カテゴリー「02社説  (私の主張)」の記事

2011.08.22

伝わるステップ(改訂版)

8月14日にアップした「伝わるステップ」を大幅追記補完しました。
「伝わるステップ(基礎理論編)」の完成版をお届けしましょう。

ベースとなる編集長のつぶやきはこれ

伝わるステップ1)「正確に隅々まで理解する」がベース。2)大事なのは「面白がる」または「大切だと思う」「幸せに感じる」こと。3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うコト 4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること
──「Twitter/@m_asami:伝わるステップ」より引用

なにが伝えたいつぶやきだったのかというと、人にモノを伝える方法論のようなこと。そんな話を聞きたいとも思っていない人たちを相手に、どうしても自分の主張を伝えたい(あるいは頼まれて伝えなければならない・業務として伝えなければならない)という事態は時々発生しますよね。

立派な主張は、その主張が価値あるものであればあるほど、その内容に全く興味のない人にとって、とっつきにくく、理解する気力のわかないものに見えたりします。(一方で、その主張が数多くの人に認められ、報道されるようになり始めると、皆がまた理解しようと努力し始めるという現象が起き始めますが、それはまたの話にしましょう)

一つのテーマについて話すことを求められ、その場にいる皆がこちらの話題に興味を持って参加している場合はそれほど大変ではありませんが、これからこちらが話をする内容にあまり興味がない人たちが混じっている時に、伝えたいことをどう伝えたらいいのかというのはなかなな難しい課題です。

実は、自分の主張を人に伝えるのにはコツがいります。上のツイートでは、こうした場面での伝え方のコツを140字以内で語ったもの。細かなテクニックは別にして、基本としてはこれだけは押さえておきたい項目です。

なかなか分かりにくいので以下に逐条で詳述してみますね。

■1)「正確に隅々まで理解する」がベース

話し手が他人に「何か」を伝えようとする時には、話し手はその伝えようとする内容を正確かつ確実に知っている必要があります。これが抜けていると伝わるものも伝わらないのはあたりまえですよね。

でも、この「あたりまえ」ができてない話し手の多いこと。お役所主催の事業説明会とかで時々発生しますね。部長さんあたりがこのタイプとして出現します。担当職員さんが正確に理解している場合が多いのであまり問題にはなりませんが。あと、時々、環境問題系・ジェンダー論系などで(保守革新の立場を問わず)急進的な主張を繰り広げている皆さんにも時々この「正確に理解」ができていない例を見かけます。(いや、気のせいかもしれません・笑)

正確に理解すること。
自分の言葉で、心から理解すること。
自分が理解していないことは、決してヒトには伝えられません。

ところで誤解のないように書いておきますが、この場合「正確に知っている」というのは、テーマとなる範囲の事柄を全て知っていなくてはならないという意味ではありません。範囲は狭くてもいいので、自分の主張したい・伝えたいテーマについては正確に意見を明らかにしておけ、という意味です。例えば「自然界の生き物について」とか「日本の政治のあり方について」などの壮大なテーマについて語らなくてはいけない場合に、自然界の全て・日本の政治の全てについて熟知していることを聞き手は求めていないのは分かりますよね。

■2)「面白がる」「大切だと思う」「幸せに感じる」ことが大事

話し手が、その話題に興味を持ち、それを「面白がってる」「興味をもっている」ことはとても大切です。あるいはその内容を自分にとって「大切なことだ」と思っているかがとても重要になります。

誰かの話を聞くときに、話し手が興味を持ってもいない話を聞く気になりますか?その話が別に大して重要でもないと思っているヒトの話を聞きたいですか?

ヒトに話を聞いてもらうためには、どれだけ深く真剣にその問題を考えているかよりも、どれだけその問題を大切に興味を持って扱っているかどうかの方がよほど重要です。

もし、会社やクライアントから「無意味なこと・個人的には反対していること」を「誰かに説明してこい・説得して来い」などと義務的に要求された時も、努力して「面白がる・大切だと思う」気持ちにならないといけません。でないと伝わらないから。(これが一番上手なのはお役所の役人さんじゃないかなと思っています)そして、もしどうしても面白がれない、大切だと思えない内容だったら、もうそんな仕事は断っちゃいましょう。
(そんなことしたらクビになる?…もう、そんな会社やめちゃえばいいと思います)

そして、さらにその話題を知っていることを「幸せに感じ」ているかどうかも、伝えるためには重要なのよね。ただ、これはあまり前面に出し過ぎるとウサン臭くなるから注意が必要です。そのあたりは【テクニック編】で詳述しましょう。


■3)相手をコレで幸せにしたいと本気で思うこと

なぜ伝えたいのか、なぜ伝える必要があるのかを考えると分かると思うのですが、それは相手に対して、今より少しでも幸せになって欲しい。知り合いとして少しでも幸せになって欲しいからと言えませんか?(っていうか、編集長的にはそれ以外にヒトにモノを伝えたい理由なんかなくていいとさえ思えます。あれ?極端ですかね。でもホントにそう思う…)

ここで問題にしたいのは、話し手の態度が「お教えします」になっていないかどうか、ということなのですが、そのあたりは【テクニック編】に回しますか…。

「あなたの知らない新しい幸せな世界を、私はあなたに教えてあげられます」って言うと、もう本当に新興宗教みたいなもので、多くのオトナは耳を傾けてはくれなくなりそうです。でも「奥さん、奥さん!お買い得商品ありまっせ♪今日はちょっと仕入れすぎちゃってネギが安い!」だったら飛びついてくれるかも知れません。

ネギの売り手は、もちろん自分の商売を上手く運ぶために叫んでます。しかし、一方で、ネギを安く買える情報を提供することでお客さんに幸せになって欲しいという態度を取っているべきです。商売上手なネギ売りであればあるほどそこを大事にしているはず。なぜなら「お客にとっての幸せとは何か?を本気で考えながら、具体的に幸せのカタチを提示している」方が共感が得られやすいからです。共感が得られないと話を聞いてはもらえません。(※追記3)

相手の警戒を軽減しつつ、共感を得るためには、私はあなたに本気で幸せになって欲しいのよ。という態度になりきることが一番の近道だったりするのよね。


■4)相手のココロの動きを自分自身の問題としてとらえ(コミットし)つつ伝えること

人間って意外とわがままな動物で、自分の求めていることしか聞こうとしないし、理解しようともしてくれません。自分が聞く立場に立って考えたら分かるでしょ?

