いちいち名前を挙げていてはきりがない、という文脈も成立しえます(*2)。

*2
「どんな○○においても、その地域を無視した設計をすることはありません。」
という感じ。

 上記注釈内の文例の○○にあなたは何を入れますか?

1)建築
2)作品
3)物件
4)建物
5)その他

 さて、私が2)でも3)でもないのは既にお教えしてありますから、残りはきっと1)か4)ですね。
 こちらにお越しの皆さんは何派ですか?

2004 09 22 08:32 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2004.09.17

私の設計した建築は「物件」なのか?

 いや、そこで「物件」の定義を持ち出しても仕方があるまい。とは思いつつ。

■物件
物品。品物。物品などの動産のほか、土地・建物などの不動産についてもいう。 「証拠―」(三省堂)
 こうして見ると、自分が設計した建築を物件と呼ぶことは、少なくとも三省堂の日本語的には間違いではないということがわかります。

 そうなってくると、建築を物件と呼ぶことが嫌いですと言ってはみたものの、なぜ嫌いかを説明するのは手間がかかりますね。辞書引いたら私の嫌っている感覚にぴったりの表現があって「だから嫌いなのよ〜」と簡単に説明できるものと信じて辞書を引いた身としては残念。

感覚的には、この「物件」がもつ突き放した感じが、どうもしっくりこないということでしょうか。それはどうしてなのか?

 以下ちょっと戯れに詳述してみましょう。(別にヒマな訳ではありません。)

 確かに不動産業界などでは、土地や建物を物件と呼んでいることが多いようです。設計事務所にお見えになるメーカーの営業さんにも「物件」派が多いような気がします。ときどきアトリエ系の設計事務所の方の中にも「物件」派がいらっしゃいますね。
 一方、現場の職人さんで「物件」派の人は見たことないなあ。ゼネコンさんはどうかな、現場の所長さんには「物件」派は、いらっしゃらないような気がしますね。同じゼネコンさんでも、営業の人は「物件」派が多いんじゃないかと思います。以上をちょっと整理すると、こんな感じになります。

 「物件」派
×
一部の設計者
建材メーカー営業
現場の職人
×
ゼネコン現場所長
×
ゼネコン営業
□「物件」派 調査結果 (過去10年間 あさみ調べ)

 こういった区分けをしてみると、ここから「物件」とは何なのか分かって来るかもしれません。しかし、これはあくまで私の管見によるもので、わずかな経験に基づくものなだけに、かなりいいかげんな区分ではあります。第一、現場監督や、現場の職人さんに×がついていますが、経験上、彼らとは、建築を「物件」と呼ばねばならない事態に陥ることがないゆえに実証に耐えるサンプル数が足りないという問題もあります。

 ここに来て初めて分かって来ました。私の言語感覚では、現場の職人さんや現場所長とは「物件」会話を行わないことになっている、ということではないでしょうか。現場での話題は、今動いている現場の建物の話に決まっていて、いきなり部分の話になるか(*1)、建物を呼ばねばならない時は、建物名で話をする(*2)のが普通です。だから「物件」という用語を用いる(*3)必要が生じないということでしょうか

*1 文例
「こんにちは。おつかれさまです。えーと、玄関の床タイルの品番をお知らせします。・・・」
*2 文例
「お世話になってます。K邸の竣工検査の手直しのスケジュールについて・・・」
*3 文例
「どうもお世話になってます。□□町3丁目の物件のことなんですけども・・・」

 こうやって書いているとだんだんと分かって来ます。やはり文章を書くということは大切であるなあと思いますが、それはさておき話を進めます。実は私は、この文を書き始めた最初は、「物件」とは「物件費」などの言葉から連想されるように、基本的には売買を前提とした物の呼び方なのではないかと考えていました。売買の対象としてしか見ていないから、愛情もへったくれもないという感じが漂っているのであろうと。
 これはこれで一理ありそうですが、しかし、そうなると「証拠物件」はどないやねんと言われそうですね。

