カテゴリー「02社説  (私の主張)」の記事

2014.10.24

道端に全裸女性が立たされてた件

今日は、所用あって税務署だとか年金事務所だとか法務局だとかを回ってきました。
歩いて回ったので、たった4枚の書類を手に入れるのに2時間半もかかってしまったわけだけれども…
そのかわりにまちのいろんな事物を見ることができて、それはそれで楽しかったりしましたよ。



さて、センセーショナルなタイトルをつけてみましたが、まあこういうことです。

編集長、芸術やアートにはそこそこ理解のある方だと自認しておりますが…。この、道端に全裸女性が立たされている風景が素敵だと全然思えないのよな。これってどういう感覚なのかしらね…。

100歩譲って考えれば(というか1歩も譲らなくてもいいけど)女の人の身体が美しいとう主張には賛同するし、それを彫刻にしたいという芸術家の衝動は理解できる。でも、なんで道端に立たせておくのかが分からない。寒いし、恥ずかしいだろうから服を着せてやってほしい。じゃなければ、せめて部屋の中に入れてやってほしいです。

そう切に願う編集長なのでした。

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2014.10.14

コミュニケーションは技術だろうか?

現在、西宮市の景観まちづくり課さんと「まちづくり塾・まちづくり人養成講座」として「地域の話合い講座」という講座を開催中です。全6回の講座の第1回が終わったところ。

第1回は、話合いの基礎として、工夫次第で会議は活性化することや、ワークショップとは何かなどについて体験を踏まえながら学んでもらったところです。

あ、第1講の配布資料と当日のスライド資料は「人・まち・住まい研究所」のサイトで期間限定無料公開中です。興味のある方はこちらからダウンロードしてみて下さいね。

話合い講座資料

次回の第2回は、ファシリテーションの基礎を学ぶ回になっています。実は、ファシリテーションについて解説された書籍はたくさん出ていますよね。編集長も山ほどテーブルの上に並べて勉強中です。

ところで、第2回の講座は既に明日に迫っているというのに、未だに講座の芯の部分が固まりません…

基本的には、いつもお話していることをベースに考えているので、講座自体が出来ないことはないのですよ。でも今回は「上手なコミュニケーションとはどういうことかを実体験を通じて感じていただくこと」を目指したいのです。このことに関して、既存の良質なプログラムがなくて悩み中です。

(どなたかヒント下さい…)

実は編集長。コミュニケーションっていうのは技術だと思っていて(あ、技術というのは、天賦の才能によるものではなく「訓練で身につくもの」という意味です)例えば、スポーツならば腕立て伏せとか腹筋とか、千本ノック(笑)とかで訓練できるような種類のものと考えているのです。

技術っていうのは、そのまま技術移転できなきゃいけないものだと編集長は考えています。どういうことかと言うと、同じようにできる人を育てるプログラムを内包してない限り、それは技術とは呼べず、単なる特殊技能にすぎないということです。(まあ、これは、編集長が若かりし頃に薫陶を受けた、Cタリスト社のMつばらさんの受け売りに過ぎませんが…)

編集長的には、上手な話合いの手法が特殊技能に支えられていると考えるのにはもう一つ承服しがたい。地域を運営していく上で一番大切なこの部分が天賦の才能によってのみ支えられているなんて、そんなはずはないと思うのです。
だから、話合いの技術を磨くためのエクササイズのようなものが考案できるのではないか、と考えているわけ。

ところが、世の中にはたくさんファシリテーションの本があるにも関わらず、この部分について書かれたものが非常に少ないのです。上手な質問の仕方とか相づちの打ち方とかは書いてある。会議運営のコツとして、出席人選の仕方や開催通知の出し方なんかも書いてあります。まあ、それはそれで役に立つのですが…