やはり、聞き手に理解してもらいすいように、聞き手に興味を持ってもらえるように話を進める必要があります。どれだけ聞き手にとってそれが重要か、その話によってどれだけ聞き手が幸せになれるかを感じられるように話を進める必要がある。それを実現するためには聞き手の気持ちの動きに敏感になる必要があります。で、一番簡単に実現できるのは、その人になりきること。聞き手の心の動きに、どれだけ自分の気持を寄り添わせることができるか、が話の説得力を左右します。

聞き手にどれだけ自分の気持ちを寄り添わせられるか。といわれても、ちょっと抽象的で分かりにくいかも知れません。でも、皆さん、小さい頃「相手の身になって考えましょう」と言われたことはないですか?ここで言っているのはまさにそれ。「相手の身になって考える」という技術はコミュニケーションの基本作法のように言われています。でも、実はこれ、相当な高等テクニックなのですよ。世の中を見渡してもなかなかこれを実践できている人にお目にかかりません。(編集長ができているかどうかは話が別だけどね。でも、最近他の人よりは得意であることに気づきました…テレ…)

自分の言葉を相手がどう感じるかなんて予測がつきません。だって私は私であなたではないですものね。でも、表情を見ながら何度かやりとりをし、相槌を打ちながら相手の意見を聞き、自分の話にどう相槌を打ってくれるかの観察を繰り返すうちに、何となくお互いの考え方や感じ方が見えてきます。

自分の感覚を相手に寄り添わせっ放しではいけないのですが、きちんと寄り添わせないと通じません。どんな話に相手が反応してくれるか、どう言ったら興味をもって理解してもらえるか、それを理解するには、相手を知ること、相手の気持ちになることが一番近道だと思うのです。



※追記1
1)に関して「人に語ることで理解が深まる」ということもあるから「理解が正確に深まるまで人に話さない」というのは間違っているのではないかというご意見をいただきました。まさに、人に語ることで理解が深まるというのは確かにその通りで、次回のネタはその話にしようかと思ったりするくらいです。
でも、そのことと今回のこの話はちょっと目的が違うのです。

ここでは、ある使命感をもって誰かに何かを伝えようとする時に、話し手はどういう態度をとるべきか、という問題意識が話の中心にあります。そういう意味では、中途半端な理解で場に臨み「聞き手と一緒に考えよう・対話の中から何かを見出そう」というのは無責任だと言わざるをえない。

ここでは、ある責務をもって誰かにある内容を伝えようとする時に、話し手がどういう態度を取るべきかということを述べているつもりです。しかも前提として、伝えたい相手はこちらの話に興味があるのかないのか分からないヒトたちです。この前提が伝わらないとすると私の伝え方が悪いということになるのですが…

※追記2
同じく1)に関して「熱意をもって伝えたいことがある人とその態度をリスペクトすべきであって、正確に知らないからといってそれを非難してはいけない」というご意見もありました。確かに、リスペクトする聞き手の立場にたてばそれでもいいですし、私が聴衆ならばそういう聞き方をしていることが多いです。でも、興味があるかないか分からない聴衆にどれだけその内容を届けられるかという観点からすれば、そんなに聞き手のリスペクトに甘える手法には戦略的に問題があります。

※追記3
あれ?なんかおかしいですね。話をしないと共感を得られないはずなのに、共感を得られないと話を聞いてもらえないなんて…。じゃあどこから始めたらいいんでしょう。それはテクニック編かなあ。

ホントにテクニック編を書くときが来るのかな…(ボソ…

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2011.08.14

復刊あさみ新聞

Twitterでいくつかつぶやいているうちに「ああ、これはいずれちゃんと書かなきゃ」と思うことが出てくることがあります。Twitterってのは面白いツールで、自分のつぶやきのログをどんどん膨大にしていくうちに、自分の思考が地層のようにどんどん積み重なって、自分では思いもかけなかった断面を見せてくれたりするのよ。

特に面白いのは、誰かが私のつぶやきを再配布(公式リツイートという)してくれた記録がそこに残っていることだったりします。「リツイートされたあなたのツイート(つぶやき)」を表示させると、誰かの心を少しく動かした自分のつぶやきがずらりとならんでいて面白い。

人によるのかもしれないけど、これが意外と壮観です。自分の普段考えていることが、他人が評価した結果としてそこに並んでいる。これはすごく面白い。自分のブレてなさ加減とか、ブレ加減もなんとなく見えてきたりしてね。

面白いなあ。

なんだか、Twitterで反射的に発信した内容が2万回に届きそうになってきた今、それはそれで恐ろしい数のアーカイブになっていて、これを遡るだけでけっこうな自分の意見の集積になっているのだけれど、これをこのまま放置していてもちっとも価値にはならないよな。ということです。

というワケで、あさみ新聞も休刊を続けていることだし、ここは少し編集長の頭脳の整理も兼ねて、きちんと140字以上の(Twitterの1つぶやきは140字以内に制限されている)文章を書いてみようではないか。というのが、お盆に編集長が思い立ったコト。とご理解いただければと思ったりしている。

(まあ、どうせいつまで続くんだという話になるわけだけどさ)

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2010.03.06

「合同会社人・まち・住まい研究所」営業開始のお知らせ

ごぶさたいたしております。すっかり間があいちゃいましたね。

少し身辺が落ち着きつつあるので、今後は少し更新頻度が高くなるのではないかと思います。

さて、表記の件です。実は、本紙では11月に、会社を辞めて独立開業の準備中と申し上げたままになっておりました。3月を迎えて、ようやく業務の準備が整いましたので、皆さんにもお知らせをいたします。

まずは会社の設立をと思い、法務局を中心にあちこち飛び回り、本年1月21日付けで「合同会社 人・まち・住まい研究所」を設立いたしました。今後はこの会社をベースに、建築設計業務とまちづくりコンサルタント業務を行っていくつもりでおります。