 実は答えは簡単なところにありました。上記の文例2からも分かる通り、私たちは普通建物を呼ぶとき、必ずその建物の名前を呼びます。「K邸」とか「○○中学校」とか、「△△保育所」などなど。
 それはそうです、名前が付いてんねんから、名前を読んだらいいんです。そうでなければ、建物に失礼です。かわいい我が子を呼ぶ時に「あいつ」とか「あの子」とか言わないし、尊敬する先輩のことを「あの人」とか「件(くだん)の人」などとは呼びませんね。「物件」てのは「件(くだん)のモノ」ということなのかと、今気づきました(*4)。

*4 文例
A:「先輩『あれ』のことなんっすけど、、、」
B:「あー、『あの』建物ねえ。ま、テキトーに処理しといてんか」

 ということで、
「かわいい私の建物を「あいつ」だなんて呼ばないでっ!名前で読んでくれたらいいじゃない。」
という感じであることに気づいた私でした。皆さんはどう思いますか。

ではまた。

2004 09 17 10:59 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2004.09.10

建築は姿勢ではない?

今日もここで刺激を受けた。

 彼女は、猪熊弦一郎美術館を、猪熊との対話を通じて設計した谷口吉生の姿勢を共感できるものとして評価しつつ、しかし「建築は姿勢ではない」ので、「行ってみなくてはなんともいえない」という。

 建築を作品と呼ぶことが嫌いだということについては一個前に書いたが、理由を述べていなかった。今回刺激を受けたことと大いに関係するので、その理由をまず書いておく。
 すべからく建築物は、その設計者によってデザインされるものであるが、その建築物の所有者が設計者と同一であることはごく稀だ。設計者は(たいがいの場合)人の金を使って建築デザインを行うのがその仕事となる。デザインとは(最近はそういう誤解も少ないが)奇抜な形を考えることではなく、住み手の思いや願い、予算、建物性能、姿形の好み、まちなみ、環境への配慮、安全性、快適性、、、、、、様々な要件を満たす建物の形を細部にわたって検討し提案する。それがデザインだと思っている。

 彼女(ケンチクカさん)が言うところの「建築は姿勢ではない」というのは、私からみれば、どっちかというと建築=作品寄りの考え方だと思う。私は建築設計とは実はプロセスこそが大切なのではないかと思っている。建築設計がプロセスであり、住み続けることもプロセス、といってしまえば、要するに「全てはプロセスだ」みたいな話になってしまって、議論にはならないかも知れないけれどね。そんなことはどうでもいいか。
 ここで私が言おうとしているのは、要するに「建築は姿勢かもしれないよ」ということなのだ。

 「建築は姿勢ではない」という言葉の中に秘められているのは「建築とはモノの形が全てだ」という確信といえるのではないかと思う。行って見てみなくてはわからないというのはそういうことだ。建物がどんな環境に立ち、どんな存在感を示しているのか、どんな空間がつくられているか、雰囲気はどうか、美しいか、楽しいか、面白いか、、、、、、。これまで建築設計を生業にしている身にとって、建物のそのもの(建てられた事情背景などの付随する物語抜きの建物)がどんな姿形をしているかだけで勝負するってのは憧れではある。かっこいい。というか、それが建築であると言われればその通りと答えるしかないような気もする。

うーん。どうもこれは簡単な話じゃないぞ。もう少し考えてみる。

2004 09 10 10:07 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2004.09.03

施主と設計者の関係について

 施主と設計者の関係について、深く考える機会がありました。よそのサイトでちらとコメントした内容に関していただいたコメントが発端でした。

 私は、建築を物件と呼ぶことが嫌いです。実は作品と呼ぶことも嫌いです。(唐突ですが、、)

 いつも施主の皆さんには、「あなたが建てる建物をあなたが考えるのは当然です。そのためのお手伝いを私はしているのです。」という立場で臨んでます。前にも書きましたが、建物を建てるのって楽しいんです。何もないところから、あつ一つの空間を生み出すことの面白さは筆舌に尽くしがたいものがあります。だから、せっかくのそんな機会をお施主さんが楽しまないなんてもったいないと思うのです。
 「そんなん面倒だし、任せたんだから黙って家建ててよ」ってなお施主さんもいますが、そういう方と設計の作業を共有するのはとても難しい、というか、私には苦手です。