ファシリテーターの基礎体力である肝心のコミュニケーションの技術について、これを訓練する方法に言及したものはあまり見当たりません。訓練しましょうと書いてある本はたくさんあるけど「え?どうやって訓練するのよ。そんなこと」という部分がすっぽり抜け落ちてる。あるいは「場数を踏め」とか書いてあったりね。
もちろん場数が重要なのは確かだけど、「よしやってみよう!」と思うためには、その手前のエントリー部分の方が大事だと思うのよなー。

ここをプログラムとして完成できたら、第2講は、とても面白く役立つものになるよなあと思って、例によって「うにうに」と悩む編集長なのですよ。

編集長がここをどう乗り越えるか、乞うご期待ということで(と、自らハードルを上げてみた(笑)

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2012.10.03

ビジョンが大事

なんだって同じだと思うけど、ビジョンって大事だよねって話です。

私がどこに向かおうとしているのか?何を理想として生きているのか?

毎日の一つ一つの行動の蓄積が私の生き方を決めているとするなら、素敵な人生を生きていくために大事なのは「日々の行動の一つ一つが、信念をもった悔いのない行動であること」なのかもしれません。
まあ、そんな立派なことを言ってはみても、編集長は、反射的に何かをしでかしたり、酔った勢いでなにかをやらかしたりしてしまうコトが多いわけですが…(迷惑をこうむっている皆さま申し訳ありません…)

我が社の将来についてもそうなのだけど、きちんとビジョンを明確にすること、次に起こす行動はそのビジョンに照らしてどうなのかを、常に検証していること…。そういうのって案外大事ですよね。ちょっと経営の苦しい今年度は、改めてビジョンを見直そうと思う年でもあります。

皆さんの人生のビジョンって何ですか?
(最近↑このシメかたが気に入っているらしい編集長…)

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2011.08.22

伝わるステップ(改訂版)

8月14日にアップした「伝わるステップ」を大幅追記補完しました。
「伝わるステップ(基礎理論編)」の完成版をお届けしましょう。

ベースとなる編集長のつぶやきはこれ

伝わるステップ1)「正確に隅々まで理解する」がベース。2)大事なのは「面白がる」または「大切だと思う」「幸せに感じる」こと。3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うコト 4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること
──「Twitter/@m_asami:伝わるステップ」より引用

なにが伝えたいつぶやきだったのかというと、人にモノを伝える方法論のようなこと。そんな話を聞きたいとも思っていない人たちを相手に、どうしても自分の主張を伝えたい(あるいは頼まれて伝えなければならない・業務として伝えなければならない)という事態は時々発生しますよね。

立派な主張は、その主張が価値あるものであればあるほど、その内容に全く興味のない人にとって、とっつきにくく、理解する気力のわかないものに見えたりします。(一方で、その主張が数多くの人に認められ、報道されるようになり始めると、皆がまた理解しようと努力し始めるという現象が起き始めますが、それはまたの話にしましょう)

一つのテーマについて話すことを求められ、その場にいる皆がこちらの話題に興味を持って参加している場合はそれほど大変ではありませんが、これからこちらが話をする内容にあまり興味がない人たちが混じっている時に、伝えたいことをどう伝えたらいいのかというのはなかなな難しい課題です。

実は、自分の主張を人に伝えるのにはコツがいります。上のツイートでは、こうした場面での伝え方のコツを140字以内で語ったもの。細かなテクニックは別にして、基本としてはこれだけは押さえておきたい項目です。

なかなか分かりにくいので以下に逐条で詳述してみますね。

■1)「正確に隅々まで理解する」がベース

話し手が他人に「何か」を伝えようとする時には、話し手はその伝えようとする内容を正確かつ確実に知っている必要があります。これが抜けていると伝わるものも伝わらないのはあたりまえですよね。

でも、この「あたりまえ」ができてない話し手の多いこと。お役所主催の事業説明会とかで時々発生しますね。部長さんあたりがこのタイプとして出現します。担当職員さんが正確に理解している場合が多いのであまり問題にはなりませんが。あと、時々、環境問題系・ジェンダー論系などで(保守革新の立場を問わず)急進的な主張を繰り広げている皆さんにも時々この「正確に理解」ができていない例を見かけます。(いや、気のせいかもしれません・笑)