これまで、建築設計では主に公共建築を中心にお仕事をしてきましたが、今後は、できるだけお施主さんとの顔の見える関係を大切に個人住宅の設計をさせていただけたらと思っています。お住まいの不具合や、購入についてのご相談などもぜひお受けしたいと思っています。(意外と困っている人、多いんですよね・・)
もちろんこれまで通り、小規模集落のお世話や、景観まちづくりコンサルタントのお仕事も進めていきます。

これまで、塩屋の自宅を本社として営業の準備を進めてきましたが、お手伝いいただける有能なスタッフの登場などにより手狭になっておりました。そこへまちづくりコンサルタントの大先輩であるG社のG氏からお声がかかり、G社内に約15m2のオフィスを間借りできることになりました。これで、ようやく営業の体制が整いましたので、ここに大々的(?)にご案内申し上げます。いやはや、なんとも大変でした。

これで少しは身の回りが落ち着きます。とはいっても、会社設立に飛び回っているうちは忙しかったですが、それが落ち着くとなると、あんまりお仕事がなかったりして、営業的にはなかなか苦しいところがあります(笑

とにかく未熟者ではございますが、独立したからには鋭意努力し、できるだけ誰かの役に立つ存在となりたいと強く願っています。今後ともどうかご指導・ご助言いただきますよう、よろしくお願いいたします。


以下、新会社のご紹介です。
ぜひごひいきに。


一級建築士事務所
合同会社 人・まち・住まい研究所
 
 http://hitomachi.biz/
 hitomachisumai@gmail.com

深江オフィス:神戸市東灘区深江北町4-8-19-202
       tel: 078-436-2120 fax: 078-436-2121
本社(塩屋):神戸市垂水区塩屋町字南谷870番地の5
       tel&fax: 078-647-7364

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2010.01.18

15年

相変わらずうまく書けない話題を。

昨日は静かに家で過ごしました。

あの災害を乗り越えて、色々と前向きに活動されている人たちがいます。それはとても素晴らしいことだと思いますが、編集長は、どんなイベントにもコミットできず、結局家で一人で過ごすことになりました。

震災10年のときと、13の時に少しだけ書きましたが、基本的に私の思いは前にも後ろにも進んでいません。たぶん、きちんと消化できていないのだと思います。

毎年、この日の前後はテレビを避けて通っているのですが、知人に借りたDVDを見るためにテレビをつけてしまって、ちょうと「ひょうご安全の日推進県民会議」の式典をやっているところに出くわしてしまいました。

息子さんを震災でなくした遺族の方のお話を聞いて、さんざん涙を流し、結局、午後は全く何もできなくなりました。災害に遭った多くの人にとって震災は終わっていません。私にとってもそうです。

2年前の文章を、改めて採録して今日のところはおしまいにします。

能天気に明るい未来を語るのも、うつむきながら失ったものを数えることも、勢いよく怒りを表明することも、何かウソのような気がして、上手に書けません。
あれから街はずいぶんとその風景が変化しています。一方、何も変わってないよなあと思うこともあります。
「覚えておくこと」そして「伝えること」、また、もし何かが起きたら「たたかう(何と?)ための心の準備をしておくこと」を淡々と続けることでしか、自分の経験や思いや職能と向き合う方法はないのだろうと、なんとなく考えています。
──あさみ新聞080117「13年 」より

合掌

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2009.11.14

退職・独立のお知らせ

今日はちょっとあらたまってお送りします。
すでにお知らせしている方も多いけど、ここでも、ちゃんと挨拶しなくちゃって思ってさ。

拝啓 深秋の候、皆様ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、私こと、このたび、15年にわたり勤務してまいりました株式会社いるか設計集団を10月末日付で円満退社し、独立開業をすることとなりました。

在職中は公私にわたり大変お世話になり、ありがたく、厚く御礼申し上げます。

今後も、これまで力を入れてきた、景観まちづくりや、小規模集落の支援のお仕事を中心にして、まちや地域をフィールドに、人とのつながりを大切にしながら、お仕事を続けていこうと思っています。もちろんこれまで以上に建築の設計にも力を注ぎたいと考えております。

当面は開業準備ということで、落ち着かぬ日々を過ごしておりますが、落ち着きましたら改めてご案内をさせていただきたく思います。

今後とも、元気よく楽しく頑張りたいと思っております。ぜひとも今までどおりのご指導・ご助言をいただければと思います。

どうかよろしくお願い申し上げます。

本来ならば、ご挨拶にお伺いすべきところではございますが、まずは略儀ながら本紙上をもってお礼かたがたご挨拶申し上げます

敬具

2009年11月

浅見雅之

そういうわけで、今開業準備中です。
詳細は追ってまたお知らせします。

いま、あさみ新聞のマイナーバージョンアップ中です。
いつのまにか、ココログのTypePadのバージョンが上がってたりと、
マイナーバージョンアップといいつつも、かなり根本的にいじってます。
ううう。なかなか大変ですよ。

なかなか忙しいです。どたばたどたばた・・・・。

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2009.11.02

住まないとだめだ

週末。また小代に行ってきました。

猿の防護柵や稲刈りに、都会の若者を呼んでみた経験をふまえ、今後、どうやって都会の若者とつきあって行くかという点で重要な会合でした。

前回、学生さんたちを稲刈りに呼ぶ事になったのは、春に行った猿の防護柵設置の作業の時に来てくれた学生さんたちが、とても気持ちのいい元気な若者だったので「もう一度呼ぼう!」となったものです。

それはそれで良かったのですが、編集長が失敗したこともあります。実は、前回の猿の柵の時には学生さんたちはコテージに泊まってもらったため、参加費が高くなってしまっていたという問題がありました。そこで、今回の稲刈りでは「じゃあ稲刈りを手伝ってもらう方の家に泊めてあげてみては?」と編集長が提案してみたワケ。

でも、これは集落の皆さんには、かなり負担だった様子でした。そもそも、学生さんを家に泊めてあげることができたり、朝昼晩の食事を用意したりできるご家庭なら、稲刈りのお手伝いも不要なのでしょうね。初めからコテージなり自然の家なりにお泊めしたら良かったと反省しております。(あ、ちなみに学生さんたちには農家民泊はかなりウケてました。それでも寝る時間が違うとか、お互い気を遣うのはしんどいというご意見も、当然ながらありましたけどね)