正直なところ「金に糸目はつけない!自由自在にやってくれ!」というお施主さんが現れてくれたらかなり面白いなあ、と思わないでもない。けど、それはまた別の話。

 で、以上のような私の立場からしたら、お施主さんとのコミュニケーションは、欠かすことのできない重要な作業なわけです。当然のことではありますが、設計の段階で、すべてを詳らかにして、全てを納得してもらってから工事に取りかかりたい。できれば、お施主さんが「私が全てデザインしたんじゃけんね」と思っていただけるような設計がいちばんだと思っています。
 「それって、デザイナーなのかなあ?」と、思われる方もいらっしゃるでしょうが「それでもデザイナーなのです」。というあたりに私の存在意義を見出したいと思っているのです。人のお金を使ってモノを作る計画を行うのが仕事なのだから、それくらいの制約は当然のことでしょう。

 そして、これもまた当然のことですが、工事の最中も全てを詳らかにして、工務店と設計者のやりとりや、発覚した設計ミス、施工者のミスまで全てオープンにしたいと思っています。しかし、実を言うと、設計者としてはこれがなかなか難しく、勇気の必要な作業なのですね。誰だって自分のミスは隠したいし、気づかれなかったら放っておきたいという気持ちが働きます。でも、これを無理やりオープンにしていきたいと考えています。(組織の人間としての限界ってのはある。一人で仕事をすることにでもなったら、このあたりは徹底的に追求したいと思う。)

 建築の設計作業には、お金のことやら安全のこと、建物の性能などについて、とんでもなくたくさんの落とし穴があって、仕事の上では、これを丁寧に避けながら、確実に建物をモノにしていかなくてはならない。
 気楽なデザイナーではありえないんですよね。どうもそのあたりが、世間では誤解されているような気がします。けど、どう思います?

とりとめない文章になっちゃいました。
設計者の立場ってのを、かなり確信を持って以上のように信じているのですが、どなたか意見下さい。

2004 09 03 09:17 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (7) | トラバ

2004.05.21

建築家の存在って

建築デザインって結構楽しい。職業にしていても楽しい。
実家の母は、一番好きなことは職業にするなと言っていたけれど、一番好きなことを職業に選んでよかったと思う。
いや、もしかしたら一番好きなことを、どこかに忘れて来ただけかもしれない。そんな「もしかしたら、そうだったかも知れない自分」になんとなくもどかしいものを感じてるのはまだまだ私が青臭いからなのか。いい年して。

さて、本題は私の人生ではない。

住宅を建てる人にとっても、建築デザインは楽しいにちがいない。それを建築家やハウスメーカーに任せちゃうなんてもったいないと思う。

建築家がスケッチして「こんなんでいきましょう」。それってちょっとくだらないと、建築家を自称しながらやっててそう思う。自分が住む家を自分でデザインする。こんな楽しいことをお金を払ってまで人にやらせるのは、どう考えてももったいない。

一応断っておきますが、建築設計のお仕事は、そんなに楽しい事ばかりではありません。純粋に楽しくデザインしている時間なんて全体の100分の5ぐらいに過ぎない。ホントホント。あとは法規のチェックや、工事の検査、営業活動、こまごました雑用がほとんどです。それでもまあ、それが建物の実現に結びつくを思えば楽しいと言えなくもないけど。私が、建築設計の仕事向きなのはそこんところかと今気づいた。

まあ、それはいいんです。とにかくここで言いたい事は
いいですか、皆さん、お金を払って人に楽しいことをやらせるなんてもったいないんです。絶対。

でも、でも、そんなこと言っても、専門知識もないし、図面の書き方も知らないし、と普通の人は考える。
それはそうだ、そういうプロフェッションに需要があるから建築設計技術者が存在するのだから。
でも、でも、そうは言っても楽しいんだって、、、建築デザイン。

そこで提案したい。空間をきちんと認識できるツールさえ用いれば、素人にだって建築デザインはできる。
細部の納まりや、建築法規のチェックなんて、そんな細かなことは建築家にやらせたらいいんです。そのためのプロフェッションを建築設計技術者は持っているのだから。

誰にでも建築デザインができるという方法を考えたい。

あ、やっぱり忙しい。中途半端に終わってしまう。また今度。あ、読書録もまだまだだった。

2004 05 21 12:17 午前 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ

2004.04.01

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2004 04 01 09:55 午後 [02社説  (私の主張)] | 記事 | コメ (0) | トラバ