正確に理解すること。
自分の言葉で、心から理解すること。
自分が理解していないことは、決してヒトには伝えられません。

ところで誤解のないように書いておきますが、この場合「正確に知っている」というのは、テーマとなる範囲の事柄を全て知っていなくてはならないという意味ではありません。範囲は狭くてもいいので、自分の主張したい・伝えたいテーマについては正確に意見を明らかにしておけ、という意味です。例えば「自然界の生き物について」とか「日本の政治のあり方について」などの壮大なテーマについて語らなくてはいけない場合に、自然界の全て・日本の政治の全てについて熟知していることを聞き手は求めていないのは分かりますよね。

■2)「面白がる」「大切だと思う」「幸せに感じる」ことが大事

話し手が、その話題に興味を持ち、それを「面白がってる」「興味をもっている」ことはとても大切です。あるいはその内容を自分にとって「大切なことだ」と思っているかがとても重要になります。

誰かの話を聞くときに、話し手が興味を持ってもいない話を聞く気になりますか?その話が別に大して重要でもないと思っているヒトの話を聞きたいですか?

ヒトに話を聞いてもらうためには、どれだけ深く真剣にその問題を考えているかよりも、どれだけその問題を大切に興味を持って扱っているかどうかの方がよほど重要です。

もし、会社やクライアントから「無意味なこと・個人的には反対していること」を「誰かに説明してこい・説得して来い」などと義務的に要求された時も、努力して「面白がる・大切だと思う」気持ちにならないといけません。でないと伝わらないから。(これが一番上手なのはお役所の役人さんじゃないかなと思っています)そして、もしどうしても面白がれない、大切だと思えない内容だったら、もうそんな仕事は断っちゃいましょう。
(そんなことしたらクビになる?…もう、そんな会社やめちゃえばいいと思います)

そして、さらにその話題を知っていることを「幸せに感じ」ているかどうかも、伝えるためには重要なのよね。ただ、これはあまり前面に出し過ぎるとウサン臭くなるから注意が必要です。そのあたりは【テクニック編】で詳述しましょう。


■3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うこと

なぜ伝えたいのか、なぜ伝える必要があるのかを考えると分かると思うのですが、それは相手に対して、今より少しでも幸せになって欲しい。知り合いとして少しでも幸せになって欲しいからと言えませんか?(っていうか、編集長的にはそれ以外にヒトにモノを伝えたい理由なんかなくていいとさえ思えます。あれ?極端ですかね。でもホントにそう思う…)

ここで問題にしたいのは、話し手の態度が「お教えします」になっていないかどうか、ということなのですが、そのあたりは【テクニック編】に回しますか…。

「あなたの知らない新しい幸せな世界を、私はあなたに教えてあげられます」って言うと、もう本当に新興宗教みたいなもので、多くのオトナは耳を傾けてはくれなくなりそうです。でも「奥さん、奥さん!お買い得商品ありまっせ♪今日はちょっと仕入れすぎちゃってネギが安い!」だったら飛びついてくれるかも知れません。

ネギの売り手は、もちろん自分の商売を上手く運ぶために叫んでます。しかし、一方で、ネギを安く買える情報を提供することでお客さんに幸せになって欲しいという態度を取っているべきです。商売上手なネギ売りであればあるほどそこを大事にしているはず。なぜなら「お客にとっての幸せとは何か?を本気で考えながら、具体的に幸せのカタチを提示している」方が共感が得られやすいからです。共感が得られないと話を聞いてはもらえません。(※追記3)

相手の警戒を軽減しつつ、共感を得るためには、私はあなたに本気で幸せになって欲しいのよ。という態度になりきることが一番の近道だったりするのよね。


■4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること

人間って意外とわがままな動物で、自分の求めていることしか聞こうとしないし、理解しようともしてくれません。自分が聞く立場に立って考えたら分かるでしょ?