稲刈りなんて、学生さんは作業そのものが初めてですから、当然1人分の戦力にはなりません。それでも、いないよりは作業が前に進むので助かる。というのが現実の地元の皆さんのお気持ちだろうと思います。一方で、若者がやってくると、やっぱり元気をもらえる。と言って下さっているのは、ありがたいなあと思います。
村の人のいい皆さんは、どうオモテナシしたら良いか分からないし、手伝ってもらうのもちょっと気を遣うという意識もあるため、都会の若者と、どうつきあっていけばいいのかというのは今後ずっと大きな課題であり続けそうな感じがします。

さて、今後の予定ですが、お1人で暮らしているご老人の中には、雪囲いやら雪おろしに、人手が必要な人もいらっしゃる感じ・・・。なので、これを都会のヒトで手伝えないかな、と考えています。

そもそも雪囲いは、大変ではあるものの「いつまでにやらなければならない」という期限のある作業ではないので、ぼちぼちと、何となく、皆さん自力でやってらっしゃる作業のようです。人によってはシルバー人材を頼んで作業をしてもらうというご家庭もあるとうかがいます。まあ、「シルバー人材っていったって、発注側も受注側もシルバーな人たちじゃん」とよく言うのですが・・・。

これが地元に住んでいる若者ならば、皆さんの意識もずいぶん変わると思います。やっぱり都会から時々若者がやってくるだけではダメで、半ば無理矢理にでも若者を集落内に住まわすことの意義はめちゃくちゃ大きいのではないかと、最近考えています。

行政がお金をかけてアドバイザーを派遣するお金があるならば、そのお金を、1人でも若者が集落に住めるような工夫ができないか。と考えます。国の集落支援員のような考え方で、民家を借り上げて、そこに最低限のお金だけを与えて若者を住まわせるような仕組みはできないものか?と思います。

まあ、この財政難に、新たに人を雇う話がしにくいのはよく分かりますが・・・。

考えれば考えるほど、若者を集落に送り込むことの必要性を感じます。もちろん編集長が行ってもいいんですが、それだけで食べていけるような商売がそこにあるワケではないのがつらいところ。編集長が開拓して、後のことは若者に任せる。みたいな仕組みができるといいなあと思うのですが、何せ編集長もそのあたりに疎い部分がございまして・・・。行政に頼らない「若者が住める仕組み」。どなたか編集長と一緒に考えてみませんか?

たぶん、住む場所さえなんとかなれば、あとは若者の自助努力でなんとかする、というモデルを考えうるように思います。ただ、実際には、住む場所がなかなか手に入らない。空き家なんてありそうなモノだけど、売ってもらおうとするとかなり大変なのですよ・・・。行政さんが買ってくれればいろいろと楽なのですが、行政にそんなお金もない。

とにかく、役所より自由な立場の誰かが、うまく廻すための仕組みを今すぐに作り始めないと、おそらく手遅れな村が今まで以上に続発するものと思います。今やるしかないんじゃないかな・・・。だれか、編集長に空き家譲ってくれませんか?あ、あるいは空き家を買うための資金を出資してくれてもいいですよう(笑

で、突然ですが。

というワケで、独自に資金を集めたり、独自に研究活動をしたりするために、本日付けをもって(ああ、もう昨日だよ・・・)、現在の会社を円満退社して、フリーランスとして働くことにしました。今現在はフリーランスでは受けられないお仕事もたくさんやっているので、しばらくは現在の会社の軒先をお借りして営業させていただく予定です。これによって、クライアントの皆さんにもできるだけご迷惑をおかけしないような方法で独立することができるように思っています。

今の会社では、何もかも本当に自由にやらせてもらって、大変感謝しております。おそらくこのまま自由な感じでやらせてもらうのは可能だし、その方が、私個人としては絶対に楽だと思います。

それでも一応雇われの身としては、会社に収益をもたらさないと居心地が悪というのはあって、これが、今回の独立の大きなきっかけの一つになっています。一方、小規模集落支援のようなお仕事にあって、持続可能なモデルをつくるためには、やはり地元で人やお金が廻っていく仕組みを考えならず、それができるのは、やっぱり「食うのに必死」な立場から考えてるヤツなんじゃないかなと考えたワケです。で、そんなヤツがいないかなって人材を探したら「やっぱりオレ?」ってな気分になってしまったというワケ。

これまで、集落を飛び回り、地元にコミットしまくりつつも、サラリーマンとしては立場にも能力にも限界があるように思ってきました。今回の独立をきっかけに、今後はこれまで以上に自由でフレキシブルな動きができるようになりたい。と考えています。

実は、現在、事業を法人化すべく奔走中です。また、いろいろ決定したら皆さんにもお知らせします。

今後うまくいくかいかないか。そんなことは全く分からないけど、とにかく「目の前の誰かをできるだけ喜ばすことができるように」がんばりたいと思っています。読者の皆さんも、ぜひぜひご支援下さいまし。

ではでは。

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2009.03.30

編集長体調不良により休載のお知らせ

更新が止まって、やっぱり年度末か?とかシリーズネタが切れたか?などと、多くの皆さんからご心配をいただいております本紙『あさみ新聞』でございます。

実は『あさみ新聞』ほぼ編集部1人体制(ほかに、遊軍記者K記者とか、左官理事とか播磨淡路方面支局長とか、akanem特派員、但馬&龍野協力員、東京方面支局長、京都特殊工作員(笑)などなど、こちらで勝手にお願いしている方々の支えあってこそ。ではありますが)で編集作業を行っております。(←いやいや、皆知ってたってば)

さて私事ながら、編集長、このたび少し体調を崩しまして、やむなく少しだけお休みをさせていただくことにしました。(今さらことわらんでも、今まで勝手に長期休載してきたではないか、というツッコミはさておき・・)関係各方面には大変ご迷惑をおかけいたしていることは重々承知の上ではございますが、復帰したあかつきには、これまで以上に良質なお仕事をさせていただきたいと考えておりますので、どうかお許しをいただきたく思います。

多くの読者の皆さんが記事再開を待ってくれていることが、編集長の心の支えです。ぜひこの機会にRSS登録なりはてなアンテナ登録なりをしていただいて、更新再開をお待ち下さいますようお願い申し上げます。

編集長、必死で回復を目指してがんばります。(いやいや、だからその必死でっていうのがダメなんだってば・・・)

実をいうと、ここまでキーボードを叩いていて、かなり頭が痛くなっちゃってますので(あ、もう1本記事を書いたしね・・・・)やっぱり少しお休みさせてくださいね。

そういえば、20万アクセス超えてましたね。不調で気づかない間にスルーしちゃったよ。支局長が教えてくれるまで全く意識してませんでした・・・。次の30万アクセスの時には、大々的にイベントやりましょう。

ではでは


MATANE :-)


大きな地図で見る

あるとは思わなかったな・・・「またね」


検索してみるものです。


そういえば森田健作さんが千葉県知事に当選されて思ったのですが、『姓が「Google」名は「検索」』っていうのもちょっとカッコいいかも。と思いました。森田検索とか・・・なんか人名になったとたんに頼りない感じだなあ(苦笑

(べ、別にキレが悪いのは体調不良のせいじゃないんだからね。)

ホントにあたま痛いのでいいかげんにします。
ではまた。

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2009.02.20

世界遺産登録のいろいろ

山形

「最上川の文化的景観」の世界遺産登録を目指した取り組みについて、吉村知事が「登録断念」も視野に2009年度の関連事業予算を縮減して計上する方針を示したことに対し、関係市町村や観光業界、研究者は驚きを隠せない。突然の方向転換には、不満や懸念の声も広がっている。
吉村知事は、08年度(2月補正後)に約2891万円だった関連予算を09年度は約1737万円まで削減し、「県民一丸で一つの夢を持つことに意義はあると思うが、登録自体が難しく、経済難の時代に何千万円もかける姿勢でいいのか。最上川を大切にする方法は他にもある」と強調した。
──YOMIURI ON LINE「090219の記事(魚拓なし)」より引用

群馬県

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2008.01.17

13年

被災者は今年も、それぞれの思いを胸に「1・17」を迎える。十三年たってようやく胸の内を口にできた人がいるだろう。十三年たっても、まだ話せない人もいる。心の傷の痛みは決して一様ではない。
──神戸新聞「080117の社説」より引用

毎年1月17日が来ると、編集長も何か書かないといけないと思いつつ、全く筆が進まないのが真相です。確か震災後10年の時に、無理やり、少しだけ書いたような気がします。それ以前も以降も、書き始めようとはするのだけど、何も書けないので、1月17日は発行を休んでみたり、関係ないネタでさらりとやり過ごしたりを続けているヘタレな編集長です。

基本的に思いは10年の時と何も変わっていません(サイト内リンク:「 震災10年」)

能天気に明るい未来を語るのも、うつむきながら失ったものを数えることも、勢いよく怒りを表明することも、何かウソのような気がして、上手に書けません。

あれから街はずいぶんとその風景が変化しています。一方、何も変わってないよなあと思うこともあります。

「覚えておくこと」そして「伝えること」、また、もし何かが起きたら「たたかう(何と?)ための心の準備をしておくこと」を淡々と続けることでしか、自分の経験や思いや職能と向き合う方法はないのだろうと、なんとなく考えています。

合掌

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2006.10.21

たこ焼きとコミットメント

だめです。またやられてしまいました。編集長ってば、ただいま打ちひしがれております。かのウチダ先生の言説にまたしてもしびれてしまいました。

この先生は、なんでこんなに上手なアナロジーを展開できるのでしょうか。ま、編集長などとは、人間の器が1廻りどころか、10廻りぐらい違うのですから、不思議に思う必要もないわけですが、、、。

引用します。

「理想のたこ焼き」というものをつくり出したいとする。
あなたならどうします。
「理想的なたこ焼きレシピ」を衆知を集めて作成し、「理想的なたこ焼きマシン」を作成して、全国のたこ焼き屋に配布し、それ以外のたこ焼き作成を禁じ、全国津々浦々どこでも「同じ味のたこ焼き」が食べられるようになれば、それで日本の食文化の水準が上がったと誇らしげに言う人間がいるだろうか。
いるはずがない。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

内田先生は続けます。

教育基本法を改定し、教師の資格制度を整備し、学習指導要領を緻密化し、教育委員会による教師たちの統制と支配を強化する・・・という施策は「ありうべきたこ焼き」を全国のたこ焼き屋に作らせるために、「たこ焼き基本法」を整備し、「たこ焼き士」認定制度を作り、「たこ焼き作成要領」を法整備し、「たこ焼き監視官」を全国に網羅的に配備して、「青のりの散布量が標準値よりも少ない」たこ焼き屋を摘発するのとまったく同じことである。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

編集長は、言っていることの内容よりも、このアナロジーに感銘を受けております。この説得力を見習いたいものです。がんばろー。

───────────────────────────────

このまま終わってしまうのは、あまりにも内田先生に失礼です。内田先生の主張も引用しておきましょう。この内田先生の文章の中で一番重要なのは、以下の命題です。

「教育はどうすればもっとよくなるのか」という創意工夫を自分の責任において引き受ける人の数が増えれば増えるほど教育は「よくなる」。
──内田樹の研究室2006「学校のことは忘れて欲しい」より引用

編集長が以前より主張している「コミット力(※)」とは、まさにこのことです。

(※)こみっとか、ではなく、こみっとぢから、ですのでお間違えのないように。詳しくは幣紙050408のエントリー「コミットメント」)をお読み下さい。ついでに言うなら、大場久美子さんのことでもありません、それは「コメットさん」です(しつこいなあ)

幣紙050408のエントリー「コミットメント」で、編集長は、コミットとは「自分の問題にするということ」であるとコミットを定義しました。つまり、内田先生の命題を、編集長的に言い替えれば『「教育」に対するコミット力を持つ人が多くなると教育は「よくなる」』ということです。

ここまで来ると、読者諸賢は編集長が何を言い出すのか、既に想像がついているのではないでしょうか?、、、、、、そうです。この命題は、何も教育の問題だけに限らず用いることができるのではないかということです。

たとえば「まちづくり」。『「このまちがどうしたら良くなるか」という創意工夫を自分の責任において引き受ける人の数が増えれば増えるほご「このまち」は良くなる。』と言い替えてみれば、なんとなく納得できませんか?「まちへのコミット力」が重要であるのは、そういうワケなのです。