やはり、聞き手に理解してもらいすいように、聞き手に興味を持ってもらえるように話を進める必要があります。どれだけ聞き手にとってそれが重要か、その話によってどれだけ聞き手が幸せになれるかを感じられるように話を進める必要がある。それを実現するためには聞き手の気持ちの動きに敏感になる必要があります。で、一番簡単に実現できるのは、その人になりきること。聞き手の心の動きに、どれだけ自分の気持を寄り添わせることができるか、が話の説得力を左右します。

聞き手にどれだけ自分の気持ちを寄り添わせられるか。といわれても、ちょっと抽象的で分かりにくいかも知れません。でも、皆さん、小さい頃「相手の身になって考えましょう」と言われたことはないですか?ここで言っているのはまさにそれ。「相手の身になって考える」という技術はコミュニケーションの基本作法のように言われています。でも、実はこれ、相当な高等テクニックなのですよ。世の中を見渡してもなかなかこれを実践できている人にお目にかかりません。(編集長ができているかどうかは話が別だけどね。でも、最近他の人よりは得意であることに気づきました…テレ…)

自分の言葉を相手がどう感じるかなんて予測がつきません。だって私は私であなたではないですものね。でも、表情を見ながら何度かやりとりをし、相槌を打ちながら相手の意見を聞き、自分の話にどう相槌を打ってくれるかの観察を繰り返すうちに、何となくお互いの考え方や感じ方が見えてきます。

自分の感覚を相手に寄り添わせっ放しではいけないのですが、きちんと寄り添わせないと通じません。どんな話に相手が反応してくれるか、どう言ったら興味をもって理解してもらえるか、それを理解するには、相手を知ること、相手の気持ちになることが一番近道だと思うのです。



※追記1
1)に関して「人に語ることで理解が深まる」ということもあるから「理解が正確に深まるまで人に話さない」というのは間違っているのではないかというご意見をいただきました。まさに、人に語ることで理解が深まるというのは確かにその通りで、次回のネタはその話にしようかと思ったりするくらいです。
でも、そのことと今回のこの話はちょっと目的が違うのです。

ここでは、ある使命感をもって誰かに何かを伝えようとする時に、話し手はどういう態度をとるべきか、という問題意識が話の中心にあります。そういう意味では、中途半端な理解で場に臨み「聞き手と一緒に考えよう・対話の中から何かを見出そう」というのは無責任だと言わざるをえない。

ここでは、ある責務をもって誰かにある内容を伝えようとする時に、話し手がどういう態度を取るべきかということを述べているつもりです。しかも前提として、伝えたい相手はこちらの話に興味があるのかないのか分からないヒトたちです。この前提が伝わらないとすると私の伝え方が悪いということになるのですが…

※追記2
同じく1)に関して「熱意をもって伝えたいことがある人とその態度をリスペクトすべきであって、正確に知らないからといってそれを非難してはいけない」というご意見もありました。確かに、リスペクトする聞き手の立場にたてばそれでもいいですし、私が聴衆ならばそういう聞き方をしていることが多いです。でも、興味があるかないか分からない聴衆にどれだけその内容を届けられるかという観点からすれば、そんなに聞き手のリスペクトに甘える手法には戦略的に問題があります。

※追記3
あれ?なんかおかしいですね。話をしないと共感を得られないはずなのに、共感を得られないと話を聞いてもらえないなんて…。じゃあどこから始めたらいいんでしょう。それはテクニック編かなあ。

ホントにテクニック編を書くときが来るのかな…(ボソ…

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2011.08.14

復刊あさみ新聞

Twitterでいくつかつぶやいているうちに「ああ、これはいずれちゃんと書かなきゃ」と思うことが出てくることがあります。Twitterってのは面白いツールで、自分のつぶやきのログをどんどん膨大にしていくうちに、自分の思考が地層のようにどんどん積み重なって、自分では思いもかけなかった断面を見せてくれたりするのよ。