しかし、まあ、こうして書いてしまうと、実に当たりまえの簡単な命題に見えますね。でも、実際にはここんとこが一番難しくて、一番重要なポイントだと編集長は考えています。


さて、ここで突然思い立ったので、編集長自身の目標の修正を行っておきましょう。「コミットメント」で、2005年度の目標は「コミットの達人になる」ということにしておりました。その後この目標は更新されることなく1年半を経過しております。この目標が達成されたかどうかは別として、さらに高い目標を目指してみることにしたいと思います。

【新目標】多くの人々の「コミット力」を育てられるヒトになる。

と書いてみたのはいいけど、実際にこの目標にどうアプローチしたらいいのかよく分かっていません。たぶん「コミット」の力を信じて、「コミット」を世に広め、「コミット」の快感を共有していけばいいのだとは思いますが、、、。おお、それって「コミット教」の教祖になるってことか?、、、、うーん。そんなのはイヤだな、、、、。ちょっと考えます。


さて、話は多少飛躍しますが、コミットメントに関連して、なかなか考えさせられることを本江先生がおっしゃっております。
環境へのコミットメント

自分をとりまく環境に積極的にコミットすれば多くの利便性と楽しみとが得られることを共有し,無力感を排して,環境への愛着を醸成すること。そうできるようにデザインすること。
──本江先生のブログ『Motoe Lab, TU』の「環境へのコミットメント」より引用

ううむ。なかなか目標は遠いかもしれません(汗。これはぜひぜひリンク先に飛んで本江先生の文章を読んでみて下さい。単なるパソコンの話かと思いきや、えらい深い世界に突入してらっしゃいます。本江先生のブログ。これもまたおススメですよ。

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2005.09.19

ちょっと待って「阪急百貨店」(その2)

阪急梅田コンコースを・・の「関連ブログのトラックバック集」にトラバ。

阪急百貨店について前回触れました。今日はその後の状況と編集長の考え方を。

工事は始まりつつあるようです。けっこうな数のブログで盛り上がり中。実は、編集長は関西ネイティブじゃないので、小さい頃の記憶というのがありません。
ということで、最初の反応としては「あんなドラマティックな空間がなくなるのはもったいないじゃないか。ちょっと待って!。伊東忠太だってあるのに」という反応だったワケです。

しかし、わりと関西の方々には、思い入れのある方がたくさんいるようです。で、改めて考えるとこれはね。すごく恐ろしいことですよね。東京でいえば東京駅がなくなる、みたいなもので、そんなの誰も賛成しないもんね。と、考えたら、これはもう少し本腰を入れて本紙編集部としても何か考えないと、、、と、認識改め。

皆さんご存知のとおり、いま、編集長はなかなか副業の方が忙しくて
なかなかこの問題にコミットできませんが、私の知り合いのm-louisさんが、

「阪急梅田コンコースを残したい・・その一心で立ち上げました。
阪急梅田コンコースを・・』」

というブログを立ち上げて下さいました。m-louisさん。ありがとうございます。

ぜひとも皆さん訪れて、サイトを盛り上げると同時に、まちや建物と人、まちや建物と記憶・思い出について真剣に考えてみて下さい。一つの建物がより多くの人々の関心の中心になる機会はあまりないので、こういう事件をきっかけに、自分とまちとの関わり方を再考してみていただきたいです。

こういった「建物を残したい」活動では、人や署名の数を集めることとか、交渉の相手を定めるとか、そういうことも大事だと思うのですが、それが「運動」という形を取っている限り、結局は「勝ち負け」の問題になってしまって、「勝った、負けた」が結論になってしまうことが多いようです。組織・運動というのは少なからずそういう側面を持つものですが「勝つ」ことが自己目的化するあまり「要するに建物が残ればイイ」という手法論に陥りがちです。

ここで一つ考えてみて下さい。大事にすべきは建物そのものだけではなく、人々の営みを含むものと捉えるべきではないでしょうか。誤解を恐れずに極論を言えば大切なのは建物ではないのです。(この考え方は一面危険でもあります。なぜなら、取り壊す方の論理に取り込まれてしまう可能性があるからね。)
思い出の蓄積とでも呼ぶべきもの、人々の心を支えているものを大事にしようという姿勢を忘れてはならないと思うのです。敵はものすごい論理で攻めてきます。資本の論理は時に凄まじい暴力になりえます。
であればこそ「ここで述べているようなプライスレスな何かを大事にしていくことが、どれだけ資本にとって利点があるのか?」「保存することによってどれだけ多くの人の心を救うことになるのか」その一点のみで勝負するのが、連戦連敗を続けている歴史的建物保存を、なんとか勝ちにもっていくための論理になりうるのではないか。
まだまだ議論が必要な論理で、未完成な物言いなのですが、編集長の直感は、そう思うのです。

そこで、編集長からの提案ですが、もう少し大事なのこととして、そこに建物があって、その建物に「誰の、どんな、どれだけ深い」愛着や記憶が残っているのか、それを収集し詳述できるしくみを作りませんか?

あれだけの建物ですから、多くの人が少なからず印象をお持ちだと思いますし、あの場所にうれしいことや悲しい事を喚起させられる思い出をお持ちの方も多いはずです。そういう記憶の棲家としてあの建物があるのだという視点に立って、できるだけ多くの「物語」を抽出していくことが、遠回りに見えるだろうけど、建物を残していくために、一番の近道なのではないかと思うのです。

なぜこんなことを言うのかというと、力技(署名活動や歴史的)計画をしているのは阪急という会社なのかも知れませんが、会社を動かしているのは人間だから、、、という話になるのですが、どうも、この話、語り始めると長くなるし、今はそういう時間がとれませんので、未完成にて失礼。あ、ホントに時間がない、、、、ばたばたばた。