特に面白いのは、誰かが私のつぶやきを再配布(公式リツイートという)してくれた記録がそこに残っていることだったりします。「リツイートされたあなたのツイート(つぶやき)」を表示させると、誰かの心を少しく動かした自分のつぶやきがずらりとならんでいて面白い。

人によるのかもしれないけど、これが意外と壮観です。自分の普段考えていることが、他人が評価した結果としてそこに並んでいる。これはすごく面白い。自分のブレてなさ加減とか、ブレ加減もなんとなく見えてきたりしてね。

面白いなあ。

なんだか、Twitterで反射的に発信した内容が2万回に届きそうになってきた今、それはそれで恐ろしい数のアーカイブになっていて、これを遡るだけでけっこうな自分の意見の集積になっているのだけれど、これをこのまま放置していてもちっとも価値にはならないよな。ということです。

というワケで、あさみ新聞も休刊を続けていることだし、ここは少し編集長の頭脳の整理も兼ねて、きちんと140字以上の(Twitterの1つぶやきは140字以内に制限されている)文章を書いてみようではないか。というのが、お盆に編集長が思い立ったコト。とご理解いただければと思ったりしている。

(まあ、どうせいつまで続くんだという話になるわけだけどさ)

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2010.03.06

「合同会社人・まち・住まい研究所」営業開始のお知らせ

ごぶさたいたしております。すっかり間があいちゃいましたね。

少し身辺が落ち着きつつあるので、今後は少し更新頻度が高くなるのではないかと思います。

さて、表記の件です。実は、本紙では11月に、会社を辞めて独立開業の準備中と申し上げたままになっておりました。3月を迎えて、ようやく業務の準備が整いましたので、皆さんにもお知らせをいたします。

まずは会社の設立をと思い、法務局を中心にあちこち飛び回り、本年1月21日付けで「合同会社 人・まち・住まい研究所」を設立いたしました。今後はこの会社をベースに、建築設計業務とまちづくりコンサルタント業務を行っていくつもりでおります。

これまで、建築設計では主に公共建築を中心にお仕事をしてきましたが、今後は、できるだけお施主さんとの顔の見える関係を大切に個人住宅の設計をさせていただけたらと思っています。お住まいの不具合や、購入についてのご相談などもぜひお受けしたいと思っています。(意外と困っている人、多いんですよね・・)
もちろんこれまで通り、小規模集落のお世話や、景観まちづくりコンサルタントのお仕事も進めていきます。

これまで、塩屋の自宅を本社として営業の準備を進めてきましたが、お手伝いいただける有能なスタッフの登場などにより手狭になっておりました。そこへまちづくりコンサルタントの大先輩であるG社のG氏からお声がかかり、G社内に約15m2のオフィスを間借りできることになりました。これで、ようやく営業の体制が整いましたので、ここに大々的(?)にご案内申し上げます。いやはや、なんとも大変でした。

これで少しは身の回りが落ち着きます。とはいっても、会社設立に飛び回っているうちは忙しかったですが、それが落ち着くとなると、あんまりお仕事がなかったりして、営業的にはなかなか苦しいところがあります(笑

とにかく未熟者ではございますが、独立したからには鋭意努力し、できるだけ誰かの役に立つ存在となりたいと強く願っています。今後ともどうかご指導・ご助言いただきますよう、よろしくお願いいたします。


以下、新会社のご紹介です。
ぜひごひいきに。


一級建築士事務所
合同会社 人・まち・住まい研究所
 
 http://hitomachi.biz/
 hitomachisumai@gmail.com

深江オフィス:神戸市東灘区深江北町4-8-19-202
       tel: 078-436-2120 fax: 078-436-2121
本社(塩屋):神戸市垂水区塩屋町字南谷870番地の5
       tel&fax: 078-647-7364

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2010.01.18

15年

相変わらずうまく書けない話題を。

昨日は静かに家で過ごしました。

あの災害を乗り越えて、色々と前向きに活動されている人たちがいます。それはとても素晴らしいことだと思いますが、編集長は、どんなイベントにもコミットできず、結局家で一人で過ごすことになりました。

震災10年のときと、13の時に少しだけ書きましたが、基本的に私の思いは前にも後ろにも進んでいません。たぶん、きちんと消化できていないのだと思います。

毎年、この日の前後はテレビを避けて通っているのですが、知人に借りたDVDを見るためにテレビをつけてしまって、ちょうと「ひょうご安全の日推進県民会議」の式典をやっているところに出くわしてしまいました。

息子さんを震災でなくした遺族の方のお話を聞いて、さんざん涙を流し、結局、午後は全く何もできなくなりました。災害に遭った多くの人にとって震災は終わっていません。私にとってもそうです。

2年前の文章を、改めて採録して今日のところはおしまいにします。

能天気に明るい未来を語るのも、うつむきながら失ったものを数えることも、勢いよく怒りを表明することも、何かウソのような気がして、上手に書けません。
あれから街はずいぶんとその風景が変化しています。一方、何も変わってないよなあと思うこともあります。
「覚えておくこと」そして「伝えること」、また、もし何かが起きたら「たたかう(何と?)ための心の準備をしておくこと」を淡々と続けることでしか、自分の経験や思いや職能と向き合う方法はないのだろうと、なんとなく考えています。
──あさみ新聞080117「13年 」より

合掌

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2009.11.14

退職・独立のお知らせ

今日はちょっとあらたまってお送りします。
すでにお知らせしている方も多いけど、ここでも、ちゃんと挨拶しなくちゃって思ってさ。

拝啓 深秋の候、皆様ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、私こと、このたび、15年にわたり勤務してまいりました株式会社いるか設計集団を10月末日付で円満退社し、独立開業をすることとなりました。

在職中は公私にわたり大変お世話になり、ありがたく、厚く御礼申し上げます。

今後も、これまで力を入れてきた、景観まちづくりや、小規模集落の支援のお仕事を中心にして、まちや地域をフィールドに、人とのつながりを大切にしながら、お仕事を続けていこうと思っています。もちろんこれまで以上に建築の設計にも力を注ぎたいと考えております。

当面は開業準備ということで、落ち着かぬ日々を過ごしておりますが、落ち着きましたら改めてご案内をさせていただきたく思います。

今後とも、元気よく楽しく頑張りたいと思っております。ぜひとも今までどおりのご指導・ご助言をいただければと思います。

どうかよろしくお願い申し上げます。

本来ならば、ご挨拶にお伺いすべきところではございますが、まずは略儀ながら本紙上をもってお礼かたがたご挨拶申し上げます

敬具

2009年11月

浅見雅之

そういうわけで、今開業準備中です。
詳細は追ってまたお知らせします。

いま、あさみ新聞のマイナーバージョンアップ中です。
いつのまにか、ココログのTypePadのバージョンが上がってたりと、
マイナーバージョンアップといいつつも、かなり根本的にいじってます。
ううう。なかなか大変ですよ。

なかなか忙しいです。どたばたどたばた・・・・。

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2009.11.02

住まないとだめだ

週末。また小代に行ってきました。

猿の防護柵や稲刈りに、都会の若者を呼んでみた経験をふまえ、今後、どうやって都会の若者とつきあって行くかという点で重要な会合でした。

前回、学生さんたちを稲刈りに呼ぶ事になったのは、春に行った猿の防護柵設置の作業の時に来てくれた学生さんたちが、とても気持ちのいい元気な若者だったので「もう一度呼ぼう!」となったものです。

それはそれで良かったのですが、編集長が失敗したこともあります。実は、前回の猿の柵の時には学生さんたちはコテージに泊まってもらったため、参加費が高くなってしまっていたという問題がありました。そこで、今回の稲刈りでは「じゃあ稲刈りを手伝ってもらう方の家に泊めてあげてみては?」と編集長が提案してみたワケ。