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2005.09.14

ちょっと待って「阪急百貨店」

消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も
 昭和モダニズムの薫り漂う阪急百貨店梅田本店の1階コンコースの天井部分が13日夜、改装に伴い姿を消す。約75年にわたり、大阪の歴史とともに歩んできただけに名残を惜しむ市民も多い。
 コンコースは昭和初めの1929年に阪急電鉄梅田駅ホームの玄関口として建設。梅田駅が現在の場所に移設した71年以降は通路として残された。
 欧風デザインのアーチ形天井部分には、シャンデリアがつるされているほか、ガラスモザイクを用いた壁画で飾られ、当時の面影を色濃く残している。建物を管理する阪急電鉄によると、シャンデリアと壁画は保存するという。
 携帯電話のカメラで写真を撮っていた兵庫県尼崎市の主婦(54)は「阪急梅田といえば、ここのイメージ。思い出も多く、正直さびしい」と話した。13日の百貨店営業終了後、天井部分に覆いを施し、工事に入る。
 また、改築に伴い阪急百貨店は13日まで、店内で使われていた家具など計100点を入札販売する。(共同)
──産経新聞「消える阪急百貨店のコンコース 名残を惜しむ市民の声も」より引用

編集長。究極のスケジュールでどたばたなのですが、このニュースを見過ごすワケにはまいりません。阪急といえば、伊東忠太の絵のあるところではないですか。私の師匠の師匠の師匠(の師匠だったかな?)でもある、伊東先生の絵はいったいどこにいってしまうのでしょうか?「壁画は保存」というのがそれか?とにかく行く末の気になるニュースです。情報をお持ちの方はぜひ。

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2005.05.30

ネットサイエンス・インタビュー・メールの廃刊

今日はちょっと建築でもまちづくりでもないような話題ですが、編集長の頭の中ではしっかりリンクしておりますのでお許しを。

【ネットサイエンス・インタビュー・メール】本日現在購読申込者数:18,896。メルマガでお知らせしましたが丸7年以上配信してきた「ネットサイエンス・インタビュー・メール」は26日付けで配信終了しました。これまでどうも有り難うございました。バックナンバーは残しておきます。この日記を注意深く読んでいた人には突然ではないかもしれませんね。事情は気が向いたらこの日記に書きます。でもそれよりも現在、創刊準備している新しいメルマガのほうもよろしくどうぞ。──サイエンスライター森山和道氏の050525の日記より引用

「ネットサイエンス・インタビュー・メール」は編集長がインターネットの世界を知った頃から購読しているメールマガジンです。まぐまぐのIDが3391というから、かなり早くから配信されていたメルマガといえるでしょう。記録を見たら、98年の5月からのスタートでした。森山氏はサイエンスライターとして、様々な分野から、その分野の最先端を担う人々にインタビューを行い、これを約5回から10回ぐらいのメールマガジンとして発行されていました。その数、320号。インタビュイーが36人だそうです。

編集長は、読んでも分からないことも多く、一度に読まなきゃいけない分量と内容が、流し読みというワケにいかないことから、時々しか読まない不良読者ではありましたが、森山氏の博識と継続力を常々尊敬しておりました。そして時々読むと、これが面白かったりするんです。せっかくなので全てのインタビュイーをその分野のみを勝手ながら転記させていただきます。これを見て、インタビュー記事が読みたい方は、是非森山氏のサイトへどうぞ。

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2005.05.18

母校の大学祭に関する一考察

chuo_lawn

学生時代の同級生(でも卒業以来全然会ってないぞ、、)のimgd氏(未だにナゼimgdか教えてもらってませんが、ちょっとコワくて聞けない(笑))のブログ「I.M.G.D.」にて、我々の母校のネタを発見。元ネタは北海道新聞(「どうしん」というヤツですな)です。元ネタにあたりたい方は下記をどうぞ。

北大祭での飲酒、全面禁止 大学側がマナー低下や事故懸念
北大祭禁酒、違反者は退学処分も 大学側が検討実行委に通達 「自治能力に限界」

しかし、「違反者は退学処分も」ってのは恫喝に等しいと思います。学内で酒を飲んだらダメなルールがあるなら別だけど、どうやったって学校側はそんなの退学理由になんかできないと思うけどな。あ、未成年が酒飲んだらだめだけど、、、。普段、学内の庭でビアサーバー借りて来てジンギスカンパーティーをやっているのは問題にされないのに、大学祭期間中に学内でビール飲んだら退学なんかい?話の筋が通っとらんやんけっ!

あ、ちょっとヒートアップしてしまいました。失礼。

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2005.01.17

震災10年

あれよあれよという間に1月17日。阪神淡路大震災は10年前の出来事になったようです。私の知る多くの建築・まちづくり系ブロガーたちが、この話題に触れています。私も、今思うことを少し書いておこうかなと、、、。

10年を区切りと考えるのかどうかについて、新聞・テレビなどで議論されているのを見ました。私の直感としては、10年がどんな区切りかと問われても、何も返す言葉がなく、実際のところ10年なのかどうかはあまり大きな問題ではないのではないかと思います。
昨晩のテレビ番組は、いたずらに災害の状況を再現・再生してみたりしていましたが、あれはもう私はたくさんです。何も知らない人々に、災害の恐ろしさを伝えるには必要なことかもしれないけど、私は心が痛くなるばかりで、どうにもなりません。もう少し前向きに、あの災害で培われたものはなんだったのか、その後世の中はどう変わったのか、そういうことをきちんと見つめ直すきっかけになるのであれば、1月17日を毎年特別な日として迎え、皆で思い出すことは悪いことではないでしょう。

地震のあと、近所のおばちゃんと再会して涙したことや、とあるゼネコンの寮にいた同級生たちの活躍を思い出します。避難先の名塩で世話になった先輩やその子供たちにどれだけ救われたかを思い出します。誰もが助け、助けられたご近所づきあいというものを再発見したのも収穫でした。まちに住むことの希望を見たような気がしたものです。

で、トラバ。

私自身がつよく意識しているのは、震災で「時が区切られた」ことだ。
950117を起点にして何年後なのか、前なのか。
それは当然の話で、震災前と震災後では、神戸という街が違うし、前提となる社会も全然違う。だから、震災後なのか前なのかをハッキリしておかないと時代背景が読めなくなる。
(同じような話を宮本圭明が書いていたが・・・)
だから、9.11は、同じように時を区切るものになるだろう、と、コメントした。