でも、これは集落の皆さんには、かなり負担だった様子でした。そもそも、学生さんを家に泊めてあげることができたり、朝昼晩の食事を用意したりできるご家庭なら、稲刈りのお手伝いも不要なのでしょうね。初めからコテージなり自然の家なりにお泊めしたら良かったと反省しております。(あ、ちなみに学生さんたちには農家民泊はかなりウケてました。それでも寝る時間が違うとか、お互い気を遣うのはしんどいというご意見も、当然ながらありましたけどね)

稲刈りなんて、学生さんは作業そのものが初めてですから、当然1人分の戦力にはなりません。それでも、いないよりは作業が前に進むので助かる。というのが現実の地元の皆さんのお気持ちだろうと思います。一方で、若者がやってくると、やっぱり元気をもらえる。と言って下さっているのは、ありがたいなあと思います。
村の人のいい皆さんは、どうオモテナシしたら良いか分からないし、手伝ってもらうのもちょっと気を遣うという意識もあるため、都会の若者と、どうつきあっていけばいいのかというのは今後ずっと大きな課題であり続けそうな感じがします。

さて、今後の予定ですが、お1人で暮らしているご老人の中には、雪囲いやら雪おろしに、人手が必要な人もいらっしゃる感じ・・・。なので、これを都会のヒトで手伝えないかな、と考えています。

そもそも雪囲いは、大変ではあるものの「いつまでにやらなければならない」という期限のある作業ではないので、ぼちぼちと、何となく、皆さん自力でやってらっしゃる作業のようです。人によってはシルバー人材を頼んで作業をしてもらうというご家庭もあるとうかがいます。まあ、「シルバー人材っていったって、発注側も受注側もシルバーな人たちじゃん」とよく言うのですが・・・。

これが地元に住んでいる若者ならば、皆さんの意識もずいぶん変わると思います。やっぱり都会から時々若者がやってくるだけではダメで、半ば無理矢理にでも若者を集落内に住まわすことの意義はめちゃくちゃ大きいのではないかと、最近考えています。

行政がお金をかけてアドバイザーを派遣するお金があるならば、そのお金を、1人でも若者が集落に住めるような工夫ができないか。と考えます。国の集落支援員のような考え方で、民家を借り上げて、そこに最低限のお金だけを与えて若者を住まわせるような仕組みはできないものか?と思います。

まあ、この財政難に、新たに人を雇う話がしにくいのはよく分かりますが・・・。

考えれば考えるほど、若者を集落に送り込むことの必要性を感じます。もちろん編集長が行ってもいいんですが、それだけで食べていけるような商売がそこにあるワケではないのがつらいところ。編集長が開拓して、後のことは若者に任せる。みたいな仕組みができるといいなあと思うのですが、何せ編集長もそのあたりに疎い部分がございまして・・・。行政に頼らない「若者が住める仕組み」。どなたか編集長と一緒に考えてみませんか?

たぶん、住む場所さえなんとかなれば、あとは若者の自助努力でなんとかする、というモデルを考えうるように思います。ただ、実際には、住む場所がなかなか手に入らない。空き家なんてありそうなモノだけど、売ってもらおうとするとかなり大変なのですよ・・・。行政さんが買ってくれればいろいろと楽なのですが、行政にそんなお金もない。

とにかく、役所より自由な立場の誰かが、うまく廻すための仕組みを今すぐに作り始めないと、おそらく手遅れな村が今まで以上に続発するものと思います。今やるしかないんじゃないかな・・・。だれか、編集長に空き家譲ってくれませんか?あ、あるいは空き家を買うための資金を出資してくれてもいいですよう(笑

で、突然ですが。

というワケで、独自に資金を集めたり、独自に研究活動をしたりするために、本日付けをもって(ああ、もう昨日だよ・・・)、現在の会社を円満退社して、フリーランスとして働くことにしました。今現在はフリーランスでは受けられないお仕事もたくさんやっているので、しばらくは現在の会社の軒先をお借りして営業させていただく予定です。これによって、クライアントの皆さんにもできるだけご迷惑をおかけしないような方法で独立することができるように思っています。

今の会社では、何もかも本当に自由にやらせてもらって、大変感謝しております。おそらくこのまま自由な感じでやらせてもらうのは可能だし、その方が、私個人としては絶対に楽だと思います。

それでも一応雇われの身としては、会社に収益をもたらさないと居心地が悪というのはあって、これが、今回の独立の大きなきっかけの一つになっています。一方、小規模集落支援のようなお仕事にあって、持続可能なモデルをつくるためには、やはり地元で人やお金が廻っていく仕組みを考えならず、それができるのは、やっぱり「食うのに必死」な立場から考えてるヤツなんじゃないかなと考えたワケです。で、そんなヤツがいないかなって人材を探したら「やっぱりオレ?」ってな気分になってしまったというワケ。

これまで、集落を飛び回り、地元にコミットしまくりつつも、サラリーマンとしては立場にも能力にも限界があるように思ってきました。今回の独立をきっかけに、今後はこれまで以上に自由でフレキシブルな動きができるようになりたい。と考えています。

実は、現在、事業を法人化すべく奔走中です。また、いろいろ決定したら皆さんにもお知らせします。

今後うまくいくかいかないか。そんなことは全く分からないけど、とにかく「目の前の誰かをできるだけ喜ばすことができるように」がんばりたいと思っています。読者の皆さんも、ぜひぜひご支援下さいまし。

ではでは。

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2009.03.30

編集長体調不良により休載のお知らせ

更新が止まって、やっぱり年度末か?とかシリーズネタが切れたか?などと、多くの皆さんからご心配をいただいております本紙『あさみ新聞』でございます。

実は『あさみ新聞』ほぼ編集部1人体制(ほかに、遊軍記者K記者とか、左官理事とか播磨淡路方面支局長とか、akanem特派員、但馬&龍野協力員、東京方面支局長、京都特殊工作員(笑)などなど、こちらで勝手にお願いしている方々の支えあってこそ。ではありますが)で編集作業を行っております。(←いやいや、皆知ってたってば)

さて私事ながら、編集長、このたび少し体調を崩しまして、やむなく少しだけお休みをさせていただくことにしました。(今さらことわらんでも、今まで勝手に長期休載してきたではないか、というツッコミはさておき・・)関係各方面には大変ご迷惑をおかけいたしていることは重々承知の上ではございますが、復帰したあかつきには、これまで以上に良質なお仕事をさせていただきたいと考えておりますので、どうかお許しをいただきたく思います。

多くの読者の皆さんが記事再開を待ってくれていることが、編集長の心の支えです。ぜひこの機会にRSS登録なりはてなアンテナ登録なりをしていただいて、更新再開をお待ち下さいますようお願い申し上げます。

編集長、必死で回復を目指してがんばります。(いやいや、だからその必死でっていうのがダメなんだってば・・・)

実をいうと、ここまでキーボードを叩いていて、かなり頭が痛くなっちゃってますので(あ、もう1本記事を書いたしね・・・・)やっぱり少しお休みさせてくださいね。

そういえば、20万アクセス超えてましたね。不調で気づかない間にスルーしちゃったよ。支局長が教えてくれるまで全く意識してませんでした・・・。次の30万アクセスの時には、大々的にイベントやりましょう。

ではでは


MATANE :-)


大きな地図で見る

あるとは思わなかったな・・・「またね」


検索してみるものです。


そういえば森田健作さんが千葉県知事に当選されて思ったのですが、『姓が「Google」名は「検索」』っていうのもちょっとカッコいいかも。と思いました。森田検索とか・・・なんか人名になったとたんに頼りない感じだなあ(苦笑

(べ、別にキレが悪いのは体調不良のせいじゃないんだからね。)

ホントにあたま痛いのでいいかげんにします。
ではまた。

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