ただし、阪神大震災で私たちが垣間みたものは、信頼をベースとする社会の可能性だった。地震直後の高揚感、誰とでも話し、経験を共有し、組織や肩書きを超えたコミュニケーションの可能性・・・・。
9.11以後のアメリカには、いまのところ不安をベースにする社会しか現れてきていない。
───「1.17」ポリタン・コスモより

hiraさんのように上手にまとめられないけど、、、。

少なくとも僕らは前を向いている必要があるなあと思います。今日は以上。

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2005.01.11

民間主導って

首相が記念植樹 なにわ都心千本桜 平成通り抜け
大阪市中心部の河川敷約七キロを桜並木で彩る「桜の会・平成の通り抜け」事業のスタートとなる植樹式が八日、同市都島区の毛馬桜之宮公園で行われた。
地元関係者のほか、小泉純一郎首相、塩川正十郎・元財務相らが来賓として参加。地元の子供たちとともにサクラの苗木を植え、官財界が一体となって大阪の新しいシンボルをつくる事業の成功を誓った。 冒頭、同事業の実行委員長で建築家の安藤忠雄さんが「まちは自分たちがつくるという昔の遺伝子を思いだし、何ができるかと思い立ち上がった。反応はいい」とあいさつ。
続いて、小泉首相が「市民一人ひとりが参加しよう。民間主導でやっていこうということは小泉改革の発想にぴったり」と祝辞を述べた。
この後、小泉首相や北側一雄国土交通相、太田房江大阪府知事、関淳一大阪市長、秋山喜久・関西経済連合会会長ら十二人が、ちょうど二〇〇〇年に生まれ、二十一世紀の大阪を担うことになる同区内の幼稚園児ら約三十人とともに苗木六本を植樹した。(後略)
──産経新聞 050108 16:10より引用

安藤センセイさすがです。相変わらずやることが派手ですね。なんかやり方がベタな感じはするけれど、別にそれで商売しているワケでなし、反対する理由もありません。かっこいい。この派手なベタさ加減が、安藤センセイのアクでもあり魅力でもあります。編集長の個人的な好みで言えば、つくっている建物はあまり好きになれませんが、やっていること、言っていることはわりと好きです。

しかし、一方小泉さんはノンキ過ぎなことないか?

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2004.09.22

物件の話 再び

 自分の設計した建物を「物件」と呼ぶことが嫌いという話から派生した議論(*1)が、なんとなく自分の中で尾を引いていて、いろいろなことが気になります。

*1
もしよろしければ、参照下さい。
さいしょは
施主と設計者の関係について」でした。
そして物件という呼称について詳述したのが
私の設計した建築は「物件」なのか?」でした。

 今度は何が気になっているのかというと、、、。

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2004.09.17

私の設計した建築は「物件」なのか?

 いや、そこで「物件」の定義を持ち出しても仕方があるまい。とは思いつつ。

■物件
物品。品物。物品などの動産のほか、土地・建物などの不動産についてもいう。 「証拠―」(三省堂)
 こうして見ると、自分が設計した建築を物件と呼ぶことは、少なくとも三省堂の日本語的には間違いではないということがわかります。

 そうなってくると、建築を物件と呼ぶことが嫌いですと言ってはみたものの、なぜ嫌いかを説明するのは手間がかかりますね。辞書引いたら私の嫌っている感覚にぴったりの表現があって「だから嫌いなのよ〜」と簡単に説明できるものと信じて辞書を引いた身としては残念。

感覚的には、この「物件」がもつ突き放した感じが、どうもしっくりこないということでしょうか。それはどうしてなのか?

 以下ちょっと戯れに詳述してみましょう。(別にヒマな訳ではありません。)

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2004.09.10

建築は姿勢ではない?

今日もここで刺激を受けた。

 彼女は、猪熊弦一郎美術館を、猪熊との対話を通じて設計した谷口吉生の姿勢を共感できるものとして評価しつつ、しかし「建築は姿勢ではない」ので、「行ってみなくてはなんともいえない」という。

 建築を作品と呼ぶことが嫌いだということについては一個前に書いたが、理由を述べていなかった。今回刺激を受けたことと大いに関係するので、その理由をまず書いておく。
 すべからく建築物は、その設計者によってデザインされるものであるが、その建築物の所有者が設計者と同一であることはごく稀だ。設計者は(たいがいの場合)人の金を使って建築デザインを行うのがその仕事となる。デザインとは(最近はそういう誤解も少ないが)奇抜な形を考えることではなく、住み手の思いや願い、予算、建物性能、姿形の好み、まちなみ、環境への配慮、安全性、快適性、、、、、、様々な要件を満たす建物の形を細部にわたって検討し提案する。それがデザインだと思っている。

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2004.09.03

施主と設計者の関係について

 施主と設計者の関係について、深く考える機会がありました。よそのサイトでちらとコメントした内容に関していただいたコメントが発端でした。

 私は、建築を物件と呼ぶことが嫌いです。実は作品と呼ぶことも嫌いです。(唐突ですが、、)

 いつも施主の皆さんには、「あなたが建てる建物をあなたが考えるのは当然です。そのためのお手伝いを私はしているのです。」という立場で臨んでます。前にも書きましたが、建物を建てるのって楽しいんです。何もないところから、あつ一つの空間を生み出すことの面白さは筆舌に尽くしがたいものがあります。だから、せっかくのそんな機会をお施主さんが楽しまないなんてもったいないと思うのです。
 「そんなん面倒だし、任せたんだから黙って家建ててよ」ってなお施主さんもいますが、そういう方と設計の作業を共有するのはとても難しい、というか、私には苦手です。

正直なところ「金に糸目はつけない!自由自在にやってくれ!」というお施主さんが現れてくれたらかなり面白いなあ、と思わないでもない。けど、それはまた別の話。

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2004.05.21

建築家の存在って

建築デザインって結構楽しい。職業にしていても楽しい。
実家の母は、一番好きなことは職業にするなと言っていたけれど、一番好きなことを職業に選んでよかったと思う。
いや、もしかしたら一番好きなことを、どこかに忘れて来ただけかもしれない。そんな「もしかしたら、そうだったかも知れない自分」になんとなくもどかしいものを感じてるのはまだまだ私が青臭いからなのか。いい年して。

さて、本題は私の人生ではない。

住宅を建てる人にとっても、建築デザインは楽しいにちがいない。それを建築家やハウスメーカーに任せちゃうなんてもったいないと思う。

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2004.04.01

よろしくお願いします

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あさみ新聞は休刊中の新聞です。BLOG入手により再開のきざしありです。どうなるかわかりませんが。
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ともあれこれからよろしくお願いします。